手術の抗菌薬で最初に確認すべきは、今考えている抗菌薬が「治療」ではなく「予防(AMP)」なのか、という一点です。AMPは組織を無菌にするためではなく、術中の汚染微生物を“宿主防御でコントロールできる量まで減らす”補助的手段として位置づけられています。
この前提が崩れると、セフェム系アレルギー患者に対して「怖いから広域で長めに」という選択になりがちですが、耐性菌リスクや薬剤有害事象の観点で逆効果になり得ます。実践ガイドラインでも、耐性菌選択を避けるため投与期間は短期が望ましいこと、72時間以上の予防投与は耐性菌による術後感染リスクとなり得ることが示されています。
また、清潔・準清潔手術では閉創後に漫然と抗菌薬を追加しても利益が乏しい、という整理が重要です。施設の慣習で“ドレーンがあるから続ける”になっていないか、プロトコル点検の入口としてここを押さえます。
代替薬を選ぶ時の基本軸は「手術の汚染菌(想定原因菌)」です。ガイドラインでは、原則として手術部位の常在細菌叢に抗菌活性を有する薬剤を選ぶ一方で、“術後感染の原因菌をターゲットにしない”と明記されています。
βラクタム薬アレルギーがある場合の考え方は、想定する菌のカテゴリで分岐させるのが現実的です。実践ガイドラインでは、以下のように整理されています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/18f9c68c612461520b887d71fee2d26c848cdc00
・グラム陽性菌のみをターゲットとする手術:クリンダマイシン(CLDM)またはバンコマイシン(VCM)。
・グラム陽性菌と陰性菌を考慮する手術:CLDMまたはVCMに、アミノグリコシド系薬/フルオロキノロン系薬/アズトレオナム(AZT)を併用。
・グラム陽性菌・陰性菌に加え嫌気性菌を考慮する手術:アミノグリコシド系薬またはニューキノロン薬にメトロニダゾール(MNZ)(下部消化管・婦人科)またはCLDM(口腔・咽頭)を併用。
ここでの落とし穴は「VCM単剤で済ませる」発想です。資料では、VCM単剤はグラム陰性菌をカバーできないこと、MSSAなど薬剤感受性菌に対する予防効果が劣るという報告もあるため、必要なら併用を検討する、という注意が入っています。
実務では、次のように“穴埋め”で考えると迷いが減ります。
・皮膚常在菌主体(整形、心外、脳外など):CLDM/VCMでグラム陽性は埋まるが、MRSAリスクや施設状況でVCMをどう位置づけるかが論点。
・消化管/婦人科:嫌気カバーが必須になりやすく、MNZをどう組み込むかが焦点(CLDMは嫌気もあるが、陰性桿菌は別途必要になりやすい)。
参考:βラクタム薬アレルギー時の代替薬の考え方(総論の分岐と併用の組み方)
http://www.gekakansen.jp/201508_guideline.pdf
代替薬を“何にするか”と同じくらい、“いつ入れるか”がSSI予防の成否を左右します。資料では、皮膚切開時に血中または組織内濃度が殺菌濃度に達するよう、切開の1時間前以内に投与開始する、とされています。
ただし例外があります。バンコマイシンとフルオロキノロン系薬は投与に時間を要するため、切開の2時間前以内に投与開始する必要がある、と明記されています。
ここを守らずに「麻酔導入後にVCMを吊るしたが、切開までに間に合っていない」という事象は、代替薬プロトコルの盲点になりやすいポイントです。特に緊急手術や手術室回転が速い施設では、投与開始のワークフロー(誰が、どのタイミングで指示・実施するか)を固定しないと再現性が落ちます。
長時間手術では術中再投与が必要で、一般に半減期の2倍間隔で再投与する、という原則が示されています。
また、大量出血(短時間に1500mL以上)があれば追加投与を考慮する、という実務的な条件も記載されています。
さらに整形領域などで駆血帯(ターニケット)を使う場合、加圧の5〜10分前に投与を終了する必要がある、という点も見逃せません。
このルールは「投与した」ではなく「投与が終わった」時刻が重要なので、電子カルテ上の投与実績の見方(開始時刻だけ見ていないか)も含めて確認すると安全です。
参考:切開前投与1時間・VCM/キノロンは2時間、ターニケット、再投与・投与期間(SSI対策マニュアル内)
https://www.hosp.kagoshima-u.ac.jp/ict/yobousaku_iryoukanren/SSI.pdf
予防抗菌薬は「術後に炎症が落ち着くまで」ではなく、原則として短期で終える思想です。投与期間について、48時間を超える投与は耐性菌による術後感染リスクとなり得ること、清潔・準清潔手術ではドレーン留置の有無に関係なく閉創後の追加投与をすべきではないという強い推奨が示されています。
また、CRPなどの炎症マーカーは手術侵襲の影響を受けるため、予防抗菌薬中止時期の参考にしない、と明確に書かれています。
これは現場で頻繁に起こる「微熱があるから、CRPが高いから延長」という意思決定を、予防の文脈では切り分けるための重要な一文です。延長するなら、それは“予防”ではなく、感染症としての評価(培養、画像、臨床所見)に基づく“治療”として設計し直す必要があります。
実践ガイドラインでは、術後数時間適切な濃度が維持されれば術後投与は不要とする報告が多いこと、そして多くのRCTやメタ解析で術前1回投与が長期投与に対して非劣性であることが紹介されています。
ただし日本の実臨床では、侵襲度が高い手術などで24〜48時間の勧告が残る背景があり、施設で「どの術式が例外なのか」を一覧化しておくと、セフェム系アレルギー時も同じルールで運用しやすくなります。
独自視点として強調したいのは、「代替薬の選択ミス」よりも「アレルギーラベルの質」が、周術期の抗菌薬最適化を左右する点です。βラクタム薬アレルギーという括りで一律に代替へ寄せると、VCM単剤になって陰性菌の穴が空いたり、併用が増えて腎毒性や投与手技の複雑化(投与前準備・投与時間確保)が増えたりします。
そこで手術前の短時間でできる“現実的な追加確認”として、アレルギー歴を次の2軸で聞き分ける運用が有効です(看護問診票+麻酔科術前外来での確認など)。
・症状の型:蕁麻疹、呼吸苦、血圧低下などの即時型を疑う所見か、発疹だけか、消化器症状だけか。
・時期と確からしさ:何年前か、原因薬は確定か、同系統をその後に使ったことがあるか。
ガイドライン側は「βラクタム薬アレルギーがある場合の代替」を提示していますが、現場側で“本当にβラクタム禁忌レベルか”が曖昧なままだと、適切な第一選択に戻せる患者まで代替に流れます。
特にVCMやキノロンは投与開始時刻を早める必要があり(切開2時間前以内)、手術室の運用が詰まっている施設ほど、ここが守れずに予防効果を落とすリスクが出ます。
もう一つの“意外な盲点”は、抗菌薬そのもの以外の周術期要因がSSIに効く点です。SSI対策資料には、血糖コントロール、禁煙、除毛を避けること、術前シャワー、体温管理などがまとめられており、抗菌薬を代替にした患者ほど「抗菌薬で守れない分、他の対策の取りこぼしがないか」をチームで再確認する価値があります。
薬剤選択だけで勝負せず、手術部位感染の“多層防御”として組み直すと、セフェム系アレルギー患者でもアウトカムを落としにくくなります。