ポリファーマシーとは「Poly(多くの)」と「Pharmacy(調剤)」を組み合わせた造語で、単に服用する薬剤数が多いことではなく、多剤併用により薬物有害事象のリスク増加や服薬過誤、服薬アドヒアランス低下などの問題を引き起こす状態を指します。厚生労働省の高齢者医薬品適正使用検討会では、ポリファーマシーを「薬物有害事象や服薬アドヒアランスの低下、不要な処方、あるいは必要な薬が処方されないことや過量・重複投与など薬剤のあらゆる不適切な問題」と定義しています。
参考)うみねこ通信 令和3年3月 −青森労災病院−
明確な薬剤数の基準は設けられていませんが、一般的には4~6種類以上の薬剤が併用されている状態を指すことが多く、特に高齢者では6種類以上で薬物有害事象の発生リスクが高まることが報告されています。ただし、治療に6種類以上が必要な場合もあれば、3種類で問題が起きる場合もあるため、本質的には薬剤の中身や患者の状態が重要となります。
参考)https://www.jpma.or.jp/information/industrial_policy/proper_use/lofurc0000003wdk-att/kaiin.pdf
高齢化が進む日本では、複数の疾患を抱える患者が増加しており、多剤服用が常態化しています。ポリファーマシーの最大の問題点は、患者の健康への悪影響とQOLの低下、さらには国民医療費の増大です。薬剤数が増えるほど薬物相互作用や処方・調剤の誤り、飲み忘れ・飲み間違いの発生確率が増加します。
参考)ポリファーマシーとは?原因や問題点を確認!予防・対策をわかり…
オーバードーズとは、医薬品を決められた量を超えて大量に摂取することを指します。特に近年、風邪薬や咳止め薬などの市販薬を本来の効能効果ではなく、精神への作用を目的として過剰摂取する若年層が急増しており、深刻な社会問題となっています。
参考)若者の間で広がるオーバードーズ。服薬の負の側面を学ぶ「ポリフ…
市販薬は薬局やドラッグストアで容易に入手できるため、若者は「市販薬だから安全」という誤った認識を持ちやすく、つらい気持ちを和らげたい、現実逃避したいなどの理由でオーバードーズに至るケースが多く報告されています。2021年の調査では、高校生の約60人に1人(約1.7%)が過去1年以内に市販薬を乱用した経験があるという結果が得られており、「2クラスに1人はいる」という割合です。
参考)つらい気持ち、薬で和らげられるの?|TOKYO YOUTH …
オーバードーズは薬物依存の一形態であり、服用を繰り返すうちに耐性ができて同じ量では満足できなくなり、「やめたくてもやめられない」状態に陥ります。市販薬でも過剰に服用すれば、重篤な意識障害や肝臓・腎臓の障害、呼吸不全を引き起こし、最悪の場合は死に至る危険性があります。
参考)神戸市:オーバードーズ(医薬品の過剰服薬)
ポリファーマシーの発生原因は主に医療システムや処方の問題に起因します。複数の医療機関や診療科を受診することで処方薬全体の把握が困難になり、足し算的な処方が行われることが一因です。また、単一疾患に焦点を当てた診療ガイドラインの遵守や、エビデンスに基づく予防的薬物療法の増加、高齢化と多疾患併存により、多剤処方が常態化しています。
参考)処方カスケードとは?ポリファーマシーとの関係や薬剤師に求めら…
処方カスケードもポリファーマシーの原因の一つです。これは、ある薬剤の副作用を新たな疾患と誤認し、その症状を抑えるために別の薬剤を追加処方することで、薬剤数が増加していく現象です。特徴的なのは、複数医療機関受診による足し算的処方とは異なり、1つの医療機関、1人の医師の処方によっても起こりうることです。
参考)ポリファーマシーの問題点と薬剤師の役割は?残薬問題を解決する…
一方、オーバードーズの背景には、患者の心理的・社会的要因が大きく関与します。学校や家庭での「つらい気持ちを和らげたい、まぎらわしたい」「自分ひとりでなんとかしなくては」という気持ちから生じることが多く、背景にある生きづらさや孤独感が根本的な問題となっています。若年層においては、SNSを通じた情報共有や入手のしやすさも乱用を助長する要因となっています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9762908/
処方薬のオーバードーズでは、薬物依存や処方薬への不適切なアクセスが問題となりますが、市販薬のオーバードーズでは、購入時の年齢確認や販売制限の不備、「市販薬は安全」という誤った認識が発生原因に関連します。
参考)一般用医薬品の乱用(オーバードーズ)について (一般の方へ)…
ポリファーマシーのリスク管理では、薬物有害事象の予防が最優先課題です。高齢者では加齢に伴う生理的変化により、薬物の代謝や排泄が遅延し、薬物の血中濃度が高まりやすくなります。特に肝機能や腎機能が低下している患者では、薬物が体内に長時間とどまるため、副作用のリスクが増大します。
参考)高齢者の薬剤管理を見直す href="https://fujicl.or.jp/polypharmacy-home-medical-care/" target="_blank">https://fujicl.or.jp/polypharmacy-home-medical-care/amp;#8211; 訪問診療によるポリ…
複数の薬剤を併用すると、薬物相互作用により予期せぬ副作用が発生する可能性が高まります。例えば、鎮静作用のある薬剤を複数併用すると、転倒リスクが増加し、高齢者では骨折や入院につながる危険性があります。また、服薬管理の複雑化により、飲み忘れや飲み間違いが増加し、服薬アドヒアランスが低下することも大きな問題です。
オーバードーズのリスク管理では、急性薬物中毒への緊急対応が重要となります。オーバードーズが疑われる場合、速やかに点滴ラインを確保し、全身管理を行いながら、原因薬物の特定と吸収阻害のための処置を実施します。命に危険な量の服毒の疑いがあり、服用後1時間以内の場合は胃洗浄を考慮し、活性炭の投与により薬物の吸収を抑制します。
参考)OD(オーバードーズ)の救急対応~身近に潜む中毒たち②~
長期的なリスク管理としては、薬物依存の予防と治療が必要です。オーバードーズを繰り返し、依存症になった患者は、精神保健の専門家に繋がり適切な医療を受けることが重要です。また、背景にある心理的問題や生きづらさに対するサポートも不可欠であり、スクールカウンセラーや保健室の先生など、信頼できる大人への相談を促すことが推奨されています。
参考)くすりの適正使用協議会
薬剤師はポリファーマシー対策において中心的な役割を担います。厚生労働省の指針では、薬局薬剤師の役割として、服薬情報提供書の活用、かかりつけ薬剤師によるフォローアップ、在宅薬剤管理指導が挙げられています。具体的には、患者の意向や処方見直し案、その理由について医療機関へ情報提供を行い、入院時・退院時に患者情報を共有し、退院後のフォローアップを実施します。
参考)ポリファーマシー解消と薬局薬剤師の役割
在宅薬剤管理指導では、薬物相互作用のチェック、服薬アドヒアランス向上対策、栄養状態の管理と把握などを行い、患者への介入状況を多職種へフィードバックします。薬剤師は「薬の専門家」として、処方内容の薬学的評価を担当し、薬の飲み合わせや重複のチェック、腎機能に応じた用量調整の提案、副作用のモニタリングなどを実施します。
参考)ポリファーマシー解消の実践方法 href="https://fujicl.or.jp/polypharmacy-resolution-methods/" target="_blank">https://fujicl.or.jp/polypharmacy-resolution-methods/amp;#8211; 患者の安全を…
ポリファーマシーの発見には、かかりつけ薬剤師の活用、お薬手帳による服薬情報の一元管理、在宅訪問時の残薬確認と日常生活の変化の把握、条件を設定した該当患者のリストアップなどの方法があります。しかし、内閣府の調査によると、かかりつけ薬剤師を決めている患者は7.6%にとどまり、まだまだカバーしきれないケースが多いのが現状です。
地域連携による多職種協働も重要です。医師・薬剤師・看護師・管理栄養士・理学療法士などが協力し、患者の全体像を把握することで、薬物療法の適正化が図れます。徳島県では「多職種連携シート」を活用して患者情報を共有し、処方の見直しや副作用の早期発見に役立てています。
参考)薬局DXが変えるポリファーマシー対策!地域医療での推進策も解…
薬剤師と登録販売者は、市販薬オーバードーズの予防において「ゲートキーパー」として重要な役割を担います。厚生労働省は、薬剤師・登録販売者に対して、一般用医薬品の乱用を防ぐため、販売時の適切な確認と介入を求めています。
参考)一般用医薬品の乱用(オーバードーズ)について (薬剤師、登録…
具体的な介入方法としては、購入時の聞き取りにより、購入者の年齢、購入頻度、使用目的を確認し、不自然な大量購入や頻回購入には注意を払う必要があります。特に若年層による風邪薬や咳止め薬の大量購入は、オーバードーズの可能性が高いため、販売を控えることも検討すべきです。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6302752/
研究によると、市販薬を1パッケージ服用した場合、致死量に達する製品が8.7%、中毒量に達する製品が21.1%存在することが明らかになっています。デキストロメタファン(咳止め成分)やアセトアミノフェン(解熱鎮痛成分)は、若年層が最も頻繁に乱用する市販薬成分であり、不適切に使用すると重大な健康リスクをもたらします。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11866902/
薬剤師は、オーバードーズの兆候を発見した際、本人を一方的に叱ったり責めたりせず、その背景にある生きづらさや気持ちに寄り添うことが重要です。また、精神保健の専門家や相談窓口への紹介を行い、適切な支援につなげる役割も担います。
薬局やドラッグストアでは、オーバードーズに関する啓発ポスターの掲示、適正使用に関する情報提供、相談しやすい環境づくりなど、予防的アプローチも重要です。薬剤師による早期介入は、若年層の薬物依存の進行を防ぐ上で極めて効果的な手段となります。
参考)くすりの適正使用協議会
厚生労働省「一般用医薬品の乱用(オーバードーズ)について」:オーバードーズの定義と若年層への影響に関する公式情報
厚生労働省「薬剤師・登録販売者の皆さまへ」:医薬品販売時のゲートキーパーとしての役割と具体的対応方法
日本製薬工業協会「ポリファーマシーに関する研修資材」:ポリファーマシーの概念と医療従事者向けの実践的対応方法