内服ステロイドは強力な抗炎症・免疫抑制効果を持つ治療薬として、多くの疾患で使用されています。しかし、その有用性と同時に、様々な副作用を引き起こすリスクも伴います。医療従事者としては、これらの副作用を正確に理解し、適切な管理を行うことが重要です。
ステロイドの副作用は、投与量、投与期間、患者の年齢や既存疾患によってその発現パターンが大きく異なります。プレドニゾロン換算で1日5mg以下の少量投与であっても、長期使用により副作用が現れることがあり、その多様性と重篤性から「悪魔の薬」と呼ばれることもあります。
副作用の特徴として、①投与量の増加に伴って線形に頻度が増加するもの(Cushing様変化、皮下出血など)、②一定の閾値を超えると頻度が急激に増加するもの(緑内障など)があり、医療従事者はこれらのパターンを理解した上で患者管理を行う必要があります。
ステロイドによる易感染性は最も注意すべき副作用の一つです。免疫機能の低下により、通常では感染しにくい日和見感染症のリスクが高まり、カンジダやアスペルギルスなどの真菌感染症、ニューモシスチス肺炎、さらには結核やB型肝炎の再活性化も起こりえます。
プレドニゾロン換算で1日20mgを超える投与量では、感染症のリスクが著しく高まりますが、5mg以下の少量投与でも長期間使用する場合は十分な注意が必要です。感染症の予防策として、手洗い・うがい・マスク着用などの基本的な感染対策に加え、人混みを避ける指導が重要です。
特に注意すべき点は、ステロイド使用中は感染症の症状が軽微になりやすく、高熱として現れにくいことです。微熱でも重篤な感染症の可能性があるため、早期の診断と治療介入が必要となります。予防的抗菌薬(ST合剤など)の使用も検討される場合があります。
ステロイドは骨代謝に深刻な影響を与え、骨粗鬆症は最も頻度の高い副作用の一つです。ステロイドは骨吸収を促進すると同時に骨形成を阻害するため、骨密度の急激な低下が生じます。
『ステロイド性骨粗鬆症の管理と治療ガイドライン2014年改訂版』によると、経口ステロイドを3ヵ月以上使用予定の患者には予防的治療が推奨されています。特に65歳以上の患者、プレドニゾロン換算1日7.5mg以上の使用、既存骨折がある場合は、ビスホスホネート製剤などによる薬物療法が必要です。
骨壊死症、特に大腿骨頭無菌性骨壊死は不可逆的な重篤な副作用です。股関節に強い痛みが生じ、歩行困難となることもあります。早期診断にはMRI検査が有効であり、症状によっては外科的治療も必要となるため、定期的な骨密度測定と画像診断が重要です。
ステロイドは肝臓での糖新生を促進し、筋肉での糖取り込みを阻害することで高血糖を引き起こします。これにより、ステロイド糖尿病と呼ばれる糖代謝異常が発症します。既存の糖尿病患者では血糖コントロールが悪化し、糖尿病のない患者でも新規発症のリスクがあります。
血糖管理においては、食事療法が基本となり、甘いものや果物の摂取制限が重要です。糖尿病患者では内分泌内科との連携により、インスリンや経口血糖降下薬の調整が必要となる場合が多く、血糖値の定期的なモニタリングが不可欠です。
脂質異常症も重要な副作用で、ステロイドは血中コレステロールや中性脂肪の値を上昇させます。これにより動脈硬化が進行し、脳梗塞や心筋梗塞などの心血管イベントのリスクが高まります。食事療法と必要に応じた薬物療法による管理が重要です。
ステロイドによる精神症状は軽視されがちですが、患者のQOLに大きな影響を与える重要な副作用です。視床下部-下垂体-副腎軸への影響により、ドーパミン、セロトニン、グルタミン酸などの神経伝達物質のバランスが崩れることが原因とされています。
最も頻度の高い症状は睡眠障害で、不眠や睡眠の質の低下が生じます。その他、多幸感、興奮状態、うつ状態、さらには幻覚や妄想を伴う精神病様症状まで幅広い症状が現れます。若年者や女性に発症しやすい傾向があり、特にSLEなどの膠原病では原疾患自体が精神症状を引き起こすため、鑑別診断が困難な場合もあります。
精神症状への対策として、服用時間を朝に変更することで不眠の改善が期待できます。重篤な精神症状が現れた場合は、抗精神病薬による治療も考慮され、精神科との連携が重要となります。
長期間のステロイド使用により、副腎は萎縮し内因性ステロイド産生能力が低下します。この状態で急激にステロイドを中止すると、副腎不全やステロイド離脱症候群が発症し、生命に関わる重篤な状態となる可能性があります。
離脱症候群の症状には、倦怠感、吐き気、頭痛、下痢、発熱、血圧低下、低血糖、意識障害などがあり、これらは数時間から数日で急速に進行することがあります。また、急激な減量により原疾患の悪化(リバウンド)も起こりえるため、段階的な減量プロトコルの遵守が不可欠です。
患者教育においては、自己判断による服薬中止の危険性を強調し、必ず医師の指示に従って徐々に減量することの重要性を説明する必要があります。また、ストレス時(手術、感染症、外傷など)には追加のステロイド投与が必要となる場合があるため、患者には常にステロイドカードの携帯を指導することが推奨されます。
医療従事者は、これらの副作用を正確に理解し、予防可能なものについては適切な対策を講じ、早期発見・早期対応により患者の安全性を確保することが重要です。定期的なモニタリングと多職種連携により、ステロイドの有用性を最大限に活用しながら、副作用のリスクを最小限に抑える治療戦略が求められています。