モノアミン酸化酵素阻害薬(MAOI:Monoamine Oxidase Inhibitor)は、脳内の主要なモノアミン神経伝達物質であるドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリンの分解酵素であるモノアミン酸化酵素(MAO)の働きを阻害する薬剤群です。
MAOには主に2つのサブタイプが存在し、それぞれ異なる基質特異性を持っています。
この酵素の選択性により、MAOI は以下の3つに大別されます。
MAO-Bの阻害はドーパミンの増加をもたらし、パーキンソン病では線条体にMAO-Bが多いことから、MAO-B阻害薬が積極的に用いられています。一方、MAO-A阻害薬は抗うつ薬として機能し、シナプス間隙の神経伝達物質であるモノアミンを増加させます。
MAO-B選択的阻害薬は、パーキンソン病治療において中核的な役割を果たしており、現在世界的に使用されている主要な薬剤は以下の通りです。
セレギリン(Selegiline)
ラサギリン(Rasagiline)
サフィナミド(Safinamide)
これらのMAO-B阻害薬は、L-DOPA療法との併用により相乗効果を発揮し、パーキンソン病患者のモーター症状改善に大きく貢献しています。特に早期パーキンソン病患者を対象とした複数のメタアナリシスにおいて、エビデンスレベルⅠの有効性が確認されています。
MAO-A選択的阻害薬は、主に抗うつ薬として開発されており、従来の抗うつ薬と比較して食事制限が少ないという利点があります。
モクロベミド(Moclobemide)
その他のMAO-A選択的阻害薬
MAO-A阻害薬の作用機序は、セロトニンとノルアドレナリンの分解を阻害することにより、これらの神経伝達物質の濃度を上昇させ、抗うつ効果を発揮します。しかし、日本では現在、MAO-A選択的阻害薬の臨床使用は限定的となっています。
興味深いことに、最近の研究では、MAO-A阻害薬の一部(トラニルシプロミンなど)が、ヒストン脱メチル化酵素LSD1の阻害作用も示すことが判明しており、がん治療への応用も検討されています。
非選択的MAO阻害薬は、MAO-AとMAO-B両方を阻害する薬剤群で、抗うつ薬として長い歴史を持ちますが、副作用の多さから現在の使用頻度は大幅に減少しています。
主要な非選択的MAO阻害薬一覧
ヒドラジン系
非ヒドラジン系
その他の化合物
これらの非選択的MAO阻害薬は、「チーズ反応」と呼ばれる重篤な高血圧クリーゼを引き起こすリスクがあるため、チラミンを含む食品(熟成チーズ、ワイン、発酵食品等)の摂取制限が必要です。このため、現在では選択的阻害薬が主流となっています。
MAO阻害薬の使用において最も重要な課題は、薬物相互作用と食事制限による副作用管理です。特に非選択的MAO阻害薬では、生命に関わる重篤な副作用が報告されています。
主要な副作用と注意事項
食事性相互作用(チーズ反応)
薬物相互作用
MAO-B選択的阻害薬の相対的安全性
セレギリンやラサギリンなどのMAO-B選択的阻害薬は、治療用量では食事制限が不要または軽微であり、安全性プロファイルが大幅に改善されています。ただし、高用量使用時には選択性が失われる可能性があるため、用量管理が重要です。
臨床モニタリング指針
現代の臨床現場では、これらのリスク・ベネフィット評価を慎重に行い、患者個別の状況に応じた最適な薬剤選択が求められています。特に高齢者や多剤併用患者では、より慎重な管理が必要となります。
参考:日本神経学会パーキンソン病診療ガイライン(MAO-B阻害薬に関する詳細なエビデンス情報)
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/pdgl/sinkei_pdgl_2011_04.pdf