ワルファリンは血液の凝固を抑制する経口抗凝固薬で、1962年の発売以来、日本で多くの患者に使用されてきた実績のある薬剤です 。ビタミンK類似構造のクマリン誘導体として、肝臓でビタミンKに拮抗し、血液凝固因子の産生を抑えることで血液を固まりにくくし、血栓の形成を予防します 。
参考)https://www.jhf.or.jp/check/term/word_r/warfarin/
ワルファリンの作用機序は、肝臓でビタミンK依存性凝固因子(プロトロンビン、II、VII、IX、X)が生成される最終段階で、還元型ビタミンKを補酵素とするカルボキシル化反応を阻害することにあります 。これにより有効な活性型凝固因子の生成を抑制し、抗凝固作用を発現します。
参考)https://www.premedi.co.jp/%E3%81%8A%E5%8C%BB%E8%80%85%E3%81%95%E3%82%93%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3/h00966/
心房細動は脳梗塞の最も重要な危険因子の一つで、ワルファリンは心房細動患者の心臓内血栓形成を防ぎ、脳梗塞の発症を予防する目的で使用されます 。非弁膜症性心房細動患者では、CHADS2スコアが1点以上で抗凝固療法が推奨され、年齢、心不全、高血圧、糖尿病、脳卒中既往などのリスク因子を総合的に評価して投与を決定します 。
参考)https://kobe-kishida-clinic.com/respiratory-system/respiratory-medicine/warfarin-potassium/
心房細動患者に対するワルファリン療法では、プロトロンビン時間国際標準比(PT-INR)を1.6〜2.6の範囲でコントロールすることが重要です 。診療所でもこの範囲で管理することにより、安全に施行でき、脳塞栓症の予防に極めて有用であることが確認されています 。
参考)https://jcc.gr.jp/journal/backnumber/bk_jjc/pdf/J023-3.pdf
機械弁による人工弁置換術を受けた患者では、ワルファリンの長期服用が必須となります 。弁の種類や位置によって目標PT-INR値が異なり、機械弁(僧帽弁)では2.5-3.5、機械弁(大動脈弁)では2.0-3.0の範囲でコントロールします。
人工弁置換術後の患者では、血栓性素因が高いため、特定の凝固因子を選択的に阻害する直接経口抗凝固薬(DOAC)では効果が期待できず、ワルファリン療法が必須となります 。生体弁置換後でも術後一定期間はワルファリン投与が推奨される場合があります。
参考)https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.1402226041
深部静脈血栓症や肺塞栓症を発症した患者に対して、ワルファリンは再発予防のため長期間使用されます 。急性期の初期治療後に長期的な抗凝固療法として選択され、初発の深部静脈血栓症・肺塞栓症では3-6ヶ月、再発例では延長または永続的な投与が推奨されます。
特に癌関連血栓症や抗リン脂質抗体症候群など、再発リスクの高い患者では長期間の継続投与が必要となる場合があります。ワルファリンは発症6ヶ月以内の肺塞栓症において、療法が必須とされる適応疾患の一つです 。
参考)https://faq-medical.eisai.jp/faq/show/1381?category_id=22amp;site_domain=faq
一部の心筋梗塞後患者において、ワルファリン投与が検討されることがあります 。特に左室壁在血栓のリスクが高い症例や、広範囲前壁梗塞で左室機能が著しく低下した患者が対象となります。
ただし、抗血小板薬との併用による出血リスクも考慮する必要があり、慎重に適応を判断することが重要です。左室壁在血栓の場合は3-6ヶ月間、広範囲前壁梗塞については個別に判断して投与期間を決定します。
ワルファリンの最も重要な副作用は出血で、歯茎や鼻からの出血、あざの形成、尿や便への血液混入などの症状が現れます 。重大な副作用として、皮膚壊死、カルシフィラキシス、肝機能障害、急性腎障害などが報告されています。
参考)https://ubie.app/byoki_qa/medicine-clinical-questions/qu4u5mh9up
皮膚壊死は頻度は非常にまれですが、ワルファリンに特異的な副作用で、服用開始直後に皮膚や脂肪組織に壊死が生じることがあります 。一時的に血が固まりすぎることで小さな血栓が形成され、女性に多く、胸や太もも、お尻、足や手によく見られます。
その他の副作用として、発疹、皮膚炎、発熱、吐き気、肝障害、脱毛、皮疹・色素沈着などがあり、高齢者では色素沈着が認められることもあります 。これらの症状が現れた場合は、速やかに医師に相談することが重要です。
ワルファリン服用中は、ビタミンKを多く含む食品の摂取に厳重な注意が必要です 。納豆や青汁などビタミンK含有量の多い食品は避け、緑黄色野菜の摂取量は一定に保つことが大切です。
参考)https://pharmacist.m3.com/column/special_feature/4881
納豆との相互作用は特に有名で、わずか10g程度の摂取でもワルファリンの効果に影響を及ぼし、その影響は2〜3日程度では消失しない持続的なものです 。ビタミンKを豊富に含む食品を摂取すると、ワルファリンの血栓予防効果が打ち消され、血栓ができやすい状態に戻ってしまいます。
食事内容の急激な変化は薬効に影響するため、食事内容の記録をつけることが推奨されます 。パセリ、キャベツ、ほうれん草などのビタミンKを多く含む食品の摂取量も一定に保つ必要があります 。
参考)https://www.futaba-ph.co.jp/wp-content/uploads/2014/08/5-wafarin.pdf
ワルファリン療法では、PT-INR値の定期的なモニタリングが不可欠で、治療域が狭く、過剰投与は出血リスクを増大させる一方、不足は血栓症の再発を招きます 。初期は頻回にPT-INR測定を行い、安定後も月1回以上の測定が必要です。
参考)https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.1542102085
近年では、PT-INRの簡易測定装置が開発され、患者の自己測定や薬剤師による薬局でのモニタリングが可能になっています 。これにより、ワルファリン療法中の患者の副作用の早期発見と医師への迅速なフィードバックシステムが構築されています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/yakkyoku/11/2/11_nt.2019-1911/_pdf
薬剤師が関与するモニタリング体制により、より安全なワルファリン療法の実現が期待され、重篤な出血や血栓性疾患のリスクを軽減できることが欧米の臨床研究で明らかにされています 。適切なモニタリングにより、診療所でも安全にワルファリン療法を施行することが可能です。
ワルファリンは妊婦または妊娠している可能性のある女性には投与禁忌とされています 。胎児に対する催奇形性があり、骨形成異常や鼻形成不全などの奇形を起こす可能性があるためです 。
参考)https://www.pmda.go.jp/files/000147651.pdf
妊娠中の治療量抗凝固療法では、ワルファリンの胎児催奇形性や流産率の高さから、ワルファリン服用中の女性が妊娠を希望する場合は計画的な妊娠が必要です 。妊娠した場合は妊娠6週より前に投与を中止し、妊娠早期にヘパリンに切り替えることが推奨されています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsth/32/5/32_2021_JJTH_32_5_594-599/_html/-char/ja
機械弁置換術を受けた妊婦では、妊娠13週以後に再びワルファリンに変更し、分娩前に再度ヘパリンに切り替える方法も考慮されますが、胎児異常と母体血栓症リスクを比較しながら個々に検討する必要があります 。