頭痛がない患者でも、約3人に1人は側頭動脈炎が原因で失明しています。
側頭動脈炎(巨細胞性動脈炎、GCA)は、大型〜中型の動脈に肉芽腫性炎症を起こす血管炎であり、50歳以上の高齢者に特有の疾患です。以前は「側頭動脈炎」の名称が一般的でしたが、側頭動脈に限らず大動脈・頸動脈など全身の大型血管を侵すことが明らかになり、現在は「巨細胞性動脈炎(GCA)」と呼ばれます。難病指定(指定難病41号)の疾患です。
国内の患者数は令和元年度時点で1,269人とされていますが、近年は増加傾向にあります。欧米白人に多くアジア人には少ないとされてきた病気ですが、国内での認知度が上がるにつれ発見数が増えています。つまり、見逃されていた症例が掘り起こされていると考えられます。
症状の全体像を以下に整理します。
| 症状カテゴリ | 主な症状 | 出現頻度の目安 |
|---|---|---|
| 頭部症状 | 側頭部の拍動性頭痛(片側性、夜間増悪)、頭皮の圧痛、側頭動脈の怒張・肥厚 | 約65〜70% |
| 眼症状 | 一過性黒内障、視力低下、視野狭窄、複視、虚血性視神経症 | 約40%以上に視力障害、失明は10〜20% |
| 顎・口腔 | 顎跛行(咀嚼時の顎の痛み・だるさ)、舌梗塞(まれ) | 30〜50%(慶應KOMPASでは約50%とも) |
| 全身症状 | 発熱(微熱が多い、約15%に39℃超の高熱)、倦怠感、食欲低下、体重減少 | 約40%以上 |
| 大血管症状 | 上肢跛行、大動脈瘤、大動脈解離 | 約50%に大動脈病変(画像上) |
| PMR合併症状 | 肩・殿部周囲の朝のこわばり・疼痛、起立困難 | 約30〜50% |
| 神経症状 | 一過性脳虚血発作(TIA)、脳梗塞、難聴、めまい | 比較的まれ |
重要なポイントがあります。頭痛がない症例が約3分の1存在するという事実です。本邦の初発症状として、頭部疼痛が71%、発熱などの全身症状が41%、視力障害が31%(リウマチ・UMINデータ)と報告されています。「高齢者の頭痛=側頭動脈炎」という発想だけに頼ると、頭痛のない症例を見逃すリスクが生じます。頭痛がなくても診断を念頭に置くことが基本です。
また、大動脈主体型GCAでは、側頭部症状のある症例と比べ頭痛は14%と低く(側頭部症状ありの場合57%)、初発時に上肢跛行が51%に認められるという報告があります(Brack A. et al., Arthritis Rheum. 1999)。これはかなり意外ですね。
参考:日本リウマチ学会・膠原病リウマチ内科 巨細胞性動脈炎(旧称:側頭動脈炎)
順天堂大学病院 膠原病・リウマチ内科:巨細胞性動脈炎(旧称:側頭動脈炎)
医療従事者が側頭動脈炎を疑うべき「鍵となる症状」は、頭痛よりも顎跛行と複視です。これが原則です。
JAMA 2002年のSmetana & Shmerlingらのメタ解析によると、側頭動脈炎の診断における症状別の陽性尤度比(LR+)は以下のとおりです。
| 症状・所見 | 陽性尤度比(LR+) | 感度 |
|---|---|---|
| ⭐ 顎跛行(咀嚼時の顎の痛み・疲れ) | 4.2(2020年レビューでは4.90) | 34% |
| ⭐ 複視 | 3.4 | 9% |
| ⭐ 四肢跛行 | 6.01(2020年レビュー) | — |
| 側頭動脈の数珠状変化・拡張 | 4.0以上(触診) | — |
| 側頭動脈の圧痛 | 2.6(意外と低い) | — |
| 新たな頭痛 | LR+ 2未満 | 高い |
顎跛行とは「食事中に顎が疲れる、噛んでいると顎が痛くなって休まなければならない」という症状です。これは外上顎動脈の虚血によるもので、顎関節症とは異なります。顎関節症では咀嚼直後から痛みが始まるのに対し、顎跛行は短時間の咀嚼後にのみ生じる点が鑑別のポイントになります。
「側頭部痛があるから側頭動脈炎を疑う」という思考は一見正しいようで、実は尤度比が低い判断です。意外ですね。一方、顎跛行はLR+ 4以上と診断的価値が高く、この症状を問診で拾えるかどうかが早期診断の鍵になります。
眼症状については特に注意が必要です。一過性黒内障(目の前が一時的に真っ暗になる)を認めた場合、放置すると不可逆的な永続性失明に急速につながるリスクがあります。視力障害は一度固定すると元に戻せません。「また戻ってきた」という一過性症状だからこそ、見逃しが生命予後・QOLに直結します。
参考:側頭動脈炎の診断的特性に関するエビデンス整理(リウマチ.UMIN)
リウマチ学UMIN:巨細胞性動脈炎(GCA)/側頭動脈炎 疾患解説
側頭動脈炎の診療で特に見落としやすいのが、リウマチ性多発筋痛症(PMR)との合併です。両疾患の関係を整理しておくことが重要です。
- 巨細胞性動脈炎(GCA)患者の約30〜50%にPMRが合併する
- 逆にPMR患者の約10〜20%にGCAが合併する
- PMRに対してステロイド小量(10〜15mg/日)で治療中に、GCAが潜在している可能性がある
つまり「PMR患者を診ているとき」こそ、GCA(側頭動脈炎)への目配りが必要です。
PMRの典型症状は、朝のこわばりが1時間以上続く肩・殿部・首周囲の両側性疼痛です。高齢者で「肩が痛くて手が上がらない」「朝起きるのがつらい」という訴えをしばしば経歴するリウマチ膠原病領域のスクリーニングで有用になります。この段階でGCA合併症状が見逃されると、失明リスクが高まります。
問診で意識すべきポイントをまとめます。
| 確認事項 | なぜ重要か |
|---|---|
| 「最近、噛んでいると顎が疲れますか?」 | 顎跛行を拾う(LR+ 4.9) |
| 「一時的に目の前が真っ暗になったことは?」 | 一過性黒内障のスクリーニング |
| 「髪を梳かすと頭皮が痛いですか?」 | 頭皮圧痛を確認 |
| 「夜中に肩や首のこわばりで目が覚めますか?」 | PMR合併の確認 |
| 「腕を上げると痛みや疲れが出ますか?」 | 上肢跛行(大血管型GCA)のスクリーニング |
PMR患者にこれらの項目を定期的に確認することが条件です。GCA合併が疑われた段階で即座にステロイドの増量と専門医紹介を検討します。
参考:日本循環器学会 血管炎症候群の診療ガイドライン(2017年改訂版)
日本循環器学会:血管炎症候群の診療ガイドライン2017年改訂版(PDF)
側頭動脈炎(GCA)の診断では、1990年ACR分類基準が広く使われてきましたが、2022年にACR/EULARによる新分類基準が策定されています。両者を理解しておくことが診断精度を高めます。
1990年ACR分類基準(5項目中3項目以上で該当)
1. 発症年齢が50歳以上
2. 新たに起こった頭痛(新たな様相の頭部限局性疼痛)
3. 側頭動脈の圧痛、または動脈硬化とは無関係の拍動の低下
4. 赤沈が50mm/時以上(Westergren法)
5. 動脈生検で単核球浸潤または肉芽腫性炎症(多核巨細胞を伴う)
この基準の感度は93.5%、特異度は91.2%とされますが、実地臨床では高齢者全般でこの基準を満たしうるケースも存在するため注意が必要です。
血液検査所見のポイント
CRP陽性・赤沈亢進は70%以上に認められ、活動性評価に有用です。ただし、赤沈だけで経過を追うことは推奨されません。単クローン性免疫グロブリン血症など他の原因でも赤沈は上昇するからです。CRPの方がより直接的な炎症指標として役立ちます。血清IL-6も活動性評価に有用とされています。その他、血小板増加・ALP上昇・アルブミン低下・肝酵素軽度上昇(25〜35%)も参考所見になります。
側頭動脈生検
診断のゴールドスタンダードです。重要な注意点として、炎症病変が分節状(skip-lesion)に分布するため、2cm以上(望ましくは最大5cm)の組織採取が推奨されます。2cm未満だと陽性所見を見落とすリスクがあります。
また、ステロイド開始後も14〜28日以内であれば陽性所見が得られるという報告があります。つまり、生検を待つために治療を遅らせる必要はありません。視力障害など緊急性がある場合は治療を優先し、2週間以内に生検を行う手順が原則です。
超音波検査(エコー)
側頭動脈のカラードプラ超音波でのハロー所見(血管壁炎症・浮腫)は感度69%・特異度82%(米国メタ解析)とされ、生検の代替になりうる場面があります。ただし、ステロイド開始後は感度が低下するため治療開始前または5日以内に施行することが条件です。超音波検査の精度は実施者の技能・機器に大きく依存します。
PET-CT
大動脈主体型GCAの診断に有用で、2018年の診療報酬改定でGCA・高安動脈炎に限り保険適用となっています。これは使えそうです。
参考:慶應義塾大学病院KOMPAS 巨細胞性動脈炎
慶應義塾大学病院 KOMPAS:巨細胞性動脈炎(giant cell arteritis: GCA)
側頭動脈炎の治療において最も重要な原則は、「疑ったらすぐにステロイドを開始する」ことです。視力障害は不可逆性であり、ステロイド治療を開始するスピードが「失明するかどうか」を左右します。
ステロイドの標準的な使い方
通常の場合、プレドニゾロン(PSL)換算で30〜60mg/日を経口投与で開始します。眼症状や神経症状がある場合はメチルプレドニゾロン500〜1000mgの3〜5日間静注(ステロイドパルス)を行い、その後経口高用量ステロイドに切り替えます。
症状が改善すれば、概ね以下のように減量していきます。
長期のステロイド使用は骨粗鬆症・感染症・代謝異常など多くの副作用リスクを伴います。コルチコステロイドを使用する患者の半数以上で薬剤関連合併症が起こると報告されています。厳しいところですね。
トシリズマブの役割
2021年のACR/VFガイドラインでは、初期治療段階からの高用量ステロイド+トシリズマブの併用が推奨されています(GiACTA試験、N Engl J Med 2017)。トシリズマブ(アクテムラ® 162mg/週、皮下注)はIL-6受容体阻害薬で、ステロイドの総投与量を有意に減少させ、再燃率も低下させることが示されています。
日本では2017年に皮下注製剤が側頭動脈炎(GCA)に対して保険収載されています。ステロイドの長期大量投与を避けたい場合に、トシリズマブを早期から組み合わせることがスタンダードになりつつあります。
なお、TNF阻害薬(インフリキシマブ・エタネルセプト・アダリムマブ)はRCTで有効性が否定されており、GCAには使用しません。ここだけは例外です。
低用量アスピリンの位置づけ
脳梗塞・虚血イベントのリスクが高い患者(椎骨動脈・頸動脈病変など)では、低用量アスピリン(81〜100mg/日)の追加が推奨されます。全例ではなく、虚血リスクを評価した上での使用が原則です。
大動脈合併症の経過観察
GCA患者では診断後3〜5年以上経過して大動脈瘤が発見されることがあります。健常者と比べ、胸部大動脈瘤の頻度は17倍、腹部大動脈瘤は2.5倍と報告されています。これは重大なリスクです。症状がなくても定期的な画像検査(CT、MRA、超音波、PET-CTなど)による長期モニタリングが必要です。
参考:難病情報センター 巨細胞性動脈炎(指定難病41)
難病情報センター:巨細胞性動脈炎(指定難病41)