デキストロメトルファンは延髄に存在する咳中枢に直接作用することで、咳反射の閾値を上昇させる中枢性鎮咳薬です。気道内に細菌やウイルス、ホコリなどの異物が付着すると、その刺激が咳中枢に伝えられ咳が起こりますが、デキストロメトルファンはこの咳中枢を抑制することで咳を止めます。
作用機序としては、非競合的NMDA受容体拮抗作用に加えて、中枢のセロトニン濃度を上昇させる働きも持っています。この二重の作用により、特定の病気を根本から改善するのではなく、咳という症状そのものを抑制する対症療法として機能します。
注目すべき点として、デキストロメトルファンは右旋性の化合物であり、その左旋体であるレボメトルファンが鎮痛や呼吸抑制作用を有し麻薬性であるのに対し、右旋性の本剤は非麻薬性で鎮咳作用のみがコデインと同程度に強力という特徴があります。また、気道分泌抑制や気管支筋収縮作用はコデインより弱く、痰を伴う咳にも使用できる利点があります。
デキストロメトルファンは非麻薬性中枢性鎮咳薬の代表的な薬剤として、麻薬性鎮咳薬であるコデインと比較して重要な特徴を持っています。
鎮咳効果の同等性
二重盲検比較試験において、デキストロメトルファンの鎮咳作用はコデインと同等であることが確認されています。つまり、効果の強さとしては麻薬性鎮咳薬に匹敵する力を持ちながら、以下のような優れた安全性プロファイルを示します。
副作用プロファイルの違い
| 項目 | デキストロメトルファン | コデイン |
|---|---|---|
| 依存性 | なし | あり(長期投与で懸念) |
| 便秘 | 少ない | 起こりやすい |
| 呼吸抑制 | 少ない | 注意が必要 |
| 眠気 | あり | より強い |
コデインは体内で一部がモルヒネに代謝されるため、長期投与による依存性が懸念されますが、デキストロメトルファンにはこの問題がありません。また、便秘や呼吸抑制などの副作用もコデインより弱く、痰を伴う咳にも適しているため、臨床現場での使いやすさが際立っています。
デキストロメトルファンは比較的安全性の高い薬剤ですが、医療従事者として把握しておくべき副作用があります。
主な副作用(発現頻度0.1〜5%)
重大な副作用(稀だが注意が必要)
特に重要な注意事項
眠気を催すことがあるため、本剤投与中の患者には自動車の運転等危険を伴う機械の操作に従事させないよう注意する必要があります。この点は意外に知られていないため、服薬指導時に必ず伝えるべき情報です。
また、高齢者では生理機能が低下しているため減量するなど注意が必要で、妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与します。
デキストロメトルファンは主に肝代謝酵素CYP2D6で代謝されるため、薬物相互作用に注意が必要です。
併用禁忌(併用しないこと)
併用注意(併用に注意すること)
これらの相互作用は医療従事者が処方時に必ず確認すべき重要なポイントです。特にセロトニン症候群は重篤な副作用であり、興奮・不安、発熱・発汗、筋肉のこわばりやふるえなどの症状に注意が必要です。
デキストロメトルファンの体内動態を理解することは、適切な投与計画と副作用回避のために重要です。
代謝経路の特徴
デキストロメトルファンは主に肝代謝酵素CYP2D6で代謝され、主代謝物はデキストルファンです。健康成人にデキストロメトルファン臭化水素酸塩60mgを単回経口投与したとき、服用後2.1〜2.6時間で最高血中濃度に達し、半減期は3.2〜3.6時間程度です。
CYP2D6遺伝子多型の影響
CYP2D6は遺伝子多型が存在する代謝酵素であり、日本人を含むアジア人では約1〜2%がPoor Metabolizer(PM:代謝活性が低い)として知られています。PM患者では薬物の血中濃度が上昇しやすく、副作用のリスクが高まる可能性があります。
臨床的意義
CYP2D6阻害薬との併用時や、CYP2D6のPM患者では、デキストロメトルファンの血中濃度が予想以上に上昇する可能性があります。このため、眠気やめまいなどの副作用が強く現れた場合は、減量や休薬を検討する必要があります。また、効果が不十分な場合でも、単純な増量ではなく、代謝状態や併用薬を確認することが重要です。
この代謝特性を理解することで、個々の患者に応じたより安全で効果的な薬物療法を提供できます。
デキストロメトルファンは様々な呼吸器疾患に伴う咳嗽に対して幅広く使用されています。
適応となる疾患
標準的な用法用量
デキストロメトルファン臭化水素酸塩水和物として、通常成人は1回15〜30mgを1日1〜4回経口投与します。年齢や症状により適宜増減が可能です。
剤形の選択
患者の状態に合わせて、錠剤(メジコン錠15mg)、散剤(メジコン散10%)、液剤(シロップ)から選択できます。嚥下困難な患者や小児には散剤やシロップが適しています。
投与のタイミング
効果は服用後30分〜1時間程度で現れ、約4〜6時間持続するため、1日3〜4回の分割投与が一般的です。就寝前の投与は夜間の咳による不眠を改善するのに有効です。
治療期間の考え方
デキストロメトルファンは対症療法薬であるため、原因疾患に対する治療を並行して行うことが基本です。急性咳嗽では数日から2週間程度、感染後咳嗽では最大8週間程度の投与が目安となりますが、慢性咳嗽の原因疾患が特定できない場合は、専門医への紹介を考慮すべきです。
参考となる添付文書情報
デキストロメトルファン臭化水素酸塩錠15mg「NP」 | くすりのしおり
デキストロメトルファンの処方を検討する際の詳細な情報として、くすりのしおりには患者向けの分かりやすい説明が掲載されています。
日本呼吸器学会「咳嗽・喀痰の診療ガイドライン2019」において、デキストロメトルファンは非麻薬性中枢性鎮咳薬の代表的薬剤として位置づけられています。
鎮咳薬使用の基本原則
咳嗽と喀痰の診療の基本は、症状の背景にある病態や原因疾患を理解し、これらに対する特異的な治療を行うことです。鎮咳薬や喀痰調整薬は対症療法であり、特異的な治療による効果が不十分な場合、あるいは有効な治療法がなく、咳嗽症状がQOLを低下させる場合に症状緩和の目的で投与を検討します。
湿性咳嗽と乾性咳嗽での使い分け
咳嗽は喀痰を伴う湿性咳嗽と喀痰を伴わない乾性咳嗽に分類されます。湿性咳嗽の場合は、気道過分泌の病態が存在し、喀痰を喀出するために咳嗽が生じているため、咳嗽を抑制することは気道閉塞や換気障害の原因となり得ます。したがって、湿性咳嗽における対症療法の基本は喀痰調整薬です。
ただし、激しい咳嗽による体力の消耗、嘔吐の誘発や不眠等のQOL低下の原因となる場合や、気道上皮の損傷による病態悪化を来す可能性がある場合では、湿性咳嗽に対しても鎮咳薬を投与することがあります。一方、乾性咳嗽においては、QOLを低下させる場合は積極的に鎮咳薬の投与を考慮します。
他の鎮咳薬との比較
非麻薬性中枢性鎮咳薬には、デキストロメトルファン以外にも、チペピジンヒベンズ酸塩(アスベリン)、ジメモルファンリン酸塩(アストミン)、エプラジノン塩酸塩(レスプレン)、ペントキシベリンクエン酸塩(トクレス)などがあります。これらは鎮咳効果は麻薬性鎮咳薬に及ばないものの、副作用が少なく、耐性や依存性がないという利点があります。
デキストロメトルファンは二重盲検比較試験でコデインと同等の鎮咳作用が確認されており、非麻薬性鎮咳薬の中でも最も効果的な薬剤の一つとして広く使用されています。
参考となる診療ガイドライン情報
咳嗽・喀痰の診かたと薬物療法 - 日本内科学会雑誌
日本呼吸器学会のガイドラインに基づいた咳嗽診療のアプローチについて、内科医向けに詳しく解説されています。