小腸がんの治療において、外科的切除は最も確実な根治を目指す治療法として位置づけられています。小腸がんは稀な腫瘍であるため、科学的根拠に基づく標準治療(ガイドライン)は確立されていませんが、現在の治療戦略は以下のように整理されています。
手術適応の判断基準
現在の外科治療では、開腹手術と腹腔鏡手術の選択が重要な判断点となります。腹腔鏡手術は体に優しい治療として積極的に導入されており、5-12mmの小切開で行われ、出血量の減少、術後疼痛の軽減、早期回復などの利点があります。
腹腔鏡手術の適応条件
一方、腫瘍が大きい場合やリスクが高いと判断される症例では、開腹手術が選択されます。切除が困難な症例に対しては、バイパス手術や緩和的治療も選択肢となります。
興味深いことに、十二指腸に限局した早期病変では内視鏡的治療(EMR、ESD)が可能な場合があります。これは一般的に小腸には内視鏡が入りにくいという制約の中で、例外的に実施可能な治療法として注目されています。
小腸がんの薬物療法は、大腸がん治療の成果を基盤として発展してきました。特に注目すべきは、2018年9月に日本で保険適応となったFOLFOX療法(オキサリプラチン、フルオロフラシル、レボホリナートカルシウムの併用療法)です。
FOLFOX療法の適応と効果
FOLFOX療法が無効となった場合の二次治療については、現在も研究が進行中です。ナブパクリタキセルやRAS遺伝子野生型小腸腺がんに対するパニツムマブの第II相試験結果が報告されていますが、これらは日本では保険適応外であり、効果も限定的です。
術後化学療法の新展開
現在、JCOG1502C試験(J-BALLAD)として、治癒切除後病理学的Stage I/II/III小腸腺癌に対する術後CAPOX療法(カペシタビン+オキサリプラチン)の有効性を検証する第III相試験が実施されています。これは先進医療Bとして承認された重要な臨床試験で、小腸がんの予後改善に大きな期待が寄せられています。
興味深いデータとして、小腸腺がんの5年生存率は全患者で14-33%、根治切除可能例で40-60%と報告されており、治療成績の向上が急務の課題となっています。
小腸がんの治療において、免疫チェックポイント阻害薬は新たな希望をもたらす治療選択肢として注目されています。特に重要なのは、小腸腺がんが他のがんと比較して「マイクロサテライト不安定性(MSI)」という遺伝子異常を有する割合が比較的高いことです。
MSI-high小腸がんの特徴
ペムブロリズマブは「癌化学療法後に増悪した進行・再発の高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-high)を有する固形癌」として、がんの発生部位に関わらず保険承認されています。MSI-high小腸がんにおいては良好な治療成績が示されており、標準治療が確立されていない稀な腫瘍において重要な選択肢となっています。
注意すべき点
このような個別化医療の観点から、現在は「プレシジョン・メディシン」として、一人ひとりの患者さんの遺伝子異常に合わせた最適な治療薬選択が重要視されています。
小腸がんに対する放射線療法は、他の消化器がんと比較して限定的な役割を担っています。初回治療における手術前・手術後の補助的な放射線治療の役割は確立されておらず、特殊な状況下での救済的治療や緩和的治療が主な適応となります。
救済的放射線治療の適応
強度変調回転放射線治療(VMAT)を用いた定位放射線治療は、特に脳転移に対して高い制御効果が期待できる治療法として注目されています。患者さんへの負担が少ない短時間治療でありながら、ピンポイント照射により高い治療効果を実現しています。
緩和的放射線治療の意義
集学的治療のアプローチとして、薬物療法と放射線療法の併用により、従来では治療困難とされた症例に対する治療選択肢が拡大しています。
小腸がん治療の未来は、稀少がんに対する新たな治療開発と個別化医療の発展にかかっています。現在進行中の研究動向を見ると、複数の興味深い治療選択肢が検討されています。
新規治療薬の開発状況
光免疫療法の適応が一部で検討されており、従来の治療に抵抗性を示す症例に対する新たな選択肢として期待されています。ただし、現段階では慎重な検討が必要な状況です。
分子標的治療の可能性
RAS遺伝子野生型小腸腺がんに対するパニツムマブなど、分子標的薬の研究が継続されています。現在は日本での保険適応外ですが、今後の臨床試験結果次第では治療選択肢の拡大が期待されます。
国際的な治療標準化への取り組み
世界的に「みなし標準治療」として、フルオロピリミジン+オキサリプラチン併用療法が小腸がんの一次化学療法として認識されています。日本でも2021年に十二指腸がんの診療ガイドラインが制定され、空腸・回腸がんについても今後の標準化が期待されています。
興味深い研究として、小腸GIST(消化管間質腫瘍)に対する集学的治療により10年以上の長期病勢コントロールを達成した症例報告もあり、適切な治療戦略により長期予後の改善が可能であることが示されています。
小腸がんの治療は、稀少がんゆえの課題を抱えながらも、大腸がん治療の知見を活用し、免疫療法や個別化医療の導入により着実に進歩を遂げています。今後は、より多くの臨床試験データの蓄積と、患者さん一人ひとりに最適化された治療戦略の確立が重要な課題となっています。
国立がん研究センター希少がんセンターの小腸がん治療に関する詳細な解説
栃木県立がんセンターでの小腸がん臨床試験情報(JCOG1502C試験)