酸性スフィンゴミエリナーゼ欠損症(ASMD)の治療薬であるゼンフォザイム®点滴静注用20mg(一般名:オリプダーゼアルファ)は、2022年3月に世界で初めて日本で承認された唯一の治療薬です。本剤は、ヒト酸性スフィンゴミエリナーゼの遺伝子組換え製剤であり、脾臓、肝臓、骨髄、肺、腎臓等の単核-マクロファージ系細胞に蓄積するスフィンゴミエリンを加水分解します。
ASMDは、SMPD1遺伝子の変異により酸性スフィンゴミエリナーゼ(ASM)の活性が低下し、スフィンゴミエリンが細胞内に蓄積することで引き起こされるライソゾーム病の一種です。全世界での発症率は出生児10万人あたり0.4~0.6人とされる希少疾患で、ニーマンピック病A型、B型、A/B型として分類されています。
ゼンフォザイムの用法・用量は、通常オリプダーゼアルファとして用量漸増法に従い、開始用量及びその後の用量を隔週点滴静脈内投与し、維持用量は通常1回体重1kgあたり3mgとなります。
定型抗精神病薬、特にクロルプロマジン等は、ゼンフォザイムとの併用において重要な注意点があります。これらの薬剤は酸性スフィンゴミエリナーゼの活性を阻害する可能性があり、結果として本剤の作用が減弱する可能性があります。
クロルプロマジンをはじめとする定型抗精神病薬は、フェノチアジン系の薬剤として精神科領域で広く使用されていますが、カチオン性両親媒性薬物としての性質を持ちます。この性質により、ライソゾーム内のpHを上昇させ、酸性スフィンゴミエリナーゼの至適pHである酸性環境を阻害することが知られています。
臨床現場では、ASMD患者が精神症状を併発している場合、定型抗精神病薬の使用を検討する際は特に慎重な判断が求められます。可能な限り、酸性スフィンゴミエリナーゼ活性への影響が少ない非定型抗精神病薬の選択を検討することが推奨されます。
やむを得ず併用する場合は、ゼンフォザイムの治療効果を慎重にモニタリングし、必要に応じて用量調整や投与間隔の見直しを行うことが重要です。
三環系抗うつ薬、特にイミプラミン等もゼンフォザイムとの併用注意薬剤として位置づけられています。これらの薬剤も定型抗精神病薬と同様に、酸性スフィンゴミエリナーゼの活性を阻害し、本剤の作用を減弱させる可能性があります。
イミプラミンは三環系抗うつ薬の代表的な薬剤であり、うつ病や遺尿症の治療に使用されています。この薬剤のカチオン性両親媒性という化学的性質が、ライソゾーム膜に蓄積し、ライソゾーム内の酸性環境を中和することで酵素活性を低下させると考えられています。
ASMD患者においてうつ症状が認められる場合、治療薬の選択は慎重に行う必要があります。可能であれば、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)など、酸性スフィンゴミエリナーゼ活性への影響が少ない抗うつ薬の使用を検討することが望ましいとされています。
三環系抗うつ薬を継続使用している患者にゼンフォザイムを導入する際は、薬剤師と連携し、患者の病状や他の治療選択肢を総合的に評価した上で、最適な治療方針を決定することが重要です。
カチオン性両親媒性抗ヒスタミン薬も重要な併用注意薬剤として挙げられています。具体的には、ロラタジン、デスロラタジン、エバスチン、クレマスチン等が該当し、これらも酸性スフィンゴミエリナーゼの活性を阻害する可能性があります。
ロラタジンは第二世代抗ヒスタミン薬として、アレルギー性鼻炎や蕁麻疹の治療に広く使用されています。デスロラタジンはロラタジンの活性代謝物であり、より長時間作用する特徴があります。エバスチンも同様に第二世代抗ヒスタミン薬として、眠気の副作用が少ないことから日常的に使用される機会の多い薬剤です。
これらの抗ヒスタミン薬は、ASMD患者がアレルギー疾患を併発している場合に処方される可能性が高い薬剤群です。特に季節性アレルギー性鼻炎や通年性アレルギー性鼻炎の患者では、長期間の服用が想定されるため、ゼンフォザイムとの相互作用について十分な注意が必要です。
代替薬として、フェキソフェナジンやセチリジンなど、カチオン性両親媒性の性質が比較的弱い抗ヒスタミン薬の使用を検討することが推奨されます。ただし、これらの薬剤についても完全に相互作用が否定されているわけではないため、定期的な治療効果の評価が重要です。
ゼンフォザイムの適正使用において、併用薬剤の管理は治療成功の重要な要素となります。臨床試験では、42.4%の患者で抗オリプダーゼアルファ抗体の産生が認められ、そのうち28.0%で中和抗体の産生が確認されています。このような免疫反応に加えて、薬物相互作用による治療効果の減弱は、患者の予後に大きな影響を与える可能性があります。
本剤は血液脳関門を通過しないため、中枢神経系症状の改善は期待されません。このため、ASMDの神経症状に対しては対症療法が中心となり、その際に使用される薬剤との相互作用についても十分な検討が必要です。
薬剤師の役割として、処方監査時における相互作用チェックの徹底、患者への服薬指導における注意点の説明、医師との連携による代替薬の提案などが挙げられます。特に、患者が複数の医療機関を受診している場合は、お薬手帳の活用により全ての服用薬剤を把握し、相互作用の可能性を評価することが重要です。
また、ゼンフォザイムの投与に際しては、用量漸増法を用いることが必須とされており、急速な投与によりスフィンゴミエリンの急速な分解に伴うセラミド等の異化代謝産物の蓄積による毒性所見が報告されています。このため、併用薬剤の相互作用に加えて、適切な投与方法の遵守も治療の安全性確保において重要な要素となります。
医療従事者は、ASMDという希少疾患の特性を理解し、患者個々の病状や併存疾患を総合的に評価した上で、最適な薬物療法を提供することが求められています。継続的な知識の更新と、多職種連携による包括的な患者ケアが、ASMD患者の予後改善につながることが期待されます。