高血圧クリーゼとは、血圧が著しく上昇することにより、脳、心臓、腎臓などの重要臓器に障害が起こるか、障害が起こりそうな危険な状態を指します。クリーゼという言葉は、ドイツ語で「危機的な状態に陥っている」ことを意味し、文字通り生命に関わる緊急事態です。
診断基準として、血圧が収縮期血圧で180mmHg以上、または拡張期血圧で120mmHg以上を超える場合が多くみられます。拡張期血圧が120mmHg以上になり、高血圧脳症(頭痛・悪心・嘔吐・けいれん・意識障害)や、心不全・肺水腫・腎不全、眼底出血・乳頭浮腫を伴う状態は特に危険です。
病態生理的には、急激な血圧上昇により血管内皮の機能障害が起こり、血管透過性の亢進、血小板凝集、凝固系の活性化が生じます。これらの変化が重要臓器の微小循環障害を引き起こし、不可逆的な臓器障害に至る可能性があります。そのため、直ちに血圧を下げる必要があり、治療の遅れは致命的な結果を招くことがあります。
高血圧クリーゼの原因は多岐にわたりますが、特に注目すべきは褐色細胞腫による褐色細胞腫クリーゼです。褐色細胞腫は副腎髄質から発生する腫瘍で、カテコールアミンが過剰に分泌されることで高血圧症を引き起こします。
褐色細胞腫クリーゼの誘因として、以下のような要因が挙げられます。
褐色細胞腫以外の原因としては、本態性高血圧の急性増悪、腎実質性高血圧、腎血管性高血圧、妊娠高血圧症候群、薬剤性高血圧などがあります。特に血管新生を抑える抗がん剤(VEGFやVEGFRの阻害剤)の副作用で起こることも知られています。
高血圧クリーゼの症状は多彩で、血圧上昇の程度と標的臓器への影響によって決まります。主な症状として以下が挙げられます。
一般的症状。
褐色細胞腫クリーゼに特徴的な症状。
重篤な合併症として、褐色細胞腫多系統危機(pheochromocytoma multisystem crisis)があり、心臓(99.0%)、肺(44.0%)、腎臓(21.5%)に障害を来し、高体温症、多臓器不全、脳症、不安定血圧が特徴です。
診断においては、血圧測定を正確に行い、念のため再測定することが重要です。また、眼底検査を含めた丁寧な初期評価が重症高血圧と高血圧クリーゼを鑑別するのに役立ちます。褐色細胞腫が疑われる場合は、血中・尿中カテコールアミンと代謝産物の測定、および画像検査による腫瘍の確認が必要です。
高血圧クリーゼの治療は緊急性が高く、適切な降圧療法を迅速に開始することが生命予後を左右します。治療の基本原則は、急激すぎる降圧を避けながら、標的臓器への障害を防ぐために血圧を適切にコントロールすることです。
褐色細胞腫クリーゼの急性期治療。
α遮断薬フェントールアミンの静脈内投与後、点滴静注を継続し、血圧が安定したら選択的α1遮断薬の経口投与を行います。β遮断薬の単独使用は、α受容体の刺激が増強され、かえって血圧が上昇する可能性があるため禁忌です。
一般的な高血圧クリーゼの治療薬。
降圧目標は、最初の1時間で平均血圧を10-20%程度下げ、その後6時間で正常血圧の上限まで下げることが推奨されています。急激な降圧は脳血流や冠血流の低下を招く可能性があるため注意が必要です。
褐色細胞腫クリーゼは特殊な病態であり、一般的な高血圧クリーゼとは異なる管理が必要です。診断が確定した場合、根治的治療として手術による腫瘍摘出が必要ですが、それまでの期間は特別な注意が必要です。
手術前の生活指導。
興味深い病態の特徴として、褐色細胞腫クリーゼでは心拍数が上がりすぎると、心原性ショックを起こし、逆に血圧が正常化することがあります。例えば、心拍数169/分、血圧137/108mmHgという症例も報告されており、血圧が正常範囲でもクリーゼの可能性を否定できません。
腫瘍内出血・破裂への対応。
褐色細胞腫では腫瘍内出血や腫瘍破裂による後腹膜への出血が起こることがあり、この場合は背部痛を伴う高血圧発作が特徴的です。このような合併症は生命に関わるため、迅速な診断と治療が求められます。
長期予後と管理。
褐色細胞腫の約10%は悪性であり、家族性の発生や両側性副腎での発生もそれぞれ約10%見られます。手術による摘出で多くの患者は治癒しますが、悪性例では内分泌性高血圧の中で悪性の割合が最も高いため、全身検索、摘出組織の検索、定期的な経過観察が必要です。
現在日本における褐色細胞腫の患者数は約2,000人で、そのうち約200人が悪性の褐色細胞腫を有すると推定されています。早期診断と適切な治療により、多くの患者で良好な予後が期待できますが、クリーゼを起こした場合の緊急対応が患者の生命予後を左右する重要な要因となります。
医療従事者としては、高血圧クリーゼの症状を正しく認識し、褐色細胞腫クリーゼの可能性も含めて迅速かつ適切な初期対応を行うことが、患者の生命を救う上で極めて重要です。特に救急外来においては、血圧測定の正確性、症状の詳細な聴取、適切な初期治療の選択が求められます。