グラム陰性菌の最も特徴的な構造は、その独特な細胞壁組織である 。これらの細菌は、薄いペプチドグリカン層の外側に外膜と呼ばれる脂質二重層を持っており、この外膜がグラム陰性菌を他の細菌と区別する重要な要素となっている 。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%A0%E9%99%B0%E6%80%A7%E8%8F%8C
外膜の外側にはリポ多糖(LPS:Lipopolysaccharide)が存在し、これがグラム陰性菌の病原性と深く関わっている 。リポ多糖は脂質部分であるリピドAと多糖鎖から構成され、細菌の内毒素そのものとして機能する 。この内毒素は発熱、補体やマクロファージの活性化、ショック症状を引き起こし、グラム陰性菌による感染症の重篤化に直結している 。
参考)https://institute.yakult.co.jp/dictionary/word_6698.php
特に注目すべきは、外膜に存在するポリンという微細孔の存在である 。これらの構造は特定の分子の透過を制御し、抗生物質の効果を制限する要因の一つとなっている。また、ペプチドグリカン層と外膜の間には、ペリプラズムと呼ばれる領域が存在し、これも他の細菌にはない独特な構造である 。
グラム陰性菌は形状と生化学的性状により複数のグループに分類される 。まず形状による区分では、桿菌(細長い形)と球菌(球形)に大きく分けられ、医療現場では主にグラム陰性桿菌が問題となることが多い 。
参考)https://www.kango-roo.com/word/11858
腸内細菌科には大腸菌、肺炎桿菌、赤痢菌、チフス菌などが含まれ、これらは消化器系感染症や敗血症の主要な原因菌である 。腸内細菌科以外の腸管病原菌としては、カンピロバクター・ジェジュニやコレラ菌などが重要である 。
ブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌のカテゴリーには緑膿菌やアシネトバクターなどが分類される 。これらの細菌は糖や炭水化物からエネルギーを得るのではなく、タンパク質やペプチドからエネルギーを得る特殊な代謝システムを持っている 。呼吸器関連のグラム陰性菌としては、インフルエンザ菌、レジオネラ・ニューモフィラ、百日咳菌などが挙げられる 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcrsj/58/5/58_221/_article/-char/ja/
グラム陰性球菌では、淋菌、髄膜炎菌、モラクセラ・カタラーリスなどが臨床的に重要である 。これらは感染部位により特徴的な疾患を引き起こし、迅速な診断と治療が求められる。
参考)https://medical.kameda.com/general/medical/assets/26.pdf
グラム陰性菌による感染症は多様な症状を呈するが、共通してエンドトキシンによる全身への影響が特徴的である 。菌血症の場合、無症状から軽度の発熱のみの場合もあるが、頻呼吸、悪寒戦慄、長時間持続する発熱、意識変容、低血圧などの症状が現れると敗血症や敗血症性ショックを示唆する 。
参考)https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/13-%E6%84%9F%E6%9F%93%E6%80%A7%E7%96%BE%E6%82%A3/%E6%84%9F%E6%9F%93%E7%97%87%E3%81%AE%E7%94%9F%E7%89%A9%E5%AD%A6/%E8%8F%8C%E8%A1%80%E7%97%87
消化管症状としては腹痛、悪心、嘔吐、下痢などが現れ、重篤な患者では敗血症性ショックが25-40%の確率で発生する 。特にグラム陰性桿菌による感染では、エンドトキシンショックと呼ばれる特徴的なショック状態が起こりやすい 。
診断においては、グラム染色が基本的かつ重要な検査法である 。グラム陰性菌はアルコールで脱色された後、サフラニンやフクシンなどの赤い色素で対比染色されることで赤色に染まる 。実際の検査では、まず太めで比較的大きな腸内細菌科細菌(大腸菌や肺炎桿菌など)か、細めで相対的に小さなブドウ糖非発酵菌(緑膿菌など)を区別する 。
参考)https://www.pref.kanagawa.jp/sys/eiken/002_kensa/02_microbe/sensyoku.htm
血液培養をはじめとする各種培養検査も重要で、菌血症、敗血症、または敗血症性ショックが疑われる場合は、血液およびその他の適切な検体で培養を行う必要がある 。培養と並行して抗菌薬感受性試験も実施し、適切な治療方針を決定する。
グラム陰性菌の薬剤耐性は複数のメカニズムにより発現し、治療を困難にしている 。主な耐性メカニズムには、菌体内の抗菌薬濃度制限、標的部位の変化、抗菌薬の不活化の3つがある 。
参考)http://www.kankyokansen.org/journal/full/03406/034060282.pdf
菌体内における抗菌薬濃度の低下をもたらす因子として、透過孔の欠損と多剤排出ポンプの高発現が重要である 。外膜により薬剤が浸透しにくく、グラム陽性菌よりも薬剤抵抗性が高いことが知られている 。これは特に糖非発酵グラム陰性細菌において顕著である。
標的部位の変化による耐性では、キノロン系薬の標的酵素であるDNA複製に関わる酵素の突然変異や、リボソームのメチル化によるアミノ配糖体系薬耐性などがある 。抗菌薬の不活化による耐性も重要な問題で、β-ラクタマーゼなどの酵素により抗菌薬が分解される。
治療においては、考えられる感染巣と血流から適切な培養検体を採取した後、抗菌薬を経験的に静脈内投与することが推奨される 。適切なレジメンの抗菌薬で菌血症を早期に治療すれば生存率が改善するとされている。近年では、カルバペネム耐性菌に対して活性を有する新規抗菌薬の承認が進み、セフィデロコル(CFDC)などの新しい治療選択肢が利用可能となっている 。
参考)https://www.shionogi.com/jp/ja/news/2024/04/J_20240419.html
グラム陰性菌の医療現場への影響は、単なる感染症治療にとどまらず、医療システム全体に広範囲な影響を与えている。特に注目すべきは、これらの細菌が持つ独特な生存戦略と、それが現代医療に与える新たな課題である。
近年の研究では、グラム陰性菌が光触媒による殺菌において、グラム陽性細菌よりも高い殺菌効率を示すことが報告されている 。これは外膜構造の違いに起因しており、光触媒反応によって生成された活性酸素種(ROS)が細菌の外膜と細胞膜に作用するが、ペプチドグリカン層には作用せず通過するだけであることが明らかになっている。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/sfj/72/5/72_282/_article/-char/ja/
また、水産・畜産業での抗菌薬利用や不適切な抗菌薬使用により、多剤耐性菌の出現が加速している現状がある 。このため、広域抗菌薬の長期投与は疾患起因菌以外の耐性菌の増加を誘導し、その後の治療が困難となる場合が増加している。
実臨床でのデータとして、スペインでのセフィデロコル早期アクセスプログラムにおいては、治療選択肢が限られた重症成人患者261例において、主要評価項目である臨床的成功率は84.3%、28日目の全死因死亡率は21.5%と良好な臨床効果が示されている 。このようなデータは、適切な治療戦略により、たとえ多剤耐性グラム陰性菌感染症であっても良好な治療成績が期待できることを示している。
造血幹細胞移植領域では、薬剤耐性グラム陰性桿菌が特に問題となっており、感染臓器、原因菌、薬剤感受性を確認し、抗菌薬を適正に使用することで患者の予後を改善させることが重要である 。これらの知見は、グラム陰性菌感染症に対する包括的なアプローチの必要性を示している。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/tct/14/1/14_24-010/_pdf