慢性疼痛の治療で「痛みの原因を取り除けば治る」と考えていると、患者の7割を見逃すことになります。

慢性一次性疼痛(Chronic Primary Pain)は、2019年にWHOが公表したICD-11において初めて独立した疾患カテゴリとして分類されました。それ以前は「原因不明の疼痛」「心因性疼痛」などと曖昧に扱われていた状態を、正式な疾患として位置づけたのが大きな転換点です。これは医療従事者にとって非常に重要な変化です。
定義の核心は「疼痛そのものが疾患である」という考え方にあります。従来の医学モデルでは、痛みは何らかの組織損傷や疾患の「症状」として捉えられてきました。しかし慢性一次性疼痛では、明確な器質的病変がなくても、または病変と不釣り合いなほど強い痛みが続く状態を、独立した疾患と認めます。つまり「原因がないから痛みがない」ではないということです。
ICD-11では慢性一次性疼痛のコードはMG30.0に分類されます。日本でもICD-11への移行準備が進んでおり、診断書や保険請求における記載方法も今後変わっていく見通しです。早めに概念を整理しておくことが、臨床現場での対応に直結します。
慢性疼痛全体の有病率は日本では人口の約22.5%(約2,800万人)とされており(慢性疼痛診療システム普及・人材養成モデル事業より)、そのうち慢性一次性疼痛が占める割合は小さくありません。規模の大きさを意識することが大切です。
厚生労働省:慢性疼痛診療システム普及・人材養成モデル事業 報告書(慢性疼痛の疫学・定義に関する基礎資料)
診断の基本条件は3つです。①3か月以上持続する痛み、②感情的苦痛(不安・抑うつ・怒りなど)または日常・社会生活への有意な支障、③他の慢性疼痛分類(慢性癌性疼痛、慢性術後痛など)では十分に説明できないこと——これが原則です。
「他の疾患で説明できない」という要件は、除外診断的な要素を含みます。しかし重要なのは、「精神的な問題だから本物の痛みではない」という意味では絶対にないことです。神経科学的には、慢性一次性疼痛では中枢感作(central sensitization)や下行性疼痛抑制系の機能不全が関与しており、生物学的基盤は明確に存在します。これは意外ですね。
他の慢性疼痛との比較を整理すると以下のようになります。
| 分類 | 代表例 | 器質的原因 |
|---|---|---|
| 慢性一次性疼痛 | 線維筋痛症、慢性広範性疼痛、慢性腰背部痛(特発性) | 明確でない/不釣り合い |
| 慢性二次性疼痛 | 変形性関節症、癌性疼痛、術後慢性痛 | 明確に存在する |
慢性一次性疼痛の代表的疾患には、線維筋痛症(fibromyalgia)、慢性広範性疼痛(chronic widespread pain)、複合性局所疼痛症候群(CRPS)タイプI、慢性原発性頭痛などが含まれます。これだけ覚えておけばOKです。
臨床では「器質的所見がないから詐病ではないか」という誤解が生じやすく、それが患者との信頼関係を損ねる原因になります。診断確定後は患者に「これは正式な疾患です」と明確に伝えることが、治療同盟の形成に不可欠です。
Mindsガイドラインライブラリ:慢性疼痛治療ガイドライン(診断基準・分類に関するセクション)
慢性一次性疼痛の病態において最も重要な概念が「中枢感作(central sensitization)」です。末梢からの侵害刺激が繰り返されることで脊髄後角ニューロンの興奮性が亢進し、通常では痛みを生じない刺激でも痛みとして知覚されるようになります。このプロセスはNMDA受容体の活性化とグルタミン酸放出の増加が中心的役割を担います。
下行性疼痛抑制系の機能不全も同時に起きています。正常であれば脳幹(吻側延髄腹内側部、PAGなど)からセロトニン・ノルアドレナリンを介して脊髄への痛み信号を抑制しますが、慢性一次性疼痛ではこの抑制機能が低下します。アクセルが強くなり、ブレーキが効かなくなるイメージです。
神経可塑性の変化も見逃せません。慢性疼痛患者では前頭前皮質や帯状回の灰白質体積が健常者と比較して有意に減少していることが複数のVBM(Voxel-Based Morphometry)研究で示されています。これは痛みの情動的側面と認知的評価に関わる領域であり、だからこそ慢性一次性疼痛に抑うつや不安が高率に併存するわけです。
また、免疫系・内分泌系との相互作用も注目されています。炎症性サイトカイン(IL-6、TNF-αなど)が中枢神経系に作用し疼痛感受性を高める「サイトカイン誘発性疼痛」の機序も、慢性一次性疼痛の維持因子として研究が進んでいます。病態は複雑です。
臨床的に意味があるのは、これらのメカニズムがいずれも「薬物のみで完全に逆転できるわけではない」という事実です。だからこそ多面的アプローチが必要になります。これが条件です。
国際疼痛学会(IASP)および日本ペインクリニック学会の推奨では、慢性一次性疼痛の治療は「集学的疼痛管理(interdisciplinary pain management)」が標準とされています。単一の薬物療法や単一の専門科での対応では不十分とされており、これは現在のエビデンスに基づく原則です。
薬物療法の選択について整理します。
非薬物療法が柱です。認知行動療法(CBT)は慢性疼痛に対する最もエビデンスの高い心理療法で、痛みの破局化思考(pain catastrophizing)の修正に有効です。メタ解析では、CBTにより疼痛強度が平均0.5ポイント(VAS 0〜10スケール)、機能障害が有意に改善するとされています。
運動療法も重要です。有酸素運動(週3回×30分程度のウォーキングや水中歩行)は、内因性オピオイドの放出や炎症性サイトカインの低下を通じて鎮痛効果をもたらします。「痛いから動かない→筋力低下→さらに痛い」という悪循環を断ち切るのが目的です。
患者教育(pain neuroscience education: PNE)も近年注目されています。患者が中枢感作のメカニズムを理解することで、痛みに対する恐怖・回避行動が軽減し、ADL改善につながることが複数のRCTで示されています。これは使えそうです。
慢性一次性疼痛患者の約50〜60%に抑うつ障害または不安障害が併存するとされています。この数字は想像以上に大きいです。しかし臨床現場では「痛みの治療が先」「精神科受診を勧めると患者が怒る」という理由で、精神科・心療内科への紹介が遅れるケースが多く報告されています。
見落としやすいのが「痛み関連恐怖(pain-related fear)」です。痛みを感じると「動くとさらに悪化する」と恐れ、活動を避ける回避行動が定着します。これがキネシオフォビア(kinesophobia)と呼ばれる状態で、タンパ・スケール(TSK-J)などで定量評価が可能です。スコアが高い患者ほど身体機能が低く、治療反応性も低下します。
連携のタイミングとして推奨されるのは。
逆境的小児期体験(ACE)と慢性疼痛の関連は、近年大規模コホート研究で明確に示されています。ACEスコアが4以上の成人は、0の成人と比較して慢性疼痛の有病率が約2.7倍高いというデータがあります。これは独自視点として医療従事者が持つべき知識です。問診票にACEの要素を加えることで、治療計画の精度が上がります。
患者への説明方法も重要です。「精神科を紹介する=気のせいと言っている」と受け取られないよう、「脳と神経系全体を診る専門家と一緒にアプローチしたい」という言い方が推奨されています。言葉の選び方が治療成果を左右します。
患者の疼痛関連恐怖の程度を把握するためにTSK-J(タンパ・スケール日本語版)を活用すると、介入方針の決定に役立ちます。一度チェックしてみることをおすすめします。
日本慢性疼痛学会:慢性疼痛と精神疾患の併存に関するガイダンス(連携フローと評価ツール情報)

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