猫咬傷は「創が小さい=軽症」と判断しやすい一方、歯が細く鋭いことで深く刺さり、皮膚表面が早く閉じて“閉鎖空間”ができやすい点が臨床上の落とし穴です。すると患者が自己判断で様子を見ている間に、皮下・腱鞘・関節周囲で細菌が増殖し、数時間〜翌日に疼痛と腫脹が急速に進むことがあります。
医療者としては、問診で「いつ」「どこを」「どの程度(貫通感の有無)」「洗浄できたか」「基礎疾患(免疫抑制、肝疾患、無脾など)」「発熱・悪寒・倦怠感」を短時間で回収し、部位別に危険度を上げ下げします。特に手指〜手背、関節近傍、人工関節近傍は、深部感染が表面所見より先行しやすく要注意です。
観察のポイントは“皮膚の赤み”だけではありません。以下があると、点滴抗生剤や外科的介入の検討ラインに一気に近づきます。
全身所見があるケースでは、動物咬傷が契機でも敗血症性ショックへ進み得る前提で、早期の全身評価と血液培養を考えます(後述)。カプノサイトファーガ感染症では、倦怠感、発熱、皮疹、血圧低下、腎機能障害などの全身像が問題になり得ることが整理されています。
猫咬傷の抗菌薬選択で重要なのは、単一菌ではなく「好気性+嫌気性の混合感染」を出発点にすることです。動物咬傷後の感染では、Pasteurella属菌やCapnocytophaga属菌に加え、Staphylococcus aureusなどのブドウ球菌、さらにBacteroides属やFusobacterium属など嫌気性菌も想定してカバー域を設計すべき、と整理されています。
このため、一般的な皮膚軟部組織感染で使う“セフェム単剤”の感覚をそのまま持ち込むと、口腔内常在菌や嫌気性菌を取りこぼすリスクが上がります。逆に、最初から「咬傷の菌叢」を想定して広めに当て、培養・感受性が得られたら速やかにde-escalationしていく、という運用が安全です(AMRの文脈でも重要)。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/992ad6e8a1dcae0c07c30971de906ab8d6881cd2
また、意外に見落とされがちなのが「患者が“噛まれた”と言わない」ケースです。ペットとの濃厚接触や、軽い引っかき傷・舐められ(粘膜/創部)を患者が重要視していないことがあります。重症化する感染症の鑑別を上げるためにも、病歴聴取で“動物との接触歴”を具体的に確認する重要性が強調されています。
点滴(静注)抗生剤を考えるときは、重症度と部位、進行速度、背景(免疫不全など)を合わせて判断します。動物咬傷関連の治療では、軽症〜中等症はアンピシリン/スルバクタム静注が選択肢として挙げられ、重症ではタゾバクタム/ピペラシリンやメロペネム等のカルバペネム系など“より広域”を検討する整理がされています。
一方で、すべてを点滴に寄せるのではなく、予防投与の文脈ではアモキシシリン/クラブラン酸(AMPC/CVA)が基本として提示されており、日本国内学会推奨投与設計として「オーグメンチン配合錠250RS+アモキシシリン2Capを1日2回、3日間」という具体例が示されています。
(※実臨床では腎機能、体格、既往、アレルギー、妊娠授乳、併用薬を踏まえ施設基準・添付文書に従って調整してください。)
「点滴にするべきか」の線引きを現場で使える形に落とすと、次の発想が役に立ちます。
なお、抗菌薬だけで片付けないのがポイントです。局所処置として「滅菌生食での徹底洗浄」「異物除去」「失活・壊死組織のデブリドマン」「感染局所の検体提出」が、咬傷対応として明確に整理されています。
猫咬傷後の重症化で、皮膚局所の所見よりも“全身の崩れ”が先に立つことがあります。特にカプノサイトファーガ(C. canimorsus)は稀ではあるものの、敗血症や髄膜炎など重篤な感染症の原因になり得るとされ、死亡率が高い推定も提示されています。
救急・病棟での実務としては、咬傷部位の所見確認と同時に、敗血症の拾い上げを“型”で行うのが安全です。資料ではQuick SOFA(呼吸数、意識、血圧)が紹介されており、呼吸数≧22、意識変容、収縮期血圧≦100mmHgのうち2点以上を重症として扱う目安が示されています。
検査運用の落とし穴は「培養が遅れる」ことです。カプノサイトファーガ属菌の診断に寄与する検査として血液培養(2セット4本、嫌気+好気)が示され、陽性まで1〜14日(平均6日)かかり得る点も整理されています。
つまり、点滴抗生剤を始める前に採る“タイミング”が重要で、さらに細菌検査担当者へ「動物との接触歴」を必ず伝えるべき、と明確に書かれています。
検索上位の記事では「抗生剤は何を使うか」「何科に行くか」「洗浄が大事」が中心になりやすい一方、院内の安全性を左右するのは“情報の受け渡し”です。動物咬傷は、患者が軽視しやすい・医療者も外傷として流してしまいやすいという二重の見落としが起きます。
ここで意外と効くのが、オーダーコメントや申し送りの定型化です。以下をカルテ・検体ラベル・口頭連絡のいずれかに必ず残すだけで、後の診断精度が上がります。
動物由来感染症では、動物との接触歴が確認できないと臨床医が鑑別に挙げられない、という指摘があります。
さらに、血液培養や創部培養においても、検査担当者へ接触歴を伝える必要性が強調されています。
つまり「点滴抗生剤の選択」だけでなく、「点滴が必要になる病態(敗血症など)を疑い続ける院内コミュニケーション」こそが、実は再現性の高い改善ポイントになります。
(咬傷後の抗菌薬予防投与・洗浄・破傷風や狂犬病リスク確認の要点)
有用:動物咬傷時の局所処置、予防投与が望ましい状況、推定原因菌、AMPC/CVAの具体的レジメンがまとまっています。
厚生労働省:動物由来カプノサイトファーガ感染症 と動物咬傷の対応(PDF)

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