アンピシリンは1961年から臨床使用されているβ-ラクタム系抗生物質の代表的な薬剤であり、その主要な作用機序は細菌の細胞壁合成阻害にあります 。この薬物は細菌の細胞壁を構成するペプチドグリカンの合成に必要なペプチド転移酵素(DD-トランスペプチダーゼ)を拮抗阻害することで、最終的に細菌を溶菌させる効果を発揮します 。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%94%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%B3
細胞壁合成の第3ステージおよび最終ステージを阻害する特殊な機能により、アンピシリンは殺菌的な作用を示し、静菌的ではなく細菌を完全に排除する能力を持っています 。この作用機序は、トランスペプチダーゼの不活性化を通じてペプチドグリカンの架橋形成を阻害し、細菌の構造的完全性を破綻させることで実現されます 。
参考)https://www.bmsci.com/products/?id=1587224352-790666amp;ca=36amp;pca=4
アンピシリンの分子構造は、ペニシリンGにアミノ基を付加したものであり、このアミノ基の存在によってグラム陰性菌の外膜を透過する能力を獲得したという特徴があります 。
アンピシリンは広域スペクトル抗生物質として、グラム陽性菌および一部のグラム陰性菌に対して強力な抗菌作用を発揮します 。特に肺炎球菌、化膿レンサ球菌、インフルエンザ菌などの呼吸器感染症の主要な原因菌に対して高い有効性を示すことが臨床的に確認されています 。
参考)https://kobe-kishida-clinic.com/respiratory-system/respiratory-medicine/ampicillin-hydrate/
グラム陽性菌では、ブドウ球菌、レンサ球菌、コリネバクテリウムなどに感受性を示し、グラム陰性菌では大腸菌、サルモネラ、パスツレラ、クレブシェラ、プロテウスなどに対して抗菌効果を発揮します 。腸内細菌科の一部の菌種に対する活性により、尿路感染症や腸管感染症の治療にも効果的に使用されています 。
参考)https://www.kyoritsuseiyaku.co.jp/products/detail/product_1001.html
しかし、ペニシリナーゼ産生菌に対しては効果が低下する可能性があるため、使用時には感受性試験の結果を慎重に評価する必要があります 。また、緑膿菌やセラチアなどの耐性の高い菌種には効果がないという限界も認識しておくことが重要です 。
参考)http://www.interq.or.jp/ox/dwm/se/se61/se6131002.html
アンピシリンは多様な感染症の治療において第一選択薬として位置づけられており、特に呼吸器感染症における急性気管支炎や肺炎などの上下気道感染症に対して確実な治療効果を提供します 。小児科領域では、細菌性髄膜炎や中耳炎の治療において特に重要な役割を果たし、その安全性と有効性が高く評価されています 。
全身性感染症として、敗血症、感染性心内膜炎、深在性皮膚感染症、リンパ管・リンパ節炎、骨髄炎などの重篤な感染症の治療にも適応されています 。尿路感染症では膀胱炎から腎盂腎炎まで幅広い病態に対して効果を発揮し、中枢神経系感染症では細菌性髄膜炎の治療において生命を救う重要な薬剤となっています 。
参考)https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00057343
感染部位 | 主な適応症 | 代表的な原因菌 |
---|---|---|
呼吸器系 | 急性気管支炎、肺炎 | 肺炎球菌、インフルエンザ菌 |
尿路系 | 膀胱炎、腎盂腎炎 | 大腸菌、クレブシェラ |
中枢神経系 | 細菌性髄膜炎 | レンサ球菌、インフルエンザ菌 |
全身 | 敗血症、感染性心内膜炎 | ブドウ球菌、レンサ球菌 |
アンピシリンとアモキシシリンは共にアミノペニシリンファミリーに属し、抗菌スペクトルがほぼ同形であることから、感受性試験の結果も同様の傾向を示すという特徴があります 。両薬剤の最も重要な違いは腸管吸収率にあり、アモキシシリンはアンピシリンにヒドロキシ基を付加することで、より優れた腸管吸収率を実現するように設計されています 。
参考)https://antibacterial-tests-for-animals.com/column/%E7%AC%AC%E4%B8%89%E5%9B%9E%EF%BC%9A%E4%BC%BC%E3%81%9F%E3%82%82%E3%81%AE%E5%90%8C%E5%A3%AB%EF%BC%81%EF%BC%81%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%94%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%81%A8%E3%82%A2%E3%83%A2%E3%82%AD/
この吸収率の差異により、経口薬としてはアモキシシリンが、注射薬としてはアンピシリンが主に使用される臨床的な使い分けが行われています 。アモキシシリンは血中への吸収が良好で消化管の副作用が少なく、投与回数を減らすことができるため、内服治療においてはアンピシリンより多く選択される傾向があります 。
参考)https://www.msdmanuals.com/ja-jp/home/16-%E6%84%9F%E6%9F%93%E7%97%87/%E6%8A%97%E8%8F%8C%E8%96%AC/%E3%83%9A%E3%83%8B%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%B3%E7%B3%BB
アンピシリンは注射剤として高い血中・臓器内濃度を示し、感染症に対して優れた治療効果を発揮する特性を持っており 、重篤な感染症や経口摂取が困難な患者への治療において重要な選択肢となります。
参考)http://www.antibiotic-books.jp/drugs/4
アンピシリンの使用に際して最も頻繁に観察される副作用は消化器系の症状であり、下痢が特に高い発現頻度(10-20%)を示し、抗菌薬による腸内細菌叢の変化が主要な原因とされています 。下痢は時に重症化して偽膜性大腸炎に発展する可能性があるため、特に高齢者や免疫不全患者では注意深い観察が必要です 。
アレルギー反応として発疹、蕁麻疹、発熱などが報告されており、まれにアナフィラキシーショックのような重篤な過敏反応を引き起こす可能性があるため、投与前の十分な問診と投与中の注意深い観察が不可欠です 。血液系の副作用として、無顆粒球症や溶血性貧血の発現が報告されているため、定期的な血液検査による監視が推奨されています 。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00057170.pdf
副作用分類 | 主な症状 | 発現頻度 | 対処法 |
---|---|---|---|
消化器系 | 下痢、悪心、嘔吐 | 10-20% | 整腸剤併用、水分補給 |
過敏反応 | 発疹、蕁麻疹、発熱 | 5-10% | 投与中止、抗アレルギー薬 |
血液系 | 無顆粒球症、溶血性貧血 | 1%未満 | 定期的血液検査 |
重篤 | 偽膜性大腸炎 | 1%未満 | 投与中止、特異的治療 |
ビタミンK欠乏による出血傾向やビタミンB群欠乏による口内炎、神経炎などの症状も報告されており、長期投与時には栄養状態の監視と適切な補充療法の検討が重要となります 。
参考)https://vet.cygni.co.jp/include_html/drug_pdf/kouseibussitu/JY-00676.pdf