コアグラーゼは黄色ブドウ球菌が産生する病原性酵素で、血漿凝固を作動させる菌体外酵素のひとつです。この酵素はフィブリノゲンをフィブリンに変えて血漿を凝固させ、菌体を包み込むことで宿主側の食菌や防御反応から免れる作用を持っています。コアグラーゼには遊離型と結合型の2種類があり、試験管法では遊離型コアグラーゼを、スライド法では結合型コアグラーゼ(クランピング因子)を検出します。
参考)https://www.jscm.org/journal/full/02501/025010019.pdf
黄色ブドウ球菌が産生するコアグラーゼは、プロトロンビンに結合して構造変化を引き起こすことにより、フィブリノーゲンのフィブリンへの転換を促進します。この機能により、菌の塊がさらに大きな塊となり、毛細血管に引っかかりやすくなるため、膿瘍形成などを促進します。コアグラーゼを持つことで団結力が強化され、黄色ブドウ球菌がコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)よりも病原性が高い理由の一つとなっています。
参考)https://www.maruishi-pharm.co.jp/medical/maruishi-admin/wp-content/themes/maruishi-pharm/assets/pdf/knowledge/bacteriology/chapter2.pdf
コアグラーゼの抗原性の違いにより、I型からVIII型までのコアグラーゼ型別が可能です。
食中毒起因コアグラーゼ型はII型、III型、VI型およびVII型によるものが圧倒的に多いとの報告があります。日本ではコアグラーゼ型別法が食中毒の疫学解析に応用されており、VII型、II型、IV型の順で分離され、この3型で81%を占めています。
カタラーゼは過酸化水素を不均化して酸素と水に変える反応を触媒する酵素で、ヘムタンパク質の一種です。細胞内のペルオキシソームに存在し、過酸化水素を使って酸化・解毒をおこないます。この酵素の毎秒当たりの代謝回転数は全酵素のなかでも最も高く、4000万に達します。ヒトの場合、カタラーゼは4つのサブユニットで構成されており、各サブユニットは526のアミノ酸から成立し、分子量は約24万です。
参考)カタラーゼ - Wikipedia
糖の好気的分解過程の最終産物として過酸化水素が形成されますが、過酸化水素が蓄積すると菌に有害です。カタラーゼは過酸化水素を分解して酸素ガスを産生することで、細菌を保護します。
チトクローム系を持つ好気性菌および通性嫌気性菌の大部分はカタラーゼが存在しますが、主な例外はStreptococcus属菌です。カタラーゼの有無により属間の鑑別や種の鑑別が可能で、例えばStreptococcus属菌は陰性、MicrococcusとStaphylococcus属菌は陽性です。
参考)https://www.biken.osaka-u.ac.jp/pmru/pdf/01_241213.pdf
カタラーゼはまず過酸化水素分子を結合し、部分的に破壊します。1つの酸素原子が取り出されて鉄原子に結合し、もう1つの過酸化水素分子が反応して水と酸素ガスを生成します。細胞内に大量のカタラーゼが蓄積されると、Hfqとカタラーゼは複合体を形成し、これによりHfqの機能を阻害、RpoSの合成が抑制されます。これは生体内にHfqの働きを制御して、タンパク質の合成量を調節し、ストレスに対する防御反応のバランスを保つ機構です。
参考)ストレスに対する防御応答のバランスを保つ機構の一端を解明
コアグラーゼ試験には試験管法とスライド法の2種類があり、試験管法では市販のウサギプラズマを使用します。市販のウサギプラズマの容器に滅菌生理食塩水7mlを加えて溶解し、小試験管に0.5mlずつ分注します。純培養した集落を白金耳で釣菌し、その1白金耳量をウサギプラズマ0.5mlに接種して、35±1℃で保温し、4時間(30分間隔)、6時間、24時間と凝固が認められるまで観察します。全体凝固または部分凝固が見られれば陽性と判定します。
参考)https://as-kitchen.as-1.co.jp/shop/pages/ip_04.aspx
凍結乾燥されたウサギ血漿を滅菌生理食塩水で溶解するのが通常ですが、trypticase soy brothなどの液体培地で溶解するとコアグラーゼの感度は上昇します。Staphylococcus pseudintermedius はコアグラーゼ産生能が弱いことで知られており、生理食塩水でウサギ血漿を溶解した試験管法では血漿凝固しない株がありますが、TSBで溶解した試験管法では全ての株が血漿凝固します。ラテックス凝集反応は迅速な検査法ですが、時としてその判定解釈は複雑となりえます。
カタラーゼ試験は、寒天平板に発育した新鮮なコロニーをスライドグラス上に置き、3%過酸化水素水を滴下して発生するガスを肉眼で判定します。好気性菌の多くはカタラーゼ陽性ですが、カタラーゼ陰性の菌種もあることから鑑別性状として利用されます。白金線や白金耳で混ぜてはいけません。順序を逆にすると疑陽性になることがあるため、注意が必要です。
参考)https://osaka-amt.or.jp/bukai/saikin/200404/5.htm
耐熱性(68℃)カタラーゼ試験は、新鮮菌液を68℃に加温した後にカタラーゼ活性の有無を調べる検査で、主に抗酸菌の鑑別性状として用いられます。結核菌群と非結核性抗酸菌群の簡易鑑別法のひとつとして重要です。30%過酸化水素水と10% Tween 80を等量混合した液を使用し、1/15Mリン酸緩衝液で菌液を調製してから加熱処理を行います。
コアグラーゼを産生して血液を凝固できるか否かで、毒性の強い黄色ブドウ球菌と毒性の弱いコアグラーゼ陰性ブドウ球菌属細菌を鑑別します。コアグラーゼ陽性ブドウ球菌にはS. aureus、Staphylococcus intermedius、Staphylococcus hyicusの3菌種があります。黄色ブドウ球菌と表皮ブドウ球菌グループとの大きな違いは、マンニットの分解能とコアグラーゼ試験です。
参考)https://www.kanazawa-med.ac.jp/~kansen/situmon/staph-aure.html
Staphylococcus lugdunensisはコアグラーゼ陰性菌ですが、ヒト血漿または市販のラテックス凝集キットを用いたスライド凝集試験で、凝集因子(結合型コアグラーゼ)が陽性となる株が、最大で65.4%の症例で存在します。これはS. lugdunensisが黄色ブドウ球菌と同等の病原性を示すことがあり、感染性心内膜炎などの重篤な感染症を引き起こす理由の一つと考えられています。
参考)microbiology round - 亀田総合病院 感染…
カタラーゼ試験は、ブドウ球菌と連鎖状球菌の鑑別に用いられます。ブドウ球菌の場合は、団子になって「語ろーぜ」ということで、カタラーゼを持っています。肺炎球菌などの連鎖状球菌はカタラーゼ陰性です。
COPD患者好中球においては、COPDのない喫煙者やCOPDのない非喫煙者と比較してカタラーゼ活性が有意に低下し、H2O2放出が亢進しており、好中球カタラーゼ活性の低下している個体はCOPD発症感受性が高いと推察されます。
参考)https://www.omu.ac.jp/med/iloha/assets/lecture/mrsa001_gaiyou5.html
黄色ブドウ球菌と近縁のS. argenteusは2015年に黄色ブドウ球菌より細分化された新種で、色素産生性に違いがあるものの、カタラーゼ試験やコアグラーゼ試験が陽性であるなど、黄色ブドウ球菌とほぼ一致しており、鑑別に注意を要します。黄色ブドウ球菌と同等の病原性を有しており、軟部組織感染症や菌血症の原因菌としても報告されています。
参考)食中毒事例で分離されたhref="https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsfm/37/1/37_20/_article/-char/ja/" target="_blank">https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsfm/37/1/37_20/_article/-char/ja/lt;ihref="https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsfm/37/1/37_20/_article/-char/ja/" target="_blank">https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsfm/37/1/37_20/_article/-char/ja/gt;Staphylococcus a…
黄色ブドウ球菌の同定では血液寒天平板上のコロニー形状、グラム染色性とその形態に加えて、カタラーゼとコアグラーゼが陽性と記載されています。CLSIの感受性試験のガイドラインには、S. aureusとcoagulase-negative staphylococciのようにコアグラーゼの有無でカテゴリーが区別されており、S. aureusの同定には重要な性状です。しかし現在国内で入手できるグラム陽性球菌の同定キットでは、基本性状の中にコアグラーゼ試験を用いているものはありません。
参考)https://www.eiken.co.jp/uploads/modern_media/literature/MM1112_02.pdf
食品微生物検査では、卵黄加ベアードパーカー寒天培地または卵黄加マンニット食塩寒天培地に試料を塗抹し、37℃で48±3時間培養します。定型的な集落が確認できれば、グラム染色を行ってグラム陽性の球菌であることを確認し、次いでコアグラーゼ試験を実施します。黄色ブドウ球菌は、選択培地上で定型的あるいは非定型的な発育集落を示すコアグラーゼ陽性のグラム陽性球菌と定義されます。
参考)http://www.nihs.go.jp/fhm/mmef/pdf/protocol/NIHSJ-03_ST4_rev01.pdf
カタラーゼ試験単独では黄色ブドウ球菌を同定できませんが、グラム陽性球菌の鑑別の第一段階として極めて重要です。カタラーゼ陽性であればブドウ球菌属、陰性であれば連鎖球菌属と判断し、次の鑑別ステップに進みます。ブドウ球菌属のなかでコアグラーゼ陽性であれば黄色ブドウ球菌、陰性であればコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)と分類されます。
参考)染方史郎の3分細菌楽|#003|庶民系の細菌たち①~黄色ブド…
分離培地上で黄色ブドウ球菌疑いのコロニーを判定するために、抗原-抗体反応を利用したブルーラッテクスの凝集の有無により判定を行う迅速検査キットも利用されています。この方法は20秒で判定が可能で、感度・特異性が高いという利点があります。卵黄反応陽性で、かつPSラテックス陽性であれば、限りなく黄色ブドウ球菌に近いと推定できます。
参考)http://www.kanazawa-med.ac.jp/~kansen/situmon3/staphylo-hantei.html
近年の研究により、カタラーゼは単なる過酸化水素分解酵素としての役割だけでなく、細胞のストレス応答における重要な制御因子であることが明らかになっています。酸化ストレスによりペルオキシソームに一部局在化するBAKが活性化され、ペルオキシソーム内のカタラーゼがペルオキシソームからサイトゾルへ移行することで、酸化ストレス抵抗性および抗細胞死作用を呈します。このカタラーゼ放出機構を解明することにより、細胞死や神経変性等におけるペルオキシソームの生理的機能・重要性が明らかになることが期待されています。
参考)https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/researches/view/86/
コアグラーゼ型別においても、従来の抗血清法に加えてMultiplex PCR法による遺伝子型別が開発されています。抗血清法でIV型に分類された株はPCR法ではIVa型とIVb型に細分化され、V型の株はVb型に分類されるなど、より詳細な型別が可能になりました。これにより食中毒事例における感染源の特定や疫学調査の精度が向上しています。
参考)https://www.pref.niigata.lg.jp/uploaded/attachment/40370.pdf
黄色ブドウ球菌の病原性発現にはクオラムセンシングという機構が関与しており、センサー、レギュレーター、クオルモン、クオルモン合成酵素の4つの遺伝子が関与しています。センサー/クオルモン複合体が菌数の密度を認識し、その濃度が一定に達すると特定の物質が産生され、バイオフィルムが形成されます。このクオラムセンシングこそ、黄色ブドウ球菌が病原遺伝子を持っているにもかかわらず通常生息する場所では病原性を示さないが、棲む場所が変わると病原性をもつ「悪玉菌に変身する」という悪玉化シグナルです。
参考)https://www.sasappa.co.jp/online/abstract/jsasem/1/049/html/1110490301.html
カタラーゼの臨床的応用として、マウスへのカタラーゼ投与実験において喫煙誘導肺好中球炎症を有意に抑制した点から、酸化ストレスによる好中球集積が病態に関係している疾患におけるカタラーゼの治療潜在性についても期待されています。無カタラーゼ血症は常染色体劣性形質の遺伝疾患と判明しており、カタラーゼ欠損が特定の口腔疾患と関連することが報告されています。
参考)https://www.med.hokudai.ac.jp/graduate/dissertations/doc/2012-summary/s2012005.pdf
Staphylococcus argenteusの食中毒事例における同定と性状解析について詳しく解説された学術論文
黄色ブドウ球菌のコアグラーゼとカタラーゼの機能について図解入りで解説した医療従事者向け資料
コアグラーゼ試験とラテックス凝集反応の技術的詳細とピットフォールについて論じた臨床微生物学会の技術論文
ISO 8870:2006、牛乳および牛乳ベースの製品 - コアグラーゼ陽性ブドウ球菌によって生成される熱ヌクレアーゼの検出