ミコフェノール酸(MPA)は、免疫抑制薬として広く使用される薬剤で、その作用機序は非常に特異性が高いことで知られています 。MPAの最も重要な特徴は、イノシン一リン酸デヒドロゲナーゼ(IMPDH)を不競合的、可逆的かつ特異的に阻害することです 。この酵素はde novo経路におけるプリン合成の律速酵素として機能しており、GTPおよびdeoxy GTPの生成に必須です 。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%B3%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%AB%E9%85%B8
リンパ球は他の細胞と異なり、プリン合成をde novo経路に強く依存しているため、MPAによる阻害の影響を特に強く受けます 。この選択性により、MPAはリンパ球の増殖と活性化を効果的に抑制し、Bリンパ球やTリンパ球の活性化が抑制される結果、炎症や免疫系の過剰反応がコントロールされやすくなります 。
参考)https://oogaki.or.jp/hifuka/medicines/mycophenolate-mofetil/
MPAの詳細な薬理学的特性については、こちらをご参照ください
MPAの適応症は多岐にわたり、現在承認されている主な適応症には以下のようなものがあります 。臓器移植分野では、腎移植、心移植、肝移植、肺移植、膵移植における拒絶反応の抑制に広く使用されています 。特に腎移植後の難治性拒絶反応の治療においては、既存の治療薬が無効または副作用等のため投与できない場合の重要な治療選択肢となっています 。
参考)https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00070328
自己免疫疾患分野では、ループス腎炎、造血幹細胞移植における移植片対宿主病の抑制に使用されています 。さらに近年では、ANCA関連血管炎(顕微鏡的多発血管炎、多発血管炎性肉芽腫症、好酸球性多発血管炎性肉芽腫症)ならびに皮膚筋炎、若年性皮膚筋炎に対する保険適用も追加されました 。全身性強皮症に伴う間質性肺疾患も新たに適応となっており、膠原病治療における重要性がますます高まっています 。
参考)https://gemmed.ghc-j.com/?p=59291
ANCA関連血管炎の治療において、MPAは重要な免疫抑制薬として位置づけられています 。顕微鏡的多発血管炎(MPA)や多発血管炎性肉芽腫症(GPA)の寛解導入治療では、重症臓器病変がある、または腎機能障害が軽微でなく、シクロフォスファミドやリツキシマブともに使用できない場合において、グルココルチコイドとミコフェノール酸モフェチルの併用が提案されています 。
参考)https://med.kissei.co.jp/region/anca/c5/tavneos/aav/treatment/
この治療選択は、MPAの安全性プロファイルと効果のバランスを考慮した結果であり、特に感染リスクが高い患者や高齢者において重要な選択肢となります 。寛解維持治療においても、副腎皮質ステロイドに加えてアザチオプリンを併用する標準治療に代わる選択肢として、メトトレキサートやミコフェノール酸モフェチルが用いられることがあります 。
参考)https://www.nanbyou.or.jp/entry/245
ANCA関連血管炎の最新治療ガイドラインについては、こちらで詳しく解説されています
MPAの使用において、副作用の理解と適切な管理は極めて重要です 。最も注意すべき副作用は感染症のリスク増加であり、免疫抑制作用により風邪や肺炎などの感染症にかかりやすくなります 。消化器症状も頻繁に報告される副作用で、下痢(12.0%)、吐き気、胃部不快感などが含まれます 。
参考)http://igakukotohajime.com/2020/09/21/%E3%83%9F%E3%82%B3%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%AB%E9%85%B8%E3%83%A2%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%81%E3%83%AB-mmf-mycophenolate-mofetil/
血液学的副作用として、骨髄抑制による白血球や血小板の減少、ヘマトクリット値減少、ヘモグロビン減少、赤血球数減少が報告されています 。肝機能や腎機能の障害も重要な副作用であり、定期的な血液検査による監視が必要です 。重篤な副作用として、癌リスクの増加、進行性多巣性白質脳症、貧血、胃腸出血などが挙げられており、特に長期使用時には注意深い観察が必要です 。
妊娠中の使用については胎児に害を及ぼす可能性があるため、妊娠の可能性がある女性には十分な注意が必要です 。
MPAの治療効果を最大化し、副作用を最小限に抑えるために、治療薬物モニタリング(TDM)が推奨されています 。MPAのAUC₀₋₁₂が臨床効果や拒絶反応に相関することが明らかになっており、適切な薬物血中濃度管理が治療成功の鍵となります 。代謝速度に個人差が大きい上、血中濃度は腎不全で上昇し併用薬によっては低下するため、血中濃度測定が重要です 。
参考)https://data.medience.co.jp/guide/guide-02110004.html
血中濃度測定には従来LC-MS/MS法やEMIT法が用いられていましたが、現在はPETINIA法による測定が注目されています 。PETINIA法は感度や再現性、特異性において良好な性能を示すものの、15 μg/mL以上の高濃度領域では解釈に注意が必要であることが報告されています 。造血幹細胞移植患者では、MPAの体内動態の個体間・個体内変動が大きく、トラフ値に加えて内服1もしくは2時間後の血中濃度を測定することが推奨されています 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jamt/69/1/69_19-58/_html/-char/ja