ダビガトランは直接トロンビン阻害薬(DTI)として、血液凝固カスケードの最終段階において重要な役割を果たします。プロドラッグ体のダビガトランエテキシラートとして経口投与された後、体内でエステラーゼによって速やかに活性代謝物であるダビガトランに変換されます。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/138/2/138_2_79/_pdf
ダビガトランの作用機序は、トロンビンの活性部位において競合的かつ可逆的に結合することで、トロンビンの触媒反応を阻害することです。これによりフィブリノゲンからフィブリンへの変換を阻害し、血栓形成を防ぎます。
参考)https://www.bij-kusuri.jp/products/files/pxa_cap75_pi.pdf
特に重要な点は、ダビガトランが固相トロンビン(血栓に結合したトロンビン)と液相トロンビン(血中の遊離トロンビン)の両方を同程度に阻害することです。この特性により、既に形成された血栓内でも効果的な抗凝固作用を発揮できます。
また、ダビガトランの抗血栓作用は納豆などのビタミンK含有食物の影響を受けないことが動物実験で明らかとなっており、ワルファリンと比較して食事制限が不要という利点があります。
ダビガトランの最も重要な副作用は出血であり、副作用の中で最も多い症状です。特に皮膚出血、鼻血、血尿などの軽微な出血から、消化管出血、頭蓋内出血、後腹膜出血などの重篤な大出血まで幅広い出血症状が報告されています。
参考)https://www.premedi.co.jp/%E3%81%8A%E5%8C%BB%E8%80%85%E3%81%95%E3%82%93%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3/h00056/
RE-LY試験における出血性合併症の比較では、ワルファリン群で40%、ダビガトラン群で27%の発生率となっており、ダビガトラン群で出血性合併症の発生率が低下することが示されました。しかし、日本での使用開始後には高齢者や腎機能低下患者を中心に重篤な出血性副作用が多発し、26人の死亡例(うち出血性死因14人)が報告されました。
参考)https://www.jseptic.com/journal/jreview_149.pdf
その他の副作用として、肝機能障害が1%未満の頻度で認められ、血清トランスアミナーゼ(AST、ALT)の上昇がみられます。また、ダビガトラン特有の副作用として消化器症状があり、「胃が痛い」「胃がもたれる」といったディスペプシア症状が報告されています。
非常にまれな副作用として、薬剤性肺線維症があります。これはDOAC(直接経口抗凝固薬)に共通して認められる副作用で、特に高齢者での報告例が多くなっています。
イダルシズマブ(プリズバインド®)は、ダビガトランの抗凝固作用を特異的に中和する唯一の薬剤です。これはヒト化モノクローナル抗体であり、トロンビンに対するダビガトランの結合親和性の約300倍の強さでダビガトランと結合します。
参考)https://pro.boehringer-ingelheim.com/jp/product/prazaxa/mechanism-of-action-of-prizbind-as-seen-in-the-video
イダルシズマブの作用機序は、血中のダビガトランと直接結合することで、ダビガトランのトロンビン阻害作用を中和することです。投与後4時間以内にダビガトラン抗凝固作用の最大中和率を達成し、希釈トロンビン時間とエカリン凝固時間の改善が確認されます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10704007/
日本の市販後調査では、緊急時におけるイダルシズマブの安全性と有効性が確認されており、初回投与後と再投与後において中和効果に違いは認められませんでした。標準投与量は2×2.5g/50mLで、静脈内投与により迅速な中和効果を発揮します。
参考)https://pro.boehringer-ingelheim.com/jp/sites/default/files/2024-04/PRI_010%20%E3%83%97%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%90%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E9%81%A9%E6%AD%A3%E4%BD%BF%E7%94%A8%E3%81%AE%E3%83%9D%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%88.pdf
重要な注意点として、イダルシズマブによりダビガトランの抗凝固作用を中和することで血栓症のリスクが増加するため、止血後は速やかに適切な抗凝固療法の再開を考慮する必要があります。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00066527.pdf
ダビガトランの重要な薬物相互作用は、P糖蛋白(P-gp)阻害剤との併用です。プロドラッグ体のダビガトランエテキシラートは薬物排出トランスポーターのP糖蛋白質により消化管からの吸収が制限されているため、P糖蛋白阻害剤との併用によりダビガトランの血中濃度が上昇します。
参考)https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=981
併用禁忌薬剤として、イトラコナゾールの経口製剤があります。これはケトコナゾールとの併用試験で2~2.5倍程度の血中濃度上昇が認められたため、同様に強いP糖蛋白阻害作用を示すイトラコナゾール経口製剤も併用禁忌に設定されています。
併用注意薬剤には以下があります:
これらの薬剤と併用する場合は、ダビガトランの血中濃度上昇による抗凝固作用の増強が起こる可能性があるため、ダビガトランの減量(110mg 1日2回)を考慮する必要があります。大出血などの重篤な症状が起こる可能性もあるため、本相互作用には十分な注意が必要です。
参考)https://pro.boehringer-ingelheim.com/jp/sites/default/files/2020-10/tool03.pdf
ダビガトランは腎排泄の割合が高く、腎機能低下例では特に注意が必要な薬剤です。標準用量は成人にダビガトランエテキシラートとして1回150mg(75mgカプセル2カプセル)を1日2回経口投与ですが、患者の腎機能に応じて用量調整が必要です。
参考)https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.1402226043
腎機能別の用量調整基準:
参考)https://pro.boehringer-ingelheim.com/jp/sites/default/files/2020-10/pxa_mts_t_pocketguide_20200825_01.pdf
腎機能低下患者では、ダビガトランの血中濃度が上昇し出血リスクが増大するため、定期的な腎機能検査と凝固能の測定が必要です。特に高齢者では腎機能が低下している場合が多く、慎重な用量設定と経過観察が重要となります。
参考)https://www.min-iren.gr.jp/news-press/shinbun/20120402_15822.html
服薬指導のポイントとして、患者には出血症状(あざ、鼻血、血尿など)の早期発見と主治医への相談の重要性を説明する必要があります。また、手術・内視鏡検査・抜歯の予定や他の医療機関受診時には、必ず事前に主治医に相談するよう指導することが重要です。
ダビガトランは特異的中和剤イダルシズマブが使用可能な唯一の経口抗凝固薬であることから、緊急時の対応において重要な選択肢となっています。適切な用量調整と定期的なモニタリングにより、安全で効果的な抗凝固療法の継続が可能となります。