ヒドロコルチゾンは分子式C₂₁H₃₀O₅、分子量362.46の副腎皮質ステロイドホルモンです 。生体内では副腎皮質束状帯で産生されるコルチゾールと同一の化学構造を持ち、視床下部-下垂体-副腎皮質系(HPA系)のフィードバック機能により厳密に調節されています 。
参考)https://www.ryumachi-jp.com/medical-staff/disease_drug/fukujinhishitsusteroid/
正常な成人では1日10~20mg(プレドニゾロン換算で2.5~5mg相当)のコルチゾールが生理的に分泌されており、これは生体の恒常性維持に不可欠な量です 。ヒドロコルチゾンは天然型副腎皮質ステロイドとして、合成ステロイドの基本構造となっています 。
参考)https://www.takanohara-ch.or.jp/wordpress/wp-content/uploads/2016/09/di201608.pdf
体内でのヒドロコルチゾンは概日リズムに従って分泌され、朝方に最高値、夜間に最低値を示すパターンを維持しています 。このリズムの維持が生体機能の正常化に重要な役割を果たしているため、治療においても生理的分泌パターンの再現が理想的とされています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5393506/
ステロイドは作用時間によって短時間型、中間型、長時間型に分類され、ヒドロコルチゾンは短時間型に属します 。コートリル(一般名:ヒドロコルチゾン)は血中半減期が約8~12時間と短く、プレドニゾロン、メチルプレドニゾロン(中間型)、ベタメタゾン、デキサメタゾン(長時間型)と比較して作用持続時間が短い特徴があります。
糖質コルチコイド作用と鉱質コルチコイド作用の比率において、ヒドロコルチゾンは1:1の割合を示します 。これに対してプレドニゾロンは4:0.8、デキサメタゾンは25:0となり、ヒドロコルチゾンは電解質代謝への影響が比較的強い薬剤です。このため、長期使用時には体液貯留やむくみといった鉱質コルチコイド作用による副作用に注意が必要です 。
参考)https://kobe-kishida-clinic.com/endocrine/endocrine-medicine/hydrocortisone/
抗炎症力価については、ヒドロコルチゾンを基準値1とした場合、プレドニゾロンは4倍、ベタメタゾンは25倍、デキサメタゾンは25倍の強力な抗炎症作用を示します 。この比較的穏やかな作用強度により、ヒドロコルチゾンは安全性が高く、小児や長期治療にも使用されやすい薬剤となっています。
参考)https://kanri.nkdesk.com/drags/ste.php
ヒドロコルチゾンは細胞膜を通過して細胞質内のグルココルチコイド受容体(GR)に結合します 。この受容体-薬物複合体は核内に移行し、転写因子として機能して炎症関連遺伝子の発現を調節します。具体的にはNF-κBやAP-1といった炎症性転写因子の活性を抑制し、抗炎症性タンパク質の産生を促進します 。
参考)http://www.imed3.med.osaka-u.ac.jp/disease/d-immu09-3.html
アラキドン酸代謝における作用機序として、ヒドロコルチゾンはホスホリパーゼA₂の活性を阻害するリポコルチンの産生を誘導します 。これにより細胞膜リン脂質からのアラキドン酸遊離が抑制され、プロスタグランジンやロイコトリエンの合成が阻害されます。この機序により強力な抗炎症作用が発揮されます 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC430374/
タンパク質合成への依存性も重要な特徴で、ヒドロコルチゾンの抗炎症作用は転写および翻訳過程を必要とします 。アクチノマイシンD(転写阻害剤)やシクロヘキシミド(翻訳阻害剤)により完全に阻害されることから、新たなタンパク質合成を介した作用であることが確認されています。これは作用発現に時間を要する理由の一つでもあります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2043633/
ヒドロコルチゾンの内服薬として最も代表的なのはコートリル錠(10mg錠)で、薬価は7.4円/錠です 。副腎皮質機能不全症に対する補充療法や、各種炎症性・アレルギー性疾患の治療に使用されます 。
参考)https://www.rad-ar.or.jp/siori/search/result?n=13663
使用方法は成人では1日1~12錠(10~120mg)を1~4回に分けて服用し、症状に応じて適宜増減されます 。副腎不全患者では生理的分泌量に相当する20mg/日程度から開始し、ストレス時には増量が必要となります 。小児に対してはコートリル錠を粉砕して調製した散剤が使用され、安定性についても検証が行われています 。
参考)https://www.kamimutsukawa.com/blog2/zensoku/11659/
新しい製剤として、Chronocortという徐放性ヒドロコルチゾン製剤の開発が進められています 。これは生理的コルチゾール分泌リズムの再現を目指した製剤で、先天性副腎皮質過形成などの治療において従来の即放性製剤よりも優れた疾患コントロールが期待されています。
副腎皮質機能低下症の標準的治療では、ヒドロコルチゾンまたはプレドニゾロンから治療を開始します 。ヒドロコルチゾンは天然型であることから、生理的補充療法により適しているとされ、特に小児患者や長期治療を要する症例で選択されることが多くあります。
外用薬として、ヒドロコルチゾンは多様な製剤形態で使用されています。最も代表的なロコイド軟膏0.1%(有効成分:ヒドロコルチゾン酪酸エステル)は、ステロイド外用薬のランク分類でMedium(中等度)に位置づけられ、湿疹・皮膚炎群、痒疹群、乾癬、掌蹠膿疱症などに適応があります 。
参考)https://sokuyaku.jp/column/locoide-ointment-ije.html
テラ・コートリル軟膏は、ヒドロコルチゾン10mg/gとオキシテトラサイクリン塩酸塩30mg/gを配合した抗生物質・ステロイド配合剤です 。薬価は27.2円/gで、細菌感染を伴う皮膚炎や慢性膿皮症、歯周組織炎などに使用されます。Weakランクのステロイド外用薬として分類され、比較的軽症の炎症性皮膚疾患に適用されます 。
参考)https://www.yoshindo.jp/cgi-bin/proddb/data.cgi?id=1005
ヒドロコルチゾン外用薬の作用機序は、皮膚の炎症細胞に対する直接的な抗炎症作用によります 。痛み、赤み、発疹、かゆみなどの症状を改善し、湿疹、かぶれ、虫刺され、あせも、オムツかぶれなど生活上避けられない多くの皮膚トラブルに効果を発揮します。
最新の研究では、ヒドロコルチゾン酢酸エステルとプラモキシン塩酸塩を配合した痔疾患用外用薬の開発 や、口腔内崩壊フィルム製剤の開発 など、新しい製剤技術による改良が続けられています。これらの技術革新により、患者のコンプライアンス向上や治療効果の最適化が期待されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11768698/