活動電位オーバーシュートとイオンチャネルの機序

活動電位のオーバーシュートは、神経細胞や筋細胞における興奮の中核をなす現象です。ナトリウムイオンの急激な流入により細胞内が陽性に転じるこの現象は、どのような仕組みで生じるのでしょうか?

活動電位とオーバーシュートの機序

この記事のポイント
オーバーシュートの定義

細胞内電位が0mVを超えて陽性に転じる現象で、活動電位の特徴的な相を形成

🔬
ナトリウムイオンの役割

電位依存性ナトリウムチャネルの開口により急激なNa+流入が発生

📊
臨床的意義

神経伝導や筋収縮の基盤となり、チャネル病の理解に重要

活動電位オーバーシュートの基本原理と脱分極

 

活動電位のオーバーシュートは、神経細胞や筋細胞における興奮の伝達において中核をなす現象です。静止状態の神経細胞は、細胞膜の内側が約-70mVから-90mVの負電位を示しており、これを静止電位と呼びます。閾値を超える刺激が細胞に加わると、電位依存性ナトリウムチャネルが開口し、細胞外に豊富に存在するナトリウムイオン(Na+)が濃度勾配に従って細胞内に急激に流入します。​
この急激なNa+流入により、細胞内の電位は負からプラスへと一気に逆転し、+30mVから+50mV程度まで上昇します。この0mVを超えて陽性に転じた部分をオーバーシュート(overshoot)と呼び、これが活動電位の立ち上がり相を形成します。オーバーシュートの発見は電気生理学の歴史において重要な転換点であり、当初は膜の分極消失だけで活動電位が説明されると考えられていましたが、実際には電位が逆転することが明らかになりました。
参考)オーバーシュート − 歯科辞書|OralStudio オーラ…

📌 重要ポイント

  • 静止電位は約-70~-90mVで、細胞内が負に帯電している
  • オーバーシュートでは細胞内電位が+30~+50mVまで上昇する
  • この電位変化は数ミリ秒という極めて短時間で起こる

活動電位におけるナトリウムチャネルの開口機構

電位依存性ナトリウムチャネルは、活動電位の立ち上がり相において決定的な役割を果たします。静止時、このチャネルのNa+に対する透過性はカリウムイオン(K+)の透過性の1/50~1/75程度と非常に低い状態にあります。しかし、細胞膜が脱分極して閾値(約-55mV)に達すると、電位依存性ナトリウムチャネルが一斉に開口し、Na+透過性が静止時の600倍にも増大します。
参考)活動電位

このナトリウムチャネルの開口は、ポジティブフィードバック機構によって増幅されます。初期の脱分極により一部のナトリウムチャネルが開くと、Na+流入がさらなる脱分極を引き起こし、それがさらに多くのナトリウムチャネルを開状態にするという連鎖反応が生じます。この自己再生的な過程により、活動電位は「全か無かの法則」に従って発生します。つまり、刺激が閾値に達すれば最大の活動電位が発生し、閾値未満であれば全く発生しないという二者択一的な応答を示します。
参考)【高校生物】「伝導の特徴」(練習編)

ナトリウムチャネルは開口後すぐに不活性化(inactivation)という過程に入ります。不活性化とは、一度開いたチャネルが閉じる機構で、連続的な活動電位の形成に必須のプロセスです。このため、オーバーシュートのピークに達した後、ナトリウムチャネルは速やかに閉鎖し、次の相である再分極へと移行します。youtube​
参考)ナトリウムチャネル - 脳科学辞典

🔍 チャネルの動態

状態 ナトリウムチャネル 膜電位 イオン透過性
静止時 閉鎖状態 -70~-90mV Na+透過性は低い
閾値到達 開口開始 約-55mV Na+透過性が上昇開始
オーバーシュート 全開状態 +30~+50mV Na+透過性が600倍
不活性化 閉鎖状態 下降開始 Na+透過性が急低下

東京医科歯科大学の活動電位解説:ナトリウムイオンとカリウムイオンの役割について詳しく説明

活動電位の再分極とカリウムイオンの流出

オーバーシュートがピークに達した後、活動電位は再分極(repolarization)の相に入ります。再分極は、主に電位依存性カリウムチャネルの開口によって引き起こされます。オーバーシュートの発生とほぼ同時に、またはわずかに遅れて、電位依存性カリウムチャネルが開口し始めます。
参考)再分極 - Wikipedia

カリウムイオン(K+)は細胞内に高濃度で存在しており、このチャネルが開くと濃度勾配に従って細胞外へと流出します。K+は正電荷を持つため、その流出により細胞内の電位は再び負の方向へと変化します。この過程により、膜電位は0mVを経て静止電位レベルまで戻ります。​
再分極の初期段階では、ナトリウムチャネルの不活性化とカリウムチャネルの開口が同時進行します。心筋細胞のように長い活動電位を持つ細胞では、カルシウムイオン(Ca2+)の流入も関与し、プラトー相と呼ばれる持続的な脱分極相が形成されることがあります。しかし、神経細胞や骨格筋細胞では、再分極は比較的急速に進行し、数ミリ秒以内に静止電位に戻ります。
参考)【シリーズ第1弾 心電図って面白い!】 第2話 イオンチャン…

再分極の後期には、遅延整流性カリウムチャネルの不活性化が遅いため、一時的に静止電位よりもさらに負の電位(約-80mV)に達することがあり、これを後過分極(afterhyperpolarization)またはアンダーシュートと呼びます。この後過分極の期間中、細胞は絶対不応期(absolute refractory period)にあり、新たな活動電位を発生させることができません。​
⚙️ 再分極のメカニズム

  • 電位依存性K+チャネルの開口により、K+が細胞外へ流出
  • ナトリウム・カリウムポンプ(Na+-K+ポンプ)がイオン濃度を回復
  • 後過分極により一時的に静止電位以下まで電位が低下
  • 数ミリ秒以内に静止電位(約-70mV)に戻る

脳科学辞典:閾値と活動電位の発生機構について詳細な解説

活動電位の全か無かの法則と閾値

活動電位の発生には「全か無かの法則(all-or-none law)」という重要な特性があります。この法則は、神経細胞や筋細胞が閾値以上の刺激を受けた場合には必ず一定の大きさの活動電位が発生し、閾値未満の刺激では全く活動電位が発生しないことを意味します。
参考)【高校生物】「刺激の強度」
​youtube​
閾値(threshold)は、活動電位を発生させるために必要な最小の膜電位変化であり、通常は約-55mVです。より厳密には、閾値は脱分極を引き起こすNa+流入と、過分極を引き起こすK+流出およびCl-流入とがつり合う電位として定義されます。この均衡がNa+流入に傾くと、ポジティブフィードバック機構が駆動され、活動電位が発生します。
参考)閾値 - 脳科学辞典

興味深いことに、閾値を超える刺激の強さが増加しても、個々の活動電位の振幅は変化しません。代わりに、刺激が強くなると、同じ時間内に発生する活動電位の回数(発生頻度)が増加します。この周波数符号化(frequency coding)により、神経系は刺激の強度を表現します。例えば、弱い刺激では1秒間に数回の活動電位が発生するのに対し、強い刺激では数十回から数百回の活動電位が連続して発生します。​
全か無かの法則の生理学的意義は、信号の忠実な伝達にあります。活動電位が軸索に沿って伝導される際、減衰することなく一定の大きさを保ちながら伝わるため、長距離にわたる情報伝達が可能になります。この特性は、神経系が遠隔の標的組織に確実に信号を届けるために不可欠です。youtube​
📈 刺激と応答の関係

刺激の強度 活動電位の発生 活動電位の振幅 発生頻度
閾値未満 発生しない 0mV 0回/秒
閾値 発生する 約100mV(一定) 低頻度
閾値の2倍 発生する 約100mV(変化なし) 中頻度
閾値の3倍以上 発生する 約100mV(変化なし) 高頻度

活動電位オーバーシュートの臨床的意義と疾患

活動電位のオーバーシュートに関わるイオンチャネルの異常は、さまざまな臨床疾患の原因となります。これらはチャネル病(channelopathy)と総称され、神経系、筋系、心血管系に多様な症状を引き起こします。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscn/41/2/41_118/_pdf/-char/ja

ナトリウムチャネル異常による代表的な疾患として、高カリウム性周期性四肢麻痺(Hyperkalemic periodic paralysis:HyperPP)があります。この疾患では、ナトリウムチャネルの不活性化障害により筋活動電位が過剰に反復発生し、ミオトニア(筋硬直)や運動後の弛緩性麻痺を引き起こします。麻痺発作中には、複合筋活動電位(CMAP)の振幅が低下し、筋細胞膜の「脱分極性ブロック」が生じることが電気生理学的検査で確認されます。
参考)https://higashisaitama.hosp.go.jp/medical_information/periodic_paralysis.html

心臓領域では、QT延長症候群(Long QT syndrome:LQTS)が重要です。この症候群は、心筋細胞の活動電位持続時間(APD)の延長により、心電図上のQT時間が延長する病態です。ナトリウムチャネル、カリウムチャネル、カルシウムチャネルなど、活動電位に関与する複数のイオンチャネル遺伝子の変異が原因となり得ます。重症例では致死性の心室性不整脈を引き起こすため、早期診断と適切な管理が不可欠です。
参考)QT延長症候群 - 04. 心血管疾患 - MSDマニュアル…

神経伝導検査や筋電図検査は、活動電位の異常を検出する重要な臨床ツールです。筋電図検査では、針電極を筋に刺入し、筋が静止している間と収縮しているときの電気的活動を記録します。正常では、静止時の筋は電気的に無活動ですが、脱神経が起きた筋線維では異常な自発的活動(線維性攣縮、線維束性収縮)が認められます。これらの検査により、神経、筋肉、神経筋接合部のいずれの疾患によるものかを判断することが可能になります。
参考)筋電図検査と神経伝導検査 - 07. 神経疾患 - MSDマ…

🏥 臨床応用の実例

  • 神経伝導検査:末梢神経の伝導速度と複合筋活動電位の評価
  • 筋電図検査:運動単位電位の形状と自発放電の有無を確認
  • 運動負荷試験:周期性四肢麻痺での脱分極性ブロックの検出
  • 心電図検査:QT延長症候群の診断とリスク評価

看護roo!:興奮の発生と伝導の詳細な解説(医療従事者向け)

オーバーシュートを支える分子機構の最新知見

近年の分子生物学的研究により、活動電位のオーバーシュートを支えるイオンチャネルの構造と機能が詳細に解明されてきました。電位依存性ナトリウムチャネルは、4つの相同なドメイン(DI~DIV)から構成され、各ドメインには6つの膜貫通セグメント(S1~S6)が存在します。特にS4セグメントは正電荷を持つアルギニン残基を複数含み、電位センサーとして機能します。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3219111/

膜の脱分極により、S4セグメントが細胞外方向に移動し、この構造変化がチャネルの開口を引き起こします。開口状態では、Na+が選択的に通過できるポア(孔)が形成され、毎秒数百万個のイオンが細胞内に流入します。この高速かつ選択的なイオン透過が、オーバーシュートの急峻な立ち上がりを可能にしています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3514734/

ナトリウムチャネルの不活性化機構も精密に制御されています。DIIIとDIVドメインを結ぶ細胞質内のループ領域がinactivation gate(不活性化ゲート)として機能し、チャネルの開口後数ミリ秒以内にポアを物理的に塞ぎます。この迅速な不活性化により、オーバーシュートは一過性に留まり、次の再分極相へとスムーズに移行します。​
興味深いことに、一部の神経細胞では「resurgent current(再生電流)」と呼ばれる特殊なナトリウム電流が存在します。この電流は、比較的脱分極した電位からの再分極時に一時的に流れ、不活性化からの回復を加速させます。小脳のプルキンエ細胞などの高頻度発火する神経細胞で特に顕著であり、これらの細胞が連続的に活動電位を発生させる能力を支えています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11309984/

🧬 分子レベルの制御機構

  • S4セグメントの電位感知:膜電位変化を感知して構造変化を引き起こす
  • 選択性フィルター:Na+を選択的に透過させ、K+やCa2+を排除
  • 不活性化ゲート:開口後数ミリ秒でチャネルを閉鎖
  • チャネル密度:軸索起始部や神経終末で特に高密度に分布

脳科学辞典:ナトリウムチャネルの分子構造と機能の詳細