医療現場で「バルプロ酸ナトリウム徐放錠A」と「バルプロ酸ナトリウムSR錠」を見比べたとき、多くの人が最初に抱く疑問は「同じ徐放なのに、なぜ名前が違うのか」です。結論から言うと、どちらも有効成分はバルプロ酸ナトリウムで、徐放(持続放出)という剤形コンセプトも共通ですが、製品の位置づけ(先発・後発、規格の組み合わせ)や日本薬局方上の区分、さらに用法・用量の“実務上の取り扱い”が絡むため、現場では「違い」として立ち上がってきます。特に一般名処方が絡むと、処方せんの記載だけでは先発品のどちらを意図しているかが判然としないケースがあり、疑義照会が必要になることがある点が重要です(後述)。
まず、日本薬局方(JP)ベースで整理すると、先発品デパケンR錠は「バルプロ酸ナトリウム徐放錠A」に該当します。デパケンR錠の添付文書にも、一般名として「日本薬局方 バルプロ酸ナトリウム徐放錠A」と明記されています。したがって、「徐放錠A」という表現は、単なるメーカー独自の呼称というより、規格・同等性・先発との対応関係を整理するための実務上の重要ラベルだと捉えると理解が進みます。実際、国立医薬品食品衛生研究所(NIHS)のブルーブックでも、後発品として「バルプロ酸ナトリウム徐放錠A100mg『トーワ』」と並んで「バルプロ酸ナトリウムSR錠100mg『アメル』」などが同じ有効成分の徐放製剤として並列に掲載されています。つまり「A」か「SR」かは、少なくとも“徐放製剤である”という一点においては同じ土俵にある一方で、名称が異なることで一般名処方・採用品目・棚管理・監査手順が分かれやすくなります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10869663/
ここで問題になるのが「一般名処方の読み替え」です。一般名で「バルプロ酸ナトリウム徐放錠」とだけ書かれていると、(規格にもよりますが)デパケンR系(徐放錠A)を想定しているのか、別系統の徐放製剤(SR)を想定しているのか、用法・用量や過去の処方歴がない限り断定できないことがあります。特に、患者が転院・転居して薬局が変わった場面、あるいは入院から外来へ切り替わる場面では、薬歴が途切れて“処方意図が見えない”状況が生まれます。こうした場面で、名称差を軽視して漫然と調剤すると、同じ成分量に見えても服用回数・服薬タイミング・患者の理解がズレる可能性があるため、医療安全上は「疑義照会で意図を確認する」という選択が合理的になります。
また、現場では「A=デパケンR、SR=ジェネリックの別名」と短絡されがちですが、ブルーブックを読むと分かる通り、同一成分の徐放製剤は複数社・複数製品が存在し、しかも溶出・BE(生物学的同等性)評価は“製品ごとに”整備されています。ブルーブックには、含量違い製剤のBE評価として、トーワのA100mgがA200mgを標準製剤として溶出挙動が等しく生物学的に同等とみなされたこと、同様にアメルのSR100mgがSR200mgを標準製剤として同等とみなされたことが記載されています。ここが地味に重要で、同じ「100mg」でも“どの200mgを標準にして設計・評価しているか”が会社ごとに異なるため、切替時には、患者の発作コントロールや副作用、血中濃度モニタリング(TDM)とセットで見た方が安全です。
参考)https://www.nihs.go.jp/drug/ecqaged/bluebook/h/o_Valproate_Srt_01.pdf
バルプロ酸ナトリウム製剤で、用法用量を確認する意義は「薬理としてどう効くか」以上に、「患者が実際にどう飲むか」が治療成績と直結する点にあります。とくに徐放製剤は、服用回数を減らして血中濃度の変動を抑える目的がある一方、飲み方が崩れると“崩れ方が分かりにくい”という特性があります。普通錠なら飲み忘れが露骨に出ることもありますが、徐放は症状や血中濃度の乱れとして時間差で現れるため、監査と指導の質が問われます。
先発のデパケンR錠(徐放錠A)添付文書では、適応として「各種てんかんおよびてんかんに伴う性格行動障害」「躁病および躁うつ病の躁状態」「片頭痛発作の発症抑制」が示されています。用法・用量は、てんかん・躁状態では「通常1日量400~1,200mgを1日1~2回」、片頭痛発作の発症抑制では「通常1日量400~800mgを1日1~2回、ただし1日1,000mgを超えない」と明記されています。さらに、躁状態に関しては「3週間以上の長期使用について明確なエビデンスが得られていない」との注意も記載され、漫然継続を避ける判断材料になり得ます。こうした“適応は同じでも、継続の考え方が違う”情報は、医師だけでなく薬剤師・看護師が共有しておくと、診察時の聞き取り(眠気・体重増加・肝機能・妊娠可能性の確認など)の質が上がります。
また、ブルーブックには「用法・用量が異なる先発医薬品(セレニカR錠100mg及びセレニカR錠200mg)がある」と注記があり、先発同士でも“同じ一般名的な枠で語りにくい”背景が示唆されています。つまり「徐放製剤=全部同じ飲み方」とは言い切れない構造があるため、処方せんの用法(1日1回か、1日2回か)と、過去歴(患者が今まで何を飲んでいたか)を必ず突き合わせる必要があります。一般名処方で「徐放錠200mg」が出た場合に、用法が1日1回なのか1日2回なのかで、想定される製品が変わり得るという点は、監査上の要注意ポイントです。
医療従事者向けの実務としては、次の観点で確認すると取り違えを減らせます。
そして、切替が発生する状況(入退院、施設入所、ジェネリック変更など)では、可能なら血中濃度の測定を検討する、という姿勢が添付文書にも「他のバルプロ酸ナトリウム製剤から本剤へ切り替える場合、血中濃度が変動することがあるので、測定が望ましい」として示されています。ここは「AとSRの違い」という表面上の話より、患者安全に直結する本質です。
参考:先発デパケンRの効能・用法用量、禁忌、相互作用、服薬指導上の注意(ゴーストピル含む)
デパケンR錠 添付文書(JAPIC PINS PDF)
参考:徐放錠A(トーワ)とSR錠(アメル)の掲載、BE評価、溶出規格(公的溶出規格の時間別溶出率など)
NIHS ブルーブック(バルプロ酸ナトリウム徐放製剤)
徐放製剤の「違い」を語るとき、効能や一般名の議論に偏ると、実務で一番困る“効き方のブレ”を見落としがちです。デパケンR錠の添付文書には、本剤が「マトリックスを核とし、その上を徐放性被膜でコーティングすることにより徐放化した製剤」であると説明されています。つまり、錠剤構造そのものが放出制御の中心であり、剤形として“消化管内に一定時間滞留すること”が前提になっています。
この前提が崩れる代表例が「重篤な下痢」です。デパケンR錠の添付文書では、重篤な下痢のある患者について「服用後一定時間消化管内に滞留する必要があるので、血中濃度が十分に上昇しない可能性がある」と明記されています。これは、徐放製剤の飲み方が正しくても、病態(下痢)により“薬が体内にいる時間”が短くなり、設計通りに放出・吸収されないリスクを示しています。現場的には、感染性腸炎、抗菌薬関連下痢、下剤調整中、高齢者の便性状悪化など、外来でも頻繁に遭遇する状況であり、「徐放錠AかSRか」の議論より先に、こうした患者背景を拾えるかどうかが治療の安定性に影響します。
もう一つ、意外に患者トラブルに直結するのが「ゴーストピル(殻錠・残渣)」です。デパケンR錠では「本剤の白色の残渣が糞便中に排泄される」と添付文書の適用上の注意に明記されており、患者が便中に“薬らしきもの”を見つけて自己中断する典型的なきっかけになります。ここは医療者側が「それは主薬が放出された後の抜け殻のことが多い」ことを説明し、自己判断中止を防ぐ価値が高いポイントです。さらに、学会系の薬剤師FAQでも、一定時間(例:約10時間)消化管内に滞留していれば吸収に問題ない、という趣旨で説明されており、患者説明の言い回し作りに役立ちます。
溶出という観点では、ブルーブックに「公的溶出規格」が具体的に書かれています。たとえば水を試験液として毎分50回転で試験した際、4時間・6時間・12時間の溶出率が規格化され(100mgと200mgで6時間時点の範囲が少し異なるなど)、いずれの製剤も規格に適合し、先発やオレンジブックとの類似性が確認されたと記載されています。これは「AとSRは別物だから危険」という単純な話ではなく、少なくとも規格・溶出の枠組みの中で品質が評価されている、という安心材料にもなります。一方で、溶出試験はあくまで条件を揃えた試験であり、実臨床では下痢・併用薬・飲み忘れ・食事パターンなどが重なってブレるため、ここを“安全側の運用”で埋めるのが医療者の仕事になります。
「AとSRの違い」を調べている途中で、なぜか相互作用の話が頻繁に出てくるのは、バルプロ酸が“相互作用で血中濃度が崩れやすい代表薬”だからです。なかでも最重要が、カルバペネム系抗生物質との併用禁忌です。デパケンR錠の添付文書では、カルバペネム系抗生物質投与中の患者は禁忌とされ、併用により「バルプロ酸の血中濃度が低下し、てんかんの発作が再発することがある」と明記されています。
この相互作用は、実務的に“見落としやすい”のが厄介です。理由は単純で、カルバペネムは重症感染症で短期間に導入されることが多く、入院・救急・術後など、情報が分断されがちな場面で処方が動くからです。さらに、バルプロ酸はてんかんだけでなく、躁状態や片頭痛予防でも処方されるため、「抗てんかん薬だから注意」では拾い切れません。感染症治療チームと精神科・神経内科、また外来のかかりつけ薬局の間で“誰が気づくか”が安全性を左右します。
したがって、医療従事者向けの運用としては、次のようなルール化が現実的です。
なお、添付文書には他にも併用注意が多数記載され、たとえばラモトリギンでは消失半減期が延長する(約2倍)との記載があります。てんかん領域では併用が現実的に起こりやすいため、「AとSRの違い」を気にする段階で、同時に相互作用の地雷も棚卸ししておくと事故が減ります。
検索上位の解説は、どうしても「一般名処方でAとBが…」「先発がデパケンRで…」と、制度・名称の話が中心になりがちです。けれど医療安全の観点では、患者トラブルが起きる入口はもっと生活に近いところにあります。そこで独自視点として、あえて“便と下痢”から逆算した監査フローを提案します。これは薬剤師だけでなく、外来看護師、病棟看護師、医師の問診にも転用できる形です。
1つ目は「便中残渣(ゴーストピル)」の説明を、投薬時に先回りして入れることです。添付文書に明記されている以上、起こり得る事象であり、患者が驚いて中止するのが一番まずいパターンです。「便に白いものが出ることがありますが、薬の殻が出ているだけのことが多いので、勝手にやめずに連絡してください」と伝えるだけで、服薬継続率と安全性が上がります。
2つ目は「下痢の有無」を、服薬指導の副作用聴取の一部として固定化することです。多くの現場で、バルプロ酸の副作用は眠気・体重増加・肝機能・血小板などに意識が向きますが、徐放製剤に限っては“下痢=吸収失敗の可能性”が添付文書に明記されているため、重要度が上がります。具体的には、「最近、強い下痢が続いていませんか?続いているなら効きが弱くなる可能性があるので、早めに相談してください」と一言添えるのが実務的です。
3つ目は「下痢+残渣」を見たときの分岐です。患者が「便に薬が出た」と言ってきた場合、医療者は“問題ない”と即断したくなりますが、添付文書では下痢があると血中濃度が上がらない可能性があるとも書かれています。つまり、
という“同じ残渣でも意味が変わる”整理ができます。
4つ目は「切替時の“症状日誌”」です。切替のたびにTDMができるとは限らないため、てんかんなら発作兆候、躁状態なら睡眠時間と活動性、片頭痛予防なら頭痛日数と頓服回数を、1~2週間だけでも記録してもらうと、AとSRのどちらであれ“合う・合わない”の判断が速くなります。添付文書でも、切替時に血中濃度が変動し得るため測定が望ましい旨が記載されており、症状記録はその現実的代替・補完になり得ます。
最後に、医療従事者向けの要点を、現場で使える形に落とすとこうなります。