現代の医療現場において、栄養管理は単なる食事提供を超えた包括的なケアアプローチとして位置づけられています。病院では医師、管理栄養士、看護師、薬剤師などの多職種が連携し、患者一人ひとりの病態や身体状況に応じた個別の栄養介入を実施しています。入院時の栄養評価から始まり、治療期間を通じた継続的な栄養モニタリング、そして退院後の在宅栄養管理への移行まで、シームレスな栄養ケアが求められています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/3aeb5f0d547f1ea3a46878f095bb852f5fc8b349
栄養サポートチーム(NST)の活動は、栄養管理の質向上において中核的な役割を果たしています。医師を中心とした8職種(医師、歯科医師、看護師、薬剤師、管理栄養士、言語聴覚士、退院支援看護師、歯科衛生士)が定期的なカンファレンスとラウンドを実施し、誤嚥性肺炎、経腸栄養、褥瘡などの症例に対して多角的なアプローチを行っています。また、院内研修会の開催により摂食嚥下や経腸栄養に関する知識共有を図り、医療従事者全体の栄養管理スキル向上に貢献しています。
参考)https://inoue.aijinkai.or.jp/section/eiyoukanri/
地域連携においては、病院から施設・在宅への栄養情報の申し送りが重要な課題となっています。転院・転所時の栄養状態、食形態、個別対応内容の情報共有により、継続的な栄養ケアが実現されます。芦屋市内では病院と高齢者施設間で「芦屋栄養連携サマリー」を活用し、施設間での栄養情報の円滑な引き継ぎが行われています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/b3357802b843ed0d7debfdbc4f8763f2e234c8e1
高齢者の栄養管理では、フレイルやサルコペニアの予防が重要な課題となっています。フレイルは「高齢による衰弱」を指し、筋力と筋肉量の減少を特徴とするサルコペニアが主要な構成因子として認識されています。低栄養がこれらの病態の根本的原因となるため、適切な栄養評価と介入が不可欠です。
参考)https://www.tyojyu.or.jp/net/topics/tokushu/koreisha-eiyokanri/frailty-sarcopeniayobou-eiyoukanri.html
栄養評価には簡易栄養状態評価表(MNA®-SF)が広く活用されています。75歳以上の高齢者を対象とした研究では、フレイルと判定された高齢者の46.9%、プレフレイルの12.2%が低栄養リスクの状態にあることが報告されています。これは健常者の2.2%と比較して、フレイルでは約21倍の高い有病率を示しています。また、低栄養リスクありと評価された高齢者の90%がフレイルまたはプレフレイルの状態であることから、低栄養とフレイルの密接な関連性が明らかになっています。
サルコペニア予防のための栄養介入では、運動とアミノ酸補給の組み合わせが効果的であることが実証されています。地域在住の75歳以上の後期高齢女性を対象としたランダム化比較試験では、運動とアミノ酸の両方を介入した群での改善率が対照群に比べて約5倍に達し、アミノ酸服用のみでも約2倍の改善効果が確認されています。特に分岐鎖アミノ酸であるロイシン高付加サプリメントが筋肉量と筋力の向上に寄与することが示されています。
糖尿病患者の栄養管理では、血糖コントロールと低栄養予防の両立が重要な課題となります。高齢者糖尿病の治療では、単純な血糖値低下ではなく、フレイルに陥らないよう低血糖や低栄養に配慮した全身管理が必要です。中高年では肥満、高血圧、高脂血症といったメタボリック症候群への介入が重要ですが、高齢者では低体重、低血圧、低栄養という「リバースメタボリズム」への対応が求められます。
参考)https://www.fujiharanaika-clinic.com/%E9%AB%98%E9%BD%A2%E8%80%85%E7%B3%96%E5%B0%BF%E7%97%85%E3%81%A8%E4%BD%8E%E6%A0%84%E9%A4%8A%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%9A%E3%83%8B%E3%82%A2/
糖尿病腎症の進行段階に応じた栄養管理では、第3期(顕性腎症)において食塩制限とたんぱく質摂取量の調整が必要になります。食塩の過剰摂取は血圧上昇を招き腎機能低下の原因となるため、食塩6g未満/日を目標とした減塩指導が重要です。浮腫が強い場合には食塩3g/日までの厳格な制限が求められることもあります。
参考)https://www.nittokyo.or.jp/uploads/files/leaf_dkd_st3.pdf
慢性腎臓病の食事療法では、腎機能障害の進行抑制と合併症予防を目的として、蛋白制限、塩分制限、カリウム制限が実施されます。食事蛋白は窒素代謝物を生成し、腎機能低下時には残存糸球体への過剰な負担を招くため、適切な蛋白制限により糸球体過剰濾過を軽減する必要があります。ただし、過度の制限は低栄養を招く可能性があるため、個々の患者の腎機能と栄養状態を総合的に評価した指導が必要です。
参考)https://www.twmu.ac.jp/NEP/shokujiryouhou.html
栄養補給経路の選択は栄養管理成功の重要な要素となります。基本的には消化管の使用可能性を判断し、安全に使用できる場合は経腸栄養法を第1選択とします。消化管が使用できない場合や誤嚥のリスクが高い場合には静脈栄養法を選択しますが、可能な限り経腸栄養との併用を検討します。
参考)https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/nst/09.html
経腸栄養法は静脈栄養法と比較して多くの利点を有しています。消化管の健全性と機能(吸収能、免疫能、内分泌能、腸管バリア)を維持し、費用対効果が高く、窒素平衡が良好で、代謝合併症や機械的合併症の発生率が低いという特徴があります。また、腸管自身への栄養補給により腸管の形態と機能を保ち、腸粘膜バリアーと消化管リンパ装置による免疫バリアー機能を維持することで、細菌移行(Bacterial translocation)の防止にも寄与します。
参考)http://www.peg.or.jp/care/nst/route.html
静脈栄養法は末梢静脈栄養法(PPN)と中心静脈栄養法(TPN)に分けられ、栄養必要量と消化管の状態に応じて選択されます。高齢者の静脈栄養管理では、水の貯蔵庫である筋肉の減少により脱水と電解質異常のリスクが高まることから、慎重な水分・電解質管理が必要です。特に認知症や嚥下障害を有する高齢者では、軽度の脱水でも意識障害が遷延する可能性があり、個々の患者の病態に応じた適切な輸液管理が求められます。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/f3dfb7d5165f29a34293cea5527bce6b4fad5342
在宅栄養管理は、健康維持と生活の質向上において極めて重要な要素です。加齢に伴う身体機能の低下や慢性疾患の影響により、高齢者は栄養不良やフレイル、サルコペニアなどのリスクが高まるため、適切な栄養管理による予防的アプローチが必要です。在宅での栄養管理では、体力維持、褥瘡予防、感染予防の観点から、十分な栄養摂取が体力維持や免疫力向上につながることが重要です。
参考)https://www.ycota.jp/point/145036
在宅栄養管理の成功には、日々の記録とモニタリングが不可欠です。毎日の体重、食事量、水分摂取量を簡単に記録することで、体調変化の早期発見が可能になります。紙のメモやアプリなど、個人に適した方法を選択することで継続性を高めることができます。また、バランスの取れた食事と適切な保存・調理方法を組み合わせ、家族や支援者との協力体制を構築することが重要です。
地域連携においては、病院・施設・在宅をつなぐ経腸栄養管理の体制構築が重要です。「送る」病院と「迎える」施設の間で、栄養状態、食形態、個別対応内容、栄養管理に関する情報の積極的な提供が、その後の栄養状態維持に大きく影響します。管理栄養士が中心となり、継時的に患者を把握し、栄養状態を保つための連携システムの構築が求められています。
参考)https://www.city.osaka.lg.jp/kenko/page/0000650346.html
病診連携による栄養指導も重要な取り組みです。開業医と病院の管理栄養士が連携し、かかりつけ医からの依頼に基づく栄養食事相談を実施することで、地域全体の栄養管理の質向上を図ることができます。医師からの食事指示の具体的な方法が分からない場合や、食欲不振など日頃の食生活に不安がある患者に対して、専門的な栄養指導を提供する体制が整備されています。
参考)https://www.ashiya-hosp.com/kakuka/eiyouka/index.html
栄養管理の領域では、従来の栄養素ベースのアプローチから、食品摂取の多様性に着目した革新的な視点が注目されています。国立長寿医療研究センターの10年間の観察研究では、「いろいろなものを食べる」という食品摂取の多様性が認知機能の維持に大きな影響を与えることが明らかになっています。食品摂取多様性の高い人ほど認知機能低下のリスクが低く、バランスよくいろいろな食品を食べる習慣が脳機能維持や認知症予防に効果的である可能性が示されています。
ビタミンDと栄養管理の関係についても新たな知見が蓄積されています。日本人成人の91%がビタミンD未充足状態にあり、特に若年女性と高齢女性で著しい低濃度が認められています。ビタミンD不足は転倒リスクの増加と関連し、75歳以上の高齢女性では血清25(OH)D3が低値群で転倒発生リスクが1.56倍、複数回転倒リスクが1.75倍に上昇することが報告されています。適切な日光浴による体内でのビタミンD生合成と食事からの摂取の両方が重要です。
機能性食品成分を活用した栄養介入も注目されています。日本茶に多く含まれる茶カテキンのサルコペニアに対する予防効果がランダム化比較試験で確認されており、従来の栄養素だけでなく、機能性成分を活用した新しい栄養管理アプローチの可能性が広がっています。ただし、サルコペニア予防における栄養介入の効果は運動介入と比較して限定的であるため、運動と栄養の適切な組み合わせによる包括的なアプローチが求められています。
地域包括ケアシステムにおける栄養管理の役割も重要性を増しています。健康寿命の延伸と人生100年時代を見据えた社会の実現において、生活習慣病の増加、低栄養、フレイル対策が喫緊の課題となっており、栄養状態の維持・向上、適切な栄養・食事管理が健康づくりや疾病の発症予防・重症化予防対策推進に不可欠となっています。栄養の専門職である管理栄養士が地域住民の健康づくりに積極的に関与し、予防的視点からの栄養ケアを展開することが期待されています。
参考)https://www.jds.or.jp/uploads/files/promote/meetings/jds/67jds-07.pdf