病原体が感染症を引き起こすためには、まず人体に侵入し、組織に定着して増殖する必要があります。感染が成立すると、微生物が増え続けて人体の防御機構に打ち勝つ、均衡状態に達して慢性感染となる、または免疫機能により排除されるという3つのパターンのいずれかが起こります。
参考)https://www.msdmanuals.com/ja-jp/home/16-%E6%84%9F%E6%9F%93%E7%97%87/%E6%84%9F%E6%9F%93%E7%97%87%E3%81%AE%E7%94%9F%E7%89%A9%E5%AD%A6/%E6%84%9F%E6%9F%93%E7%97%87%E3%81%8C%E8%B5%B7%E3%81%93%E3%82%8B%E4%BB%95%E7%B5%84%E3%81%BF
大半の微生物は、人体の細胞に付着することによって侵入を開始し、「鍵と鍵穴」の関係のように特定の細胞表面に結合します。微生物が侵入部位の近くにとどまるか別の部位にまで広がるかは、その微生物が毒素や酵素を作るかどうか、抗菌薬に対する耐性があるかどうか、人体の防御機構を妨げるかどうかといった因子によって決まります。
感染に対する防御の第一段階は自然免疫が担当し、体内に病原体が侵入するとすぐに異物として認識して排除にかかります。しかし、病気を引き起こす微生物の多くは、毒性物質(毒素)、酵素、人体の防御機構を妨げる手段といった性質を備えており、これらが病気の強さ(毒性)を高めています。
参考)https://hc.kowa.co.jp/kansen-taisaku/learn/part02/index.html
感染症の原因となる主要な病原体は、ウイルス、細菌、真菌の3つに大別され、それぞれ性質や治療薬が大きく異なります。
参考)https://www.josai.ac.jp/josai_lab/1325/
ウイルスは遺伝情報を持つ核酸(DNAまたはRNA)とそれを包むタンパク質の殻から構成され、代謝能と自己増殖能をもたないため生物には含まれません。大きさは約20〜300nmで、宿主細胞内でのみ増殖が可能です。主な病原体にはインフルエンザウイルス、COVID-19、麻疹ウイルス、ノロウイルスなどがあり、抗ウイルス薬で治療されます。
参考)https://www.caicm.go.jp/knowledge/index.html
細菌は原核生物で約1〜10μmの大きさがあり、自己増殖が可能です。主な病原体には大腸菌、黄色ブドウ球菌、結核菌などがあり、細菌性肺炎、結核、膀胱炎などを引き起こします。治療にはペニシリン系、セフェム系、カルバペネム系などの抗菌薬が用いられます。
**真菌(カビ)**は真核生物で約5〜40μmと細菌よりやや大きく、自己増殖が可能です。白癬菌(水虫の原因)やカンジダなどがあり、白癬症、カンジダ症、アスペルギルス症などを引き起こします。抗真菌薬で治療されます。
現代の医療では、15種類もの病原体を一度に検出できる多項目PCR検査が導入されています。この検査では、新型コロナウイルス、季節性コロナウイルス、インフルエンザA・B、RSウイルス、アデノウイルスなどのウイルス8種類と、百日咳菌、マイコプラズマ・ニューモニエ、クラミジア・ニューモニエなどの細菌4種類を同時に検出可能です。
参考)https://tomo-clinic.co.jp/blog/5736
次世代シーケンス法(NGS)による感染症診断も注目されており、一度のアッセイで1,000万〜10億程度のリードを得ることができ、臨床検体中の核酸断片を網羅的・定量的に解析できます。理論上は、臨床検体に含まれるヒト由来や微生物由来のすべての核酸断片の情報を得ることができ、病原微生物の種類だけでなく薬剤耐性遺伝子情報、ウイルス変異株も同時に解析可能です。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/numa/82/1/82_17/_pdf/-char/ja
PCR検査は検査機器を用いて検体内のウイルスの遺伝子を検出する検査で、抗原検査よりも少ない量のウイルスを検出できる高い精度を持っています。一方、抗原検査はウイルスのもつ特徴的なタンパク質(抗原)を調べる検査で、検出には一定以上のウイルス量が必要ですが、約15〜30分で判定が可能という迅速性があります。
参考)https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/kansen/info/corona/kensa/houhou
ワクチン接種は病原体感染の最も効果的な予防手段の一つです。ワクチンを接種すると、樹状細胞が病原性を完全になくしたり弱めたりした病原体の一部、ウイルスのタンパク質を作るもとになる一部の遺伝情報を検知し、ヘルパーT細胞に情報を伝えます。
免疫の司令官であるヘルパーT細胞は、キラーT細胞に敵への攻撃を依頼し、B細胞には武器となる抗体をつくるように指示します。この過程でメモリーB細胞、メモリーT細胞が作られ、将来実際の病原体が体内に侵入した時に素早く反応し、病原体を排除できるようになります。
現在、ワクチンで予防できる主な感染症には、インフルエンザ、水痘、帯状疱疹、麻疹、風疹、日本脳炎、ポリオ、百日咳などがあります。これらの感染症の多くは空気感染、飛沫感染、接触感染で伝播するため、ワクチン接種による集団免疫の形成が重要です。
参考)https://www.biken.or.jp/about_vaccine/prevention/
近年、薬剤耐性を持つ病原体の増加が深刻な問題となっています。百日咳にはマクロライド系抗菌薬が効きにくい薬剤耐性菌が増加しており、マイコプラズマという病原体にもマクロライド系抗菌薬が効きにくい薬剤耐性マイコプラズマが出現し、流行を拡大させています。
参考)https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/acd192cb925abf9a0806ae1b0435bc95d2d8c1a8
世界保健機関(WHO)は薬剤耐性リスクを理由に、アスペルギルス・フラバスを重大視する真菌病原体のグループに追加しました。カルバペネム系抗菌薬のような最後の手段とされる抗菌薬に耐性を持つ高病原性肺炎桿菌も世界各地で報告されています。
参考)https://www.forth.go.jp/topics/2024/20240821_00001.html
従来のK. pneumoniaeから派生した菌株では、基質特異性拡張型βラクタマーゼ(ESBL)やカルバペネマーゼといった酵素の発現により、利用可能なすべてのβ-ラクタム系抗菌薬に対して耐性を示すようになっています。これらの高病原性株は健常者と免疫不全者の両方に感染する能力を持ち、侵襲性感染症を引き起こす傾向が強いため、従来の株に比べて高病原性であると考えられています。
NGSを用いた宿主-病原体相互作用解析により、病原体がどのように疾患を引き起こすかを明らかにし、病原体感染メカニズムの探索が進んでいます。これらの要因を理解することで、情報に基づく公衆衛生上の意思決定ができるようになり、将来の潜在的な治療ターゲットを特定するのに役立ちます。
参考)https://jp.illumina.com/areas-of-interest/microbiology/host-pathogen-interactions.html