内視鏡の現場で「グルカゴン」と言うと、低血糖治療薬というより、消化管運動を抑えるための鎮痙剤として登場する場面が多いのが実情です。日本メディカルセンターの解説でも、従来は内視鏡挿入前にブチルスコポラミン臭化物(いわゆるブスコパン)やグルカゴンを筋注/静注して蠕動を抑えてきた、と整理されています。
この「蠕動を抑える」という目的は、単に検査者の操作を楽にするためだけではありません。蠕動が強いと、病変の視認性が落ち、観察の再現性が下がり、特に微細な粘膜変化(早期病変の色調差やわずかな隆起/陥凹)を拾いにくくなります。日本消化器内視鏡学会(市民向けFAQ)でも、蠕動運動が観察の妨げとなるため、ブスコパンやグルカゴンなどの鎮痙剤を検査前に注射する、と説明されています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/f41e217980b9996c05413e2d0acf4c57dfb6ba6b
一方で、上部内視鏡の全例に「反射的に」注射前投薬をする流れは、施設により見直しも進んでいます。日本メディカルセンターの記載では、筆者は「通常内視鏡」では事前の鎮痙薬注射を行わず、必要時にℓ-メントール製剤を使用し、「精査内視鏡」では全例にℓ-メントール製剤を使用する、という運用を紹介しています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/53e323aaf11bfe8206d1dc587f16e7aedfb23ce9
臨床の肌感として重要なのは、グルカゴンは「効けば便利」だが「誰にでも気軽に」ではないという点です。鎮痙の強さ、合併症、検査後の生活(運転や機械操作)まで含めて、患者背景に応じた使いわけが必要になります。
参考:胃内視鏡検査前の胃蠕動抑制薬の全体像(通常内視鏡/精査内視鏡の考え方、ブスコパンとグルカゴンの位置づけ、ℓ-メントールの実際の使い方)
https://www.jmedj.co.jp/blogs/product/product_3558
グルカゴンが内視鏡で使われる理由は、消化管平滑筋を弛緩させ、消化管運動を抑制する作用があるためです。日本メディカルセンターの解説では、ブスコパンが副交感神経遮断による鎮痙作用を示すのに対し、グルカゴンは平滑筋への直接的な弛緩作用による消化管運動抑制、さらに胃液・膵液分泌抑制を示す、と説明されています。
この「分泌抑制」まで含めた整理は、意外と見落とされがちです。泡や粘液の問題は消泡剤・粘液溶解剤で対策するのが基本ですが、治療が長引くケースでは分泌が視野を悪化させる要因になりえます。そうした場面で、鎮痙の主目的に加えて、分泌の面でも“効いている”可能性があるという理解は、現場の納得感につながります。
ただし、蠕動抑制は「止まれば正義」ではありません。蠕動が完全に止まると、胃の形状が変わり、ヒダの張り方や胃角の見え方が変化して、観察のクセが出ることがあります(特に観察順序が固定化している施設ほど、ちょっとした見え方の差が“見落とし”に直結します)。この点は教科書的に強調されにくいのですが、検者間のばらつきや、検査動画レビューをする施設ほど問題になりやすい論点です。
また、鎮痙をかけると「観察はしやすい」が「患者の体感が必ずしも良くなる」とは限りません。嘔吐反射や苦痛は鎮静・咽頭麻酔の要素が大きく、鎮痙は主に視野・手技の安定に寄与します。つまり、患者説明では「苦痛が減る薬」と断定しないほうがトラブルが減ります(期待と実感のギャップが起きやすいため)。
グルカゴンは便利な一方で、禁忌・注意事項が明確で、内視鏡室の“安全文化”が問われる薬でもあります。代表的に、褐色細胞腫(またはパラガングリオーマ)ではカテコールアミン遊離を刺激し急激な血圧上昇を招くおそれがあるため禁忌として記載されています。
この禁忌は「問診で拾えればOK」と思われがちですが、実際には“診断がついていない褐色細胞腫”が問題です。発作性頭痛・動悸・発汗の病歴、治療抵抗性高血圧、腹部腫瘍の指摘歴など、内視鏡予約時点で拾える情報を前倒しで集めておくほうが合理的です(当日問診だけに寄せると、忙しい時間帯に情報が薄いまま進行しやすい)。
参考)https://clinicalsup.jp/jpoc/drugdetails.aspx?code=68480
副作用で重要なのは、アナフィラキシー様反応やショックの可能性をゼロ視しないことです。日本メディカルセンターの記事でも、ブスコパン/グルカゴン追加投与の際は、ショックやアナフィラキシー様症状、尿閉・視覚障害、二次性低血糖などを念頭に患者状態を把握すると明記されています。
さらに“内視鏡前処置としてのグルカゴン”で意外に議論になるのが血糖です。薬剤師向け情報として、グルカゴンはインスリン分泌促進作用もあるため二次的に低血糖を起こす可能性があり、ブドウ糖等の準備を行う、という記載があります。
参考)公益社団法人 福岡県薬剤師会 |質疑応答
この「二次性低血糖」は、血糖を上げるホルモンという一般知識と逆向きなので、スタッフ教育で引っかかりポイントになります。患者が糖尿病でインスリンやSU薬を使っている場合、絶食・鎮静・検査後の食事再開タイミングまで含めて血糖イベントが起きやすいので、内視鏡室での観察時間や帰宅基準(ふらつき・冷汗・意識レベル)を“鎮静のせい”と決めつけない視点が必要です。
現場の実装としては、次のような“手順化”が事故を減らします。
参考:胃内視鏡の準備(鎮痙剤としてブスコパン/グルカゴンを使う理由、問診で心疾患や緑内障や糖尿病を確認する流れ、ℓ-メントールの選択肢)
https://www.jges.net/citizen/faq/esophagus-stomach_01
鎮痙剤の選択は、単純な「効き目の強さ」だけでは決められません。日本消化器内視鏡学会のFAQでは、鎮痙剤投与前に心疾患や緑内障、糖尿病などがある人は副作用が出るおそれがあるため問診で確認するとされています。
実務的には、ブスコパン(抗コリン作用)を避けたい患者群(例:緑内障、前立腺肥大など)が一定数存在するため、代替としてグルカゴンが選ばれる、という構図が多いです。日本メディカルセンター記事も、鎮痙薬(ブスコパン)とグルカゴンを対比しつつ、l-メントール製剤の効果が不十分な場合にブスコパン/グルカゴンを投与するとしています。
このとき、説明の工夫が重要です。患者は「注射=鎮静」と受け取りやすいので、鎮痙と鎮静の違いを短く明確に切り分けると同意がスムーズになります。たとえば、
という整理です(施設の鎮静方針に合わせて言い回しは調整してください)。
また、日本メディカルセンターの記事では、ブスコパンやグルカゴンは検査終了後も注意が必要(危険を伴う機械操作に従事させない等)と述べています。
ここは患者説明で“抜けやすい”ので、同意書だけに頼らず口頭でも一言添えるのが安全です。特に人間ドックや外来のスクリーニングでは、検査後すぐに運転・仕事復帰したいニーズが強いので、回復時間の要らないℓ-メントール製剤を優先する、という運用が紹介されています。
検索上位では「グルカゴンの説明」「鎮痙剤の種類」など薬剤学の話が中心になりがちですが、現場改善という意味で意外に効くのが“鎮痙の段取り”です。日本メディカルセンターの記事では、ℓ-メントール製剤(ミンクリア)は内視鏡鉗子口から幽門前庭部へ散布し、散布後約20〜30秒で蠕動が抑制され検査中は抑制が持続するとされています。
この「20〜30秒」がポイントで、注射前投薬の準備(禁忌確認、筋注、観察)に比べると、ワークフローが短く、しかも局所作用なので検査後の回復時間が不要と説明されています。
ここから導ける独自視点は、薬剤選択を“患者因子”だけでなく“検査室の混雑構造”で最適化できる点です。具体的には、
さらに、日本消化器内視鏡学会も「最近はℓ-メントールという胃内に直接投与する鎮痙剤もある」「禁忌が少なく注射の手間がない」と説明しています。
これは患者満足度の話にも見えますが、実際には医療安全(禁忌問診の負荷軽減、注射関連インシデント低減)と業務効率(前処置滞留の減少)に効きます。
最後に、グルカゴンを使う/使わないの議論で忘れてはいけないのは、「観察の質」を薬だけで担保しないことです。観察手順、送気/送水、粘液除去、蠕動が出た時の待ち方・体位変換など、非薬物の工夫も“見落とし防止”に直結します。日本消化器内視鏡学会のFAQでも、正確な診断のために絶食や粘液・泡の除去など様々な工夫が行われていると述べられています。

実験医学 2024年9月 Vol.42 No.14 グルカゴン・GLP-1・GIPの創薬革命〜Dual,Triagonistで代謝性疾患治療を加速する