ナルサス換算(ヒドロモルフォン徐放の換算)を考えるとき、現場で一番事故が起きやすいのは「何を基準にした等価換算か」を途中で見失うことです。
換算の“基準通貨”を一つに固定すると、説明も監査対応も一気に楽になります。多くの施設資料では、経口モルヒネを基準にして、オキシコドン、ナルサス(ヒドロモルフォン)、タペンタドール等へ換算する枠組みが採用されています。国立がん研究センター中央病院の換算表では、経口モルヒネ60mg/日が経口ヒドロモルフォン(ナルサス相当)12mg/日という対応関係が示されています(=ヒドロモルフォン:モルヒネが概ね1:5)。
ここで重要なのは、換算比は「薬理学的に厳密な等価」ではなく、臨床の安全運用のための“目安”として整備されている点です。実際、同じ資料内でも注意書きとして「常に最小量から開始」や、増量幅の目安(高用量・高齢・全身状態不良では増量幅を小さくする等)が明記されており、換算値そのままの機械的移行を戒めています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC1370617/
つまりナルサス換算は、計算の正確さだけでなく「開始量を控えめにして再評価する」設計思想とセットで理解する必要があります。
実務での手順を、できるだけブレない形に落とすなら次の順が扱いやすいです。
この「基準固定→換算→安全側に調整→再評価」という並びにしておくと、ナルサス換算の計算が多少ややこしくても、運用は破綻しにくくなります。
オピオイド製剤換算表(経口モルヒネ等価、ナルサスを含む)
https://www.ncc.go.jp/jp/ncch/clinic/palliative_care/201901opioid.pdf
ナルサス換算を実際の処方に落とすとき、レスキュー計算表が未整備だと疼痛評価が崩れ、結果として定時量の過不足も見えなくなります。聖隷三方原病院の症状緩和ガイドでは、オピオイドのレスキュー計算表として、定期オピオイド量に対応したレスキュー(mg/回)の目安が提示されています。
特に強調されているのは、「徐放性オピオイドを疼痛悪化時のレスキューとして使用してはならない」という運用ルールです。これはナルサスが徐放製剤である点と直結し、ナルサス換算を理解していても、レスキューにナルサスを使ってしまうと“効きが遅いのに積み上がる”という危険な状況を作り得ます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2823502/
したがって、ナルサス換算で定時薬を設計したら、レスキューは別剤(例:速放性のモルヒネ、オキシコドン、ヒドロモルフォン速放など施設採用に応じる)で設計し、投与間隔も明文化するのが安全です。
実務上のチェックポイントを、短くても監査に耐える形で並べます。
レスキュー計算表のメリットは、単に計算が楽になることではありません。チームで「痛みが残った時の打ち手」を共有できるので、夜間帯や当直帯の判断が均質化し、ナルサス換算の“前提条件”が崩れにくくなります。
オピオイドの等価換算表・レスキュー計算表(ナルサスを含む)
https://www.seirei.or.jp/mikatahara/doc_kanwa/contents1/54.html
ナルサス換算で特に注意が必要な組み合わせが、ナルサス(経口)とナルベイン注(注射)です。聖隷三方原病院の症状緩和ガイドでは「ナルサス⇔ナルベインは経口⇒注射、注射⇒経口の換算比が同じではないと言われています」と明記され、ナルサス→ナルベインは5分の1、逆方向(ナルベイン→ナルサス)は2.5(~4)倍で換算するよう示されています。
この“非対称性”は、換算表を暗記している人ほど落ちやすい落とし穴です。
たとえば「ナルサス12mg ⇒ ナルベイン2.4mg」という関係は分かりやすい一方で、注射から経口へ戻す場面では同じ比で戻せず、「ナルベイン2.4mg ⇒ ナルサス6mg(~10mg)」のように幅を持った換算が提示されています。
つまり、急性期の注射化→安定後の経口復帰、という臨床で頻出の流れの中で、単純な往復計算をすると用量がズレる可能性がある、ということです。
ここでの実務的な対策は、「換算の方向を必ず処方メモに書く」ことに尽きます。
「換算表があるのに幅がある」こと自体が、現場の不確実性(個体差、状態差、薬物動態の違い)を示しています。ナルサス換算は計算業務に見えますが、実際は“不確実性をマネジメントする臨床プロセス”だと捉えると、運用の質が上がります。
ナルサス換算の相談で多いのが、フェンタニル貼付剤からの切替、あるいは貼付剤への移行です。国立がん研究センター中央病院の資料には、オピオイド等換算の目安として、経口モルヒネ60mg/日、経口ヒドロモルフォン12mg/日、フェントステープ2mg(貼付剤)などが同じ枠で並べて提示されています。
このように“同じ表に載る”ことで換算が簡単に見えますが、貼付剤には貼付時刻、吸収立ち上がり、剥離後の残存など、錠剤と異なるタイムラグ要因が入ります。
資料内でも、フェンタニル貼付剤から他のオピオイドへ切り替える際の考え方が具体的に書かれており、疼痛コントロール良好時は「剥離12時間後に経口・座薬・注射を開始」など、時間軸を意識した運用が示されています。
この「時間のずれ」を無視してナルサス換算だけを当てはめると、切替直後の痛み増悪(空白)か、逆に呼吸抑制(重なり)を招くことがあります。
実務での事故予防のコツは、換算値と同じくらい“移行スケジュール”を重視することです。
ナルサス換算を“等価量の数字”として扱うのではなく、“時間軸込みの切替設計”として扱うと、貼付剤絡みのトラブルが減ります。
ナルサス換算の議論は、どうしても「換算比」「早見表」「等価量」に寄りますが、医療安全の観点では“換算後の文章化”が意外に効きます。換算表は便利な一方で、同じ資料の中に注意書き(最小量開始、増量幅、レスキュー間隔、貼付剤の剥離後開始タイミング、突出痛製剤の適応など)が散らばっており、数字だけ抜き出す運用だと危険側に寄ります。
そこで、換算作業の最終成果物を「数字」ではなく「指示文テンプレ」にする、というのが独自視点として現場適合しやすい方法です。
たとえば、次のようなテンプレにすると、チームの誤読が減ります。
この“文章化”は一見遠回りですが、換算比を暗記しているベテランほど、方向の取り違えや時間軸の抜けが起きるため、むしろ再現性が上がります。
ナルサス換算は計算問題ではなく「疼痛評価」「レスキュー設計」「切替スケジュール」「副作用モニタリング」まで含む運用設計なので、最後はチームが同じ理解で動ける形(文章)に落とすのが、現場で最も効く“安全装置”になります。