グリシンは非必須アミノ酸の一種でありながら、体内での合成量だけでは不十分な場合が多く、特に睡眠の質改善において注目されています。グリシンが睡眠をサポートする主要なメカニズムは体温調節への関与にあり、血管を拡張させることで表面体温の上昇を促し、体内の熱を放出して深部体温を下げる作用があります。質の良い睡眠に入るためには体の中心部の体温が下がることが重要であり、グリシンはこの自然な生理プロセスをサポートします。
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臨床試験では、睡眠不足の被験者が就寝前にグリシンを摂取すると、翌朝の疲労感や眠気が軽減され、パソコンを使った作業効率が向上することが確認されています。さらに、グリシン摂取により質の良い眠りの証拠であるノンレム睡眠の時間が増加し、特に深い睡眠状態である徐波睡眠により早く到達することが分かっています。グリシンは入眠時間の短縮だけでなく、睡眠中の覚醒回数を減らし、熟眠感を増加させる効果も報告されています。
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神経伝達物質としてのグリシンの作用も睡眠に寄与しており、抑制性神経伝達物質として脳の興奮を抑えることでリラックス効果をもたらし、スムーズな入眠を助けると考えられています。NMDA受容体への作用が睡眠覚醒サイクルに影響を与える可能性も示唆されており、複数のメカニズムを通じて睡眠の質を総合的に改善します。
参考)グリシン受容体 - 脳科学辞典
一般的な推奨摂取量は、睡眠改善を目的とした場合、就寝30分~1時間前に3,000mg程度とされています。味の素株式会社の臨床研究では、グリシン3,000mgを摂取することで睡眠の質の向上、起床時の爽快感、日中の眠気の改善が確認されています。
グリシンは生体内の主要な抗酸化物質であるグルタチオン(GSH)の合成において重要な役割を果たします。グルタチオンはグリシン、システイン、グルタミン酸の3つのアミノ酸から構成される三ペプチドであり、活性酸素を消去する体内の主要な水溶性抗酸化物質です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5350494/
組織内のグリシン濃度は、グルタチオン合成酵素のミカエリス定数(Km)よりも低いことが多く、グリシンの利用可能性がグルタチオン合成の律速段階となっています。つまり、グリシンが不足すると、システインが十分にあってもグルタチオンの合成が制限されてしまうのです。このため、グリシンの補給はグルタチオンレベルを効果的に上昇させる戦略として注目されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5855430/
動物実験では、グリシン補給により肝臓、小腸(空腸)、筋肉(大腿筋)などの組織でグルタチオン濃度が有意に増加し、グルタチオン合成酵素の活性も上昇することが確認されています。同時に、酸化ストレスの指標である脂質過酸化物(TBARS)濃度が血漿や組織で減少することも示されており、グリシンの抗酸化保護効果が実証されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10873787/
インスリン抵抗性モデルラットを用いた研究では、グリシン補給がグルタチオン生合成を促進し、酸化ストレスを軽減することで、インスリンシグナル伝達経路を改善し、インスリン感受性を向上させることが報告されています。これは、酸化ストレスと代謝症候群の関連性において、グリシンが治療的介入として有用である可能性を示唆しています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5841105/
グルタチオンは老化や生活習慣病の原因となる活性酸素を抑制する抗酸化作用を持つため、グリシンの補給は単なる睡眠改善にとどまらず、広範な健康維持効果が期待されます。
グリシンは脳幹や脊髄に多く存在し、中枢神経系において抑制系の神経伝達物質として重要な機能を担っています。特に脳幹と脊髄で主に作用する点が、中枢神経全体で広く機能するγ-アミノ酪酸(GABA)とは異なる特徴です。
グリシン受容体は塩化物イオン(Cl⁻)チャネルであり、グリシンが受容体に結合すると塩化物イオンの細胞内流入が促進され、神経細胞の膜電位が過分極(より負の電位)となります。この過分極により神経細胞の興奮性が抑制され、神経伝達が抑制されます。植物毒ストリキニーネがグリシン受容体を特異的に遮断すると強力な痙攣が引き起こされることから、グリシンによる抑制機能の重要性が理解されます。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/130/6/130_6_458/_pdf
グリシントランスポーター(GlyT)は、シナプス間隙のグリシン濃度を調節する重要なタンパク質です。GlyT1はグリア細胞に発現して細胞外グリシン濃度を調節し、GlyT2はグリシン神経終末に発現して遊離されたグリシンのクリアランスに機能します。神経因性疼痛の治療において、グリシントランスポーター阻害薬がシナプス間隙にグリシンを貯留させることで、脊髄神経の過分極を促進し、痛み伝達を抑制する効果が研究されています。
グリシンはNMDA受容体の共作働因子としても機能し、グルタミン酸による興奮性神経伝達を調節する役割も持っています。この二重の作用により、グリシンは中枢神経系の興奮と抑制のバランスを維持する上で重要な位置を占めています。
抑制性神経伝達物質としてのグリシンの作用は、睡眠だけでなく、運動制御、疼痛調節、呼吸調節などの基本的な生理機能にも関与しており、医療従事者として理解しておくべき基礎的な神経生理学の知識です。
グリシンには顕著な抗炎症作用があり、様々な細胞タイプにおいて炎症性サイトカインの産生を抑制することが報告されています。グリシンは特定の細胞に発現するグリシン作動性塩化物イオンチャネルを活性化することで、クッパー細胞、マクロファージ、リンパ球、血小板、心筋細胞、内皮細胞などに対して抗炎症作用、免疫調節作用、細胞保護作用を発揮します。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10379184/
通常の栄養状態にある個体の血漿グリシン濃度は約200μMであり、これはグリシン作動性塩化物イオンチャネルの活性化に必要なミカエリス定数(Km)付近の値です。つまり、グリシンを補給して血漿濃度を数倍に増加させることで、これらのチャネルをより効果的に活性化し、抗炎症効果を高めることができると考えられています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4195924/
グリシンの抗炎症作用のメカニズムとして、核内因子κB(NF-κB)シグナル経路の調節が重要です。NF-κBは炎症性サイトカインの発現を制御する主要な転写因子であり、グリシンがこの経路を抑制することで、炎症性サイトカインの産生が減少します。
インスリン抵抗性との関連では、グリシンとN-アセチルシステイン(NAC)を組み合わせた補給(GlyNAC)が、2型糖尿病患者においてミトコンドリア機能を改善し、インスリン抵抗性を低下させることが報告されています。これは、グリシンによるグルタチオン合成促進と酸化ストレス軽減が、インスリンシグナル伝達経路の改善に寄与することを示しています。
参考)301 Moved Permanently
動物実験では、ショ糖誘発性インスリン抵抗性モデルにおいて、グリシン補給がグルタチオン生合成を増加させ、酸化ストレスを軽減し、肝臓でのインスリンシグナル伝達を改善することが確認されています。これらの知見から、グリシンは代謝症候群やインスリン抵抗性の予防・改善において補助的な役割を果たす可能性があります。
参考)301 Moved Permanently
ただし、一部の研究では肥満モデルにおけるグリシン補給が肝臓での糖新生を亢進し、耐糖能を悪化させる可能性も報告されており、臨床応用には慎重な評価が必要です。グリシンの代謝改善効果は、投与量、投与期間、患者の代謝状態によって異なる可能性があり、今後のさらなる臨床研究が期待されます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10885928/
グリシンはコラーゲンを構成する主要なアミノ酸であり、コラーゲン分子の約3分の1(33%)をグリシンが占めています。コラーゲンは皮膚、関節、骨、血管などの結合組織の主要な構造タンパク質であり、組織の強度と弾力性を維持する上で不可欠です。
参考)コラーゲンが多い食品とサプリメントでの摂取について
コラーゲンの特徴的な三重らせん構造は、グリシン-X-Yという繰り返し配列によって形成されており、Xの位置にはプロリン、Yの位置にはヒドロキシプロリンが多く配置されます。グリシンは最も小さいアミノ酸であり、側鎖が水素原子1つだけという単純な構造のため、コラーゲンの密に巻かれた三重らせん構造の中心に位置することができます。
参考)https://www.yuki-gosei.co.jp/glycine/page_6/
皮膚の真皮層にはコラーゲン線維が豊富に存在し、肌のハリと弾力性を保つ役割を果たしています。グリシンの十分な供給はコラーゲン合成を支援し、結果として美肌効果につながると考えられています。加齢とともにコラーゲンの合成能力が低下し、皮膚の弾力性が失われることから、グリシンを含むコラーゲンペプチドの補給が注目されています。
参考)https://www.suplinx.com/shop/e/eglycine_srv_kon/
成人女性が1日の食事から摂取しているコラーゲン量は約1.9g程度と報告されており、必要量を満たすためには意識的な摂取が推奨されます。コラーゲンが多く含まれる食品としては、豚ゼラチン、鶏の皮、魚の皮、軟骨などがあり、これらを摂取することでグリシンを含むコラーゲン構成アミノ酸を効率的に補給できます。
グリシンは美肌を保つだけでなく、コラーゲンが存在する関節にも重要な働きをしており、関節の柔軟性と健康維持にも寄与します。また、グリシンの抗酸化作用により、皮膚の老化の原因となる活性酸素を抑制する効果も期待されており、総合的なアンチエイジング効果が注目されています。
参考)老化の症状改善にコラーゲンに含まれるグリシンが効果を
医療従事者の観点からは、皮膚炎、湿疹、口内炎の改善に使用される医薬品の材料としてもグリシンが活用されており、その多面的な生理作用が臨床応用されています。
グリシンは非必須アミノ酸であり、通常の食事でも摂取される天然成分のため、一般的には安全性が高いとされています。しかし、医療従事者として患者指導を行う際には、いくつかの注意点を理解しておく必要があります。
参考)グリシンは体に悪いは嘘?副作用と正しい飲み方を徹底解説 href="https://www.shinagawa-mental.com/othercolumn/62227/" target="_blank">https://www.shinagawa-mental.com/othercolumn/62227/amp;#…
通常の推奨用量(3,000mg程度)でのグリシン摂取において、重篤な副作用の報告は少ないものの、過剰摂取や個人の体質により軽度の消化器症状(胃の不快感、軽度の下痢など)が生じる可能性があります。また、食品添加物として使用されるグリシンの場合、添加量が多くなるとアミノカルボニル反応(メイラード反応)により褐変物質が生成されやすく、食品が褐変しやすい・焦げやすいというデメリットが生じます。
参考)http://hamadafs.co.jp/smarts/index/89/
腎機能障害のある患者では、アミノ酸代謝産物の蓄積リスクがあるため、グリシンサプリメントの使用には慎重な判断が必要です。透析を必要とするような重篤な腎障害のある患者では、アミノ酸系の薬剤が蓄積により意識障害、精神症状、痙攣、ミオクローヌスなどを引き起こす可能性があるため、特に注意が必要です。
参考)医薬品・医療機器等安全性情報 No.230
糖尿病患者におけるグリシン補給については、インスリン感受性を改善する効果が報告されている一方で、一部の研究では肥満状態において肝臓での糖新生を亢進させ、耐糖能を悪化させる可能性も指摘されています。したがって、糖尿病患者や血糖コントロールが必要な患者では、血糖値のモニタリングを行いながら慎重に使用することが推奨されます。
参考)https://www.mdpi.com/2072-6643/15/1/96/pdf?version=1671884558
妊娠中・授乳中の女性におけるグリシンサプリメントの安全性については、十分な臨床データが不足しているため、使用前に医師に相談することが望ましいとされています。また、他の医薬品との相互作用については、グリシンが神経伝達物質として作用することから、中枢神経系に作用する薬剤(抗不安薬、睡眠薬、抗てんかん薬など)との併用時には、相加的な中枢抑制作用に注意が必要です。
医療従事者としては、患者がサプリメントとしてグリシンを使用する際、適切な用量を守ること、既往歴や併用薬を確認すること、効果や副作用について定期的に評価することが重要です。特に、医薬品との併用や基礎疾患がある場合には、医師や薬剤師に相談するよう患者指導を行うべきです。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/medical_interview/IF00005201.pdf
グリシンは医薬品ではなく食品成分またはサプリメントとして扱われることが多いため、患者が自己判断で使用を開始することがあります。医療従事者はエビデンスに基づいた適切な情報提供を行い、安全で効果的な使用をサポートする役割を担います。
<参考リンク>
厚生労働省のアミノ酸に関する栄養情報
https://www.ajinomoto.co.jp/amino/life/kenkou.html
味の素株式会社によるグリシンと睡眠に関する研究
グリシンに注目!アミノ酸と質の良い睡眠の関係
脳科学辞典によるグリシン受容体の詳細
グリシン受容体 - 脳科学辞典
国立健康・栄養研究所の食品成分情報
https://himitsu.wakasa.jp/contents/glycine/
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