モノクローナル抗体は、単一の抗体産生細胞に由来するクローンから作製された抗体です。この特性により、単一の抗原決定基(エピトープ)を認識するという重要な特徴を持っています。これは医薬品開発において極めて重要な性質です。
一方、ポリクローナル抗体は複数の異なる抗体産生細胞から作られた抗体の混合物です。自然状態で生体内に誘導される抗体は通常ポリクローナルであり、抗原の複数の部位(抗原決定基)を認識します。
両者の主な違いを以下の表にまとめました。
特性 | モノクローナル抗体 | ポリクローナル抗体 |
---|---|---|
由来 | 単一の抗体産生細胞 | 複数の抗体産生細胞 |
特異性 | 単一のエピトープを認識 | 複数のエピトープを認識 |
均一性 | 高い(均一な分子種) | 低い(混合物) |
生産の再現性 | 高い | 低い(バッチ間で変動) |
製造コスト | 高い | 比較的低い |
医薬品応用 | 広く使用されている | 限定的 |
モノクローナル抗体の均一性と高い特異性は、医薬品として用いる場合に一定の効果を示すという点で非常に重要です。また、単一のエピトープを標的とするため、副作用のリスクを低減できる可能性があります。
近年の研究では、単一のモノクローナル抗体を改変して二重特異性モノクローナル抗体を設計し、2つのエピトープを同時に標的とする手法も開発されています。これにより、より効果的な治療アプローチが可能になっています。
現在、医薬品として承認されているモノクローナル抗体は、その遺伝子の由来に基づいて主に4種類に分類されます。それぞれの種類には独自の特徴と用途があります。
マウス抗体はマウスの抗体産生細胞から作製された抗体です。名称の末尾に「-omab」が付きます。しかし、人体にとっては異物となるため、アレルギー反応や免疫原性の問題があります。また、人体内では反応性が低下する傾向があるため、医薬品としての有効性に制限があります。
マウス抗体の問題点を克服するために開発されたのがキメラ抗体です。名称の末尾に「-ximab」が付きます。遺伝子工学技術を用いて、マウス抗体の可変領域(抗原結合部位)を残し、残りの部分をヒト抗体で置換した構造を持ちます。マウス由来の部分は約30%程度で、免疫原性が低減されています。代表例としてリツキシマブがあります。
キメラ抗体をさらに進化させたものがヒト化抗体で、名称の末尾に「-zumab」が付きます。1998年に英国のWinter医師によって開発されました。相補性決定領域(CDR)のみがマウス由来で、フレームワーク領域(FR)を含む他の部分はすべてヒト抗体に置換されています。マウス由来の部分は約10%と非常に少なく、ヒト免疫グロブリンとして認識されるため、アレルギー反応のリスクが大幅に低減されています。トラスツズマブやベバシズマブがこのタイプに分類されます。
名称の末尾に「-umab」が付き、マウス由来の部分を全く含まないモノクローナル抗体です。人体との親和性が非常に高いのが特徴です。製造方法としては、以下のような方法があります。
代表的な例としては、アダリムマブやゴリムマブなどがあります。
これらの抗体の構造を視覚的に表すと、マウス由来の部分(赤色)とヒト由来の部分(青色)の割合が徐々に変化していきます。
マウス抗体: [赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤]
キメラ抗体: [赤赤赤青青青青青青青]
ヒト化抗体: [赤青青青青青青青青青]
ヒト抗体: [青青青青青青青青青青]
これらの抗体タイプの進化は、医薬品としての有効性と安全性を高めるための重要な進歩となっています。
モノクローナル抗体の製造は複雑なプロセスであり、技術の進歩とともに進化してきました。基本的な製造方法から最新技術まで解説します。
従来の製造方法(ハイブリドーマ法)
モノクローナル抗体の伝統的な製造方法は、1975年にKöhlerとMilsteinによって開発されたハイブリドーマ技術です。この方法の基本的なステップは以下の通りです。
この方法の大きな利点は、不死化されたハイブリドーマ細胞が理論上は無限に増殖でき、同一の抗体を継続的に産生できる点です。しかし、マウス由来の抗体はヒトに投与すると異物と認識され、免疫反応を引き起こす問題がありました。
最新の製造技術
現代では、遺伝子工学の発展により、より安全で効果的なモノクローナル抗体が製造可能になっています。具体的には。
ヒト抗体遺伝子を導入したトランスジェニックマウスが開発され、これらを免疫することでヒト抗体を産生させることが可能になりました。日本では20年以上前に東京薬科大学の冨塚一磨教授が世界で初めて染色体導入ヒト抗体産生マウスを開発しています。
バクテリオファージの表面にヒト抗体の可変領域を発現させ、目的の抗原に結合する抗体を選別する技術です。この方法では動物を使用せずに抗体を取得できるという利点があります。
ヒトのB細胞から直接抗体遺伝子を単離・増幅し、抗体を作製する技術です。この方法により、自然免疫応答で産生された高親和性抗体を取得することが可能になっています。
工業的な抗体生産には、CHO細胞(チャイニーズハムスター卵巣細胞)などの培養細胞に抗体遺伝子を導入し、大型のバイオリアクターで培養する方法が用いられます。この方法により、高純度で大量の抗体を製造することが可能になっています。
近年では単に抗体を作製するだけでなく、その機能を強化する技術も発展しています。
これらの最新技術により、モノクローナル抗体医薬品の効果と安全性は飛躍的に向上しています。
モノクローナル抗体は、その高い特異性と効果から様々な疾患の治療に応用されています。日本で承認されている主なモノクローナル抗体医薬品とその適応症について解説します。
がん治療用モノクローナル抗体
がん治療は、モノクローナル抗体の主要な適応分野の一つです。がん細胞特異的な抗原を標的とし、免疫系を活性化させることでがん細胞を攻撃します。
自己免疫疾患治療用モノクローナル抗体
自己免疫疾患の治療では、免疫システムを調節するモノクローナル抗体が使用されています。
眼科疾患治療用モノクローナル抗体
その他の疾患治療用モノクローナル抗体
COVID-19治療用モノクローナル抗体
パンデミックへの対応として、SARS-CoV-2に対するモノクローナル抗体も開発されています。
モノクローナル抗体医薬品の市場は急速に拡大しており、新たな標的や適応症に対する抗体が継続的に開発されています。臨床現場での使用経験の蓄積とともに、より効果的で安全な治療法の確立が進んでいます。
モノクローナル抗体の作製には様々な動物種が利用されており、それぞれに特性と利点があります。適切な動物種の選択は、目的に合った抗体を効率的に取得するために重要です。
マウス
マウスは伝統的にモノクローナル抗体作製の主要な動物種です。ハイブリドーマ技術が最初に確立された動物であり、作製方法が標準化されているという利点があります。
しかし、以下のような課題も存在します。
ウサギ
ウサギを用いたモノクローナル抗体は、以下のような特徴があります。
これらの特性から、ウサギモノクローナル抗体は以下のような目的に適しています。
ニワトリ
哺乳類とは進化的に離れているニワトリは、以下のような特徴を持ちます。
これらの特性は、以下のような目的に適しています。
ラクダ科動物(ラクダ、アルパカなど)
ラクダ科動物は重鎖のみからなるユニークな抗体(VHH抗体、ナノボディ)を産生します。その特徴は。
これらの特性から、以下のような応用に適しています。
ヒト
ヒト由来のモノクローナル抗体は、治療用途に最適です。
動物種選択の基準
モノクローナル抗体作製のための動物種選択は、以下の要素を考慮して行われます。
モノクローナル抗体の開発において、これらの動物種の特性を理解し、目的に応じた選択をすることが重要です。それぞれの利点を活かしたアプローチにより、より効果的で特異的な抗体の作製が可能となります。
最近では、異なる動物種の長所を組み合わせたハイブリッドアプローチや、完全に動物を使用しないin vitro技術の開発も進んでおり、モノクローナル抗体作製の分野は今後も進化し続けるでしょう。