β-ラクタム環は4員環構造を持つ環状アミドであり、この構造的特徴が加水分解反応における高い反応性の源となっています。通常のアミド結合と比較して、β-ラクタム環は顕著な環ひずみを有しており、窒素原子がピラミッド型構造をとることで共鳴が弱められています。この結果、カルボニル基がよりケトン的な性質を帯び、求核攻撃を受けやすくなります。
参考)β-ラクタム - Wikipedia
β-ラクタム環の反応性は、環のサイズと縮合構造によって変化します。モノバクタム系では環ひずみパラメータhが0.05-0.10オングストロームであるのに対し、カルバペネム系やクラバム系では0.50-0.60オングストロームに達し、後者ほど加水分解に対する反応性が高くなります。
ラクタム環は、強アルカリまたは強酸と加熱することで加水分解され、アミノ酸を生成します。この加水分解反応は、分子内のカルボキシル基とアミノ基の脱水によって形成された環状構造が、逆反応により開環する過程と理解できます。
参考)ラクタム(らくたむ)とは? 意味や使い方 - コトバンク
β-ラクタマーゼによる加水分解反応は、アシル中間体を経由する2段階反応機構で進行します。第一段階では、活性中心のセリン残基の水酸基がβ-ラクタム環内のカルボニル炭素を求核攻撃し、ラクタム環が開裂してアシル中間体が形成されます。このアシル化反応では、酵素と基質が共有結合で結ばれた状態となります。
参考)阻害剤開発を目指したβ-ラクタマーゼの構造機能解析 
第二段階の脱アシル化反応では、脱アシル化水と呼ばれる水分子が再度カルボニル炭素を求核攻撃します。この攻撃により、アシル基が切断されて分解産物が遊離し、酵素が再生されて触媒サイクルが完結します。
参考)https://www.chemotherapy.or.jp/journal/jjc/06106/061060479.pdf
クラスAとクラスCのβ-ラクタマーゼでは、脱アシル化機構に決定的な違いがあります。クラスAでは活性中心ポケットの底から上方向へ水分子が攻撃するのに対し、クラスCでは溶媒側から下方向へ水分子が侵入して攻撃します。この違いが、両酵素の基質特異性や阻害剤感受性の差異を生み出す重要な要因となっています。
β-ラクタマーゼの詳細な構造と反応機構については、日本化学療法学会雑誌の総説で包括的に解説されています
ラクタム加水分解反応は、pH、温度、イオン強度などの環境因子によって大きく影響を受けます。β-ラクタム抗生物質の加水分解速度は、pH依存性を示し、特定のpH領域で活性が変化します。例えば、メタロ-β-ラクタマーゼの一種であるIMP-1は、酸性溶液中で活性が消失することが知られています。
参考)https://kumadai.repo.nii.ac.jp/record/22620/files/33-109.pdf
温度も加水分解反応速度に重要な影響を与えます。一般的に、温度上昇に伴い反応速度は増加しますが、酵素の安定性との兼ね合いで最適温度が存在します。β-ラクタム系薬物の保存条件では、50℃や60℃といった高温環境下で経時的な力価低下と類縁物質の増加が観察されます。
参考)3つのβ-ラクタム抗生物質の加水分解に対するpH及び温度の効…
湿度環境もラクタム化合物の安定性に関与します。興味深いことに、ガバペンチンのような化合物では、高湿度環境下で分子内脱水縮合によるラクタム生成が抑制されることが報告されています。これは、大気中の水分が多く存在する状態では、閉環反応が進行しにくくなるためと考えられています。
参考)http://www.jscp.info/journal/img/pdf30.pdf
β-ラクタマーゼの基質特異性は、活性中心ポケットの構造と基質分子の側鎖構造によって決定されます。オキシイミノ系β-ラクタム剤では、7位側鎖に大きな芳香環とオキシム構造が導入されており、この平面的かつ巨大な側鎖が酵素との相互作用に影響を与えます。
基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ(ESBL)の出現は、活性中心周辺のアミノ酸置換によって説明されます。SHV-2β-ラクタマーゼでは、238位のアミノ酸置換により、活性中心ポケットのΩループ領域の構造が変化し、大きな側鎖を受け入れるスペースが生まれます。この構造変化により、水素結合ネットワークが変わり、領域の運動性が増加することで、オキシイミノ系薬の結合と分解が可能になります。
カルバペネム系薬剤の安定性は、6位の1R-ヒドロキシエチル基が重要な役割を果たします。この水酸基が脱アシル化水と直接水素結合することで、水分子の配向が変化し、求核攻撃が阻害されます。さらに、一定割合でオキシアニオンホールが破壊されることも、カルバペネム安定性の要因となっています。
β-ラクタマーゼ阻害剤の開発は、薬剤耐性菌対策の中核をなす戦略です。セリン型β-ラクタマーゼに対しては、アビバクタムのような非β-ラクタム系阻害薬が開発され、酵素と共有結合を形成して加水分解に対して安定な付加体を形成します。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/faruawpsj/55/2/55_121/_pdf/-char/ja
メタロ-β-ラクタマーゼ(MBL)に対する阻害剤開発も進められています。チオール基を有する化合物がIMP-1やVIM-2などのMBLを阻害することが報告され、これは臨床の細菌検査でMBL産生菌判定法として応用されています。しかし、MBLは活性中心のアミノ酸配列の違いによりサブクラスに分類されており、すべてのMBLに有効な阻害剤の開発は依然として課題です。
基質アナログ型阻害剤の設計では、β-ラクタム環の構造的特徴を活かしながら、加水分解を受けにくい化学修飾が施されます。X線結晶構造解析により得られた酵素-基質複合体の立体構造情報は、合理的な阻害剤設計に不可欠なデータを提供します。
β-ラクタマーゼの構造機能解析と阻害剤開発戦略については、専門研究機関のウェブサイトで詳しく解説されています
β-ラクタマーゼの進化的変異により、既存の阻害剤に対する耐性も出現しつつあります。アビバクタムとイミペネムの合剤に対しても、一部の変異型酵素による加水分解が報告されており、継続的な新規阻害剤開発の必要性が示されています。薬剤耐性機構の分子レベルでの理解は、次世代の抗菌薬と阻害剤の設計において極めて重要な基盤となっています。