トロンビンは分子量約36,000の活性型セリンプロテアーゼで、A鎖(6,000Da)とB鎖(31,000Da)のヘテロ二本鎖タンパク質として構成されています 。構造的にはプロテアーゼのPAクランに属し、6本のβ-ストランドが作るバレル様構造(β-barrel)からなる2個のドメインに、5本のα-ヘリックス構造が組み合わさった複雑な立体構造を持ちます 。
参考)https://www.jsth.org/publications/pdf/jstage/%E7%99%BA%E7%8F%BE%E6%A9%9F%E6%A7%8B27-5.pdf
🔬 トロンビンの触媒活性中心は分子表面に存在する裂け目様構造(Cleft)の内部に位置し、トリプシンと類似していますが、基質特異性において大きな違いがあります 。セリンプロテアーゼの活性化では、タンパク質内部のペプチド結合の分解により新たなN末端としてイソロイシンのアミノ基が露出し、この構造変化が触媒残基の正しいコンフォメーションを促進します 。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%93%E3%83%B3
トロンビンはNa+活性化アロステリックセリンプロテアーゼとして機能し、Na+結合により「速い型」と「遅い型」の二つの形態を取ります 。この特性により、抗凝固活性と凝固促進活性を使い分ける能力を持っています 。
参考)http://www.jbc.org/content/270/38/22089.full.pdf
プロトロンビン(凝固第II因子)は分子量約72,000の一本鎖タンパク質で、N末端のGlaドメイン、2つのクリングルドメイン、C末端のトリプシン様セリンプロテアーゼドメインという4つの機能ドメインから構成されます 。肝臓でビタミンK依存性に合成され、血漿濃度は0.153±0.02 mg/mL(約2µM)、血中半減期は2.81±0.51日となっています 。
参考)https://jsth.medical-words.jp/words/word-566/
プロトロンビナーゼ複合体(活性化凝固X因子、活性化凝固V因子、Ca²⁺、リン脂質)による限定分解により、プロトロンビンはGlaドメインと2つのクリングルドメイン(フラグメント1.2)と、セリンプロテアーゼドメインのみからなるα-トロンビンに切断されます 。
⚗️ 活性化過程では、第V因子をコファクターとして結合した第Xa因子がプロトロンビンを認識し、特定のペプチド結合を切断することで活性型トロンビンを生成します 。この過程は血液凝固カスケードの中心的な反応であり、凝固因子の大幅な増幅が行われる重要なステップです 。
参考)https://med.toaeiyo.co.jp/contents/cardio-terms/pathophysiology/2-102.html
トロンビン受容体(TR)は血小板、血管内皮細胞、平滑筋細胞、白血球、神経細胞など様々な細胞に存在する7回膜貫通型構造を有するG蛋白共役型受容体です 。ヒトでは4種のPAR(PAR1~PAR4)が同定されており、トロンビンによる血小板活性化にはPAR1とPAR4が主に関与します 。
参考)https://med.toaeiyo.co.jp/contents/cardio-terms/pathophysiology/2-67.html
トロンビンはTRの細胞外N末端を認識して限定分解し、新たに露出したN末端が「セカンドアゴニスト」として機能し、細胞内にシグナルを伝達します 。このユニークなメカニズムにより、TR自身がトロンビンの基質となり、自己活性化システムを形成します 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsth1990/3/3/3_3_198/_pdf
🩸 血小板での作用では、トロンビンがPAR1のアミノ末端ドメイン(Lys51~Glu63)を切断し、血小板凝集、形状変化、顆粒放出などの一連の活性化反応を引き起こします 。この反応は止血血栓形成、血管壁細胞の遊走、増殖、血管拡張、神経細胞のアポトーシスなど多彩な生理活性を示します 。
参考)https://www.jsth.org/publications/pdf/jstage/%E7%99%BA%E7%8F%BE%E6%A9%9F%E6%A7%8B24-4-2.pdf
トロンビンの最も重要な機能は、可溶性フィブリノーゲンを不溶性フィブリンに変換することです 。トロンビンはフィブリノーゲンを限定分解してフィブリノペプチドA(FpA)とフィブリノペプチドB(FpB)を遊離し、生成したフィブリンモノマーは生理的条件下で速やかにゲル化します 。
参考)https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00049426
フィブリン形成過程では、トロンビンが第XIII因子も活性化し、活性化第XIII因子(XIIIa)がフィブリン同士を共有結合で架橋して、機械的強度の高い安定なフィブリン血栓を形成します 。この反応には血小板や凝固因子の活性化に必要な濃度の数百倍のトロンビンが要求されます 。
参考)https://kawamuranaika.jp/blog/jyunkanki/5032
🔄 凝固増幅メカニズムとして、トロンビンは第V因子、第VIII因子、第XI因子を活性化し、凝固反応の正のフィードバックループを形成します 。生理的止血では、組織因子と第VII因子複合体が第X因子を活性化して少量のトロンビンを生成し、このトロンビンが凝固因子を大幅に増幅してトロンビンバーストを引き起こします 。
トロンビンは凝固促進作用と同時に、トロンボモジュリンシステムを介した抗凝固機能も持っています 。血管内皮細胞表面のトロンボモジュリンにトロンビンが結合すると、基質特異性が劇的に変化し、フィブリノーゲンなどの凝固因子への作用が抑制される一方で、プロテインCを優先的に活性化します 。
参考)http://www.ketsukyo.or.jp/plasma/anti-thrombin/ant_03.html
活性化プロテインC(aPC)は、プロテインSを補酵素として活性化第V因子(Va)と活性化第VIII因子(VIIIa)を分解し、凝固反応の中間段階を阻害することでフィブリン血栓形成を抑制します 。このネガティブフィードバック機構により、トロンビンは自身の生成を制御する巧妙なシステムを構築しています 。
⚖️ アンチトロンビンとの相互作用では、アンチトロンビンがトロンビン、活性化第X因子、活性化第IX因子と結合してこれらの働きを停止させ、フィブリノゲンのフィブリンへの変換を阻害します 。ヘパリンはアンチトロンビンの作用を数千倍に増強し、医療現場では血栓症治療の標準薬として使用されています 。
参考)http://www.ketsukyo.or.jp/plasma/anti-thrombin/ant_04.html
現代の抗血栓療法では、直接トロンビン阻害薬ダビガトラン(プラザキサ®)が重要な治療選択肢となっています 。従来の抗トロンビン薬は抗凝固作用と抗血小板作用の両方を有するため出血リスクが問題でしたが、新世代のトロンビン受容体拮抗薬は理論上、凝固を阻害せずに血小板活性化作用のみを特異的に抑制することが期待されています 。
参考)http://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/138/2/138_2_79/_article/-char/ja/
外科領域では、局所止血剤としてのトロンビンが広く活用されており、フィブリン糊との組み合わせによる止血効果が確立されています 。トロンビン希釈法を用いたフィブリン糊充填療法は、術後難治性瘻孔の治療においても有効性が報告されています 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2727895/
🏥 診断面では、プロトロンビン時間(PT)がワルファリン治療のモニタリング指標として使用され、PT-INR(国際標準化比)により標準化された値で治療域の管理が行われています 。COVID-19関連の血栓症では、肺内フィブリン血栓が動脈系血管と毛細血管に多くみられ、発症早期からの形成が確認されており、トロンビン制御の重要性が再認識されています 。
参考)https://square.umin.ac.jp/transfusion-kuh/related/PT/index.html