日本国内で承認されているフィブリノゲン製剤は、一般社団法人日本血液製剤機構が製造する「フィブリノゲンHT静注用1g『JB』」の1製剤のみです。本製剤は献血で得られた血液の血漿を原料として、Cohnの低温エタノール分画法により高純度に分離精製された乾燥人フィブリノゲンで、1瓶あたり1gのフィブリノゲンを含有しています。薬価は72,367円/瓶(溶解液付)と設定されており、注射用水に溶解して静脈内投与する形態です。
参考)商品一覧 : 血液凝固因子製剤
本製剤の特徴として、フィブリノゲン含有濃度が2.0g/dLと非常に高濃度であり、フィブリノゲン値の上昇効果が極めて優れている点が挙げられます。1本1gを50mLの溶解液で溶かして投与するため、新鮮凍結血漿やクリオプレシピテートと比較して少量で効果的なフィブリノゲン補充が可能です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11169818/
フィブリノゲンは血液凝固因子の一つであり、出血時にトロンビンの作用によってフィブリンとなって血管損傷部に積み重なり止血機能を発揮します。本製剤は人の血液から製造される特定生物由来製品であり、血液を原料とすることに由来する感染症伝播等のリスクを完全に排除することができないため、適正使用が強く求められています。
参考)https://www.mhlw.go.jp/shingi/2003/01/s0110-4c.html
フィブリノゲン製剤の適応症は、歴史的経緯により大きく変化してきました。1998年以降、C型肝炎ウイルス感染被害を受けた経緯から、長らく効能・効果は「先天性無(低)フィブリノゲン血症」に限定されていました。しかし2021年9月に、「産科危機的出血に伴う後天性低フィブリノゲン血症」に対する適応が追加され、保険適用が拡大されました。
参考)https://square.umin.ac.jp/transfusion-kuh/product_2/fib/index.html
先天性無(低)フィブリノゲン血症は、完全欠損である無フィブリノゲン血症と、低下している低フィブリノゲン血症に分類される稀な遺伝性出血性疾患です。これらの患者は生涯にわたり出血性合併症のリスクを抱え、フィブリノゲン製剤による補充療法が必要となります。
参考)https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fmed.2024.1391422/pdf?isPublishedV2=False
産科領域では、常位胎盤早期剥離、羊水塞栓症、前置胎盤、癒着胎盤などが低フィブリノゲン血症を誘発し、産科DICに至るリスクがあります。産科危機的出血は日本の妊産婦死亡の主要な原因であり、フィブリノゲン値が150mg/dL以下に低下した場合、出血傾向が著しく増大します。
参考)https://www.jsog.or.jp/news/pdf/20210910_FBG_shuuchi.pdf
日本産科婦人科学会「フィブリノゲン製剤の適正使用に関して」-適応拡大に伴う使用基準と登録制度の詳細
また、心臓血管外科における大量出血症例や、重症外傷における出血性ショックなど、後天性低フィブリノゲン血症を来す様々な状況での使用が検討されています。欧州では術中大量出血、産科大量出血、重症外傷などが適応疾患として認められており、国際的には幅広い使用実績があります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjtc/63/4/63_625/_pdf
フィブリノゲン製剤の用法・用量は、「注射用水に溶解し、静脈内に注入する。通常1回3gを用いる。なお、年齢・症状により適宜増減する」と定められています。これは血中フィブリノゲン濃度に応じて適宜増減することにより、凝固機能を改善させることができるためです。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/000576729.pdf
投与量の目安として、フィブリノゲン値に応じた段階的な投与指針が提案されています。フィブリノゲン値が100~150mg/dLの場合は3g、50~100mg/dLの場合は3~6g、50mg/dL未満の場合は6~10gの投与が推奨されています。産科領域では、初回投与量として3gを使用し、効果不十分な場合は繰り返し投与が行われており、実際の使用実態調査でも1回あたりの投与量の中央値は3gであることが確認されています。
参考)https://tyuushi-obgyn.jp/kikanshi/vol70_no1/pdf/20.pdf
投与トリガーとして、フィブリノゲン値が150mg/dL未満であることが基本的な基準となります。ただし、150mg/dL以上であっても出血の勢いから低下が予測される場合には投与が考慮されます。特に羊水塞栓などの産科DICや頭部外傷を伴う重症例では、フィブリノゲン値の測定結果を待たずに投与することも推奨されています。
欧州麻酔科学会ガイドラインでは、初回投与量として25~50mg/kg(体重60kgの場合1.5~3g)を推奨しており、本邦の「大量出血症例に対する血液製剤の適正な使用のガイドライン」でも、複雑な心臓血管外科手術では初期用量として50mg/kg程度が推奨されています。
溶解方法については、専用の溶解液(注射用水)を使用し、フィブリノゲンHT瓶を適当な高さに吊り下げて静脈内に注入します。輸液セットは使用せず、直接投与する必要があります。
参考)医療関係者ですか?「はい」「いいえ」|(JB)日本血液製剤機…
産科危機的出血に対するフィブリノゲン製剤の使用は、厳格な施設基準が設定されています。使用施設は総合周産期母子医療センター、地域周産期母子医療センター、または大学病院に限定されており、フィブリノゲン製剤の投与前に血中フィブリノゲン値を測定し、投与基準を確認できる体制が必要です。また投与後のフィブリノゲン値を含む血液凝固因子の推移や副作用について、適切な観察や対応ができる施設であることが求められます。
参考)お知らせ
適正使用を推進するため、日本産科婦人科学会による使用例の全数登録制が導入されています。フィブリノゲン製剤を使用した症例については学会への登録が義務付けられており、使用例に生じた副作用については日本血液製剤機構に報告する必要があります。適応外使用に対しては学会が患者背景などの解析を行い、適正な使用でないと判断された場合には注意喚起が行われます。
参考)フィブリノゲン製剤の適正使用に向けた調査に関するご協力のお願…
投与基準の明確化として、原則としてフィブリノゲン値が150mg/dLを下回ることを確認するまでは、新鮮凍結血漿もしくはクリオプレシピテートによる凝固因子の補充を行うことが推奨されています。これは本剤が人血液由来であり限りある資源であること、また他の血液製剤でも一定の効果が得られることを考慮した方針です。
例外的に、持続する危機的出血で患者の生命に危険を及ぼすと判断される場合には、検査結果を待たずにフィブリノゲン製剤の投与を行うことが許容されています。この判断は経験豊富な医師による臨床的評価に基づいて行われます。
参考)http://www.jsognh.jp/common/files/literature/20240701report.pdf
厚生労働省「後天性低フィブリノゲン血症における乾燥人フィブリノゲンの使用に当たっての留意事項」-公知申請に関する詳細資料
フィブリノゲン製剤の重大な副作用として、アナフィラキシーショックと血栓塞栓症が知られています。アナフィラキシーショックでは呼吸困難、喘鳴(ヒューヒュー音)、胸内苦悶などの症状が出現する可能性があり、投与中は患者の状態を注意深く観察する必要があります。血栓塞栓症では局所の痛み、圧痛、紅斑などの症状が認められることがあります。
参考)くすりのしおり : 患者向け情報
本製剤は特定生物由来製品であり、人血液を原料としていることに由来する感染症伝播のリスクを完全に排除することができません。製造工程では様々なウイルス不活化処理が施されていますが、未知の病原体に対する安全性は保証されていないため、投与の必要性を慎重に判断する必要があります。
参考)フィブリノゲン製剤 | 一般社団法人 日本血栓止血学会 用語…
過去には1964年から1994年まで製造販売されていたフィブリノゲン製剤により、多数のC型肝炎ウイルス感染被害が発生しました。この歴史的経緯から、現在では厳格な製造管理とトレーサビリティの確保が行われており、患者への十分な説明と同意取得が義務付けられています。
参考)https://www.jbpo.or.jp/med/di/contents/fib/01/
使用に際しては、投与記録の作成と20年間の保存が求められており、副作用が疑われる場合には速やかに医薬品医療機器総合機構(PMDA)への報告が必要です。また、国の安定供給体制を維持するため、適正使用の遵守が強く求められています。
フィブリノゲン製剤投与後は、フィブリノゲン値だけでなく、PT、APTT、血小板数などの凝固系検査を総合的に評価し、過剰投与による血栓症リスクにも注意を払う必要があります。特に産科DICでは、凝固因子の補充と同時に抗凝固療法の必要性も考慮する必要があります。
参考)https://yuketsu.jstmct.or.jp/wp-content/uploads/2019/02/065010021.pdf
フィブリノゲン補充には、フィブリノゲン濃縮製剤の他に、新鮮凍結血漿(FFP)やクリオプレシピテート(冷凍沈殿製剤)があります。それぞれの製剤には特徴があり、臨床状況に応じて適切に使い分ける必要があります。
| 製剤 | フィブリノゲン含有量 | 利点 | 欠点 |
|---|---|---|---|
| フィブリノゲン濃縮製剤 | 2.0g/dL(1瓶1g) | 高濃度で効果的、少量投与可能、ウイルス不活化処理済み |
高価、供給量が限られる、人血液由来のリスク |
| 新鮮凍結血漿(FFP) | 0.2~0.4g/dL | 各種凝固因子を含む、比較的入手しやすい | 大量投与が必要、循環負荷のリスク、効果が不十分 |
| クリオプレシピテート | 1.0~2.0g/dL | フィブリノゲン含有量が多い、第VIII因子も含む | 国内では供給体制が限定的 |
臨床的には、まず新鮮凍結血漿またはクリオプレシピテートによる補充を試み、フィブリノゲン値が150mg/dL未満に低下した場合にフィブリノゲン濃縮製剤の使用を考慮する段階的アプローチが推奨されています。これは限りある血液資源の有効活用と、医療経済的な観点からも重要な方針です。
海外の研究では、複雑な心臓血管外科手術において、フィブリノゲン濃縮製剤を使用することで同種血製剤の使用量が減少し、出血量の低減効果が示されています。また、先天性フィブリノゲン欠乏症患者における手術前後の予防的投与においても、安全性と有効性が確認されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9804641/
産科危機的出血では、迅速なフィブリノゲン補充が母体救命に直結するため、フィブリノゲン濃縮製剤の早期投与が転帰改善につながる可能性が報告されています。2021年の保険適用拡大後の全国調査では、フィブリノゲン製剤の使用により産科転帰が改善したことが示されています。
組織接着剤として使用されるフィブリン糊にもフィブリノゲンが含まれていますが、こちらは止血や組織接着を目的とした局所使用製剤であり、全身性の低フィブリノゲン血症の治療に用いるフィブリノゲン静注製剤とは用途が異なります。
参考)組織接着剤の種類と特徴 一般社団法人日本血液製剤協会
日本輸血・細胞治療学会「大量出血症例に対する血液製剤の適正な使用のガイドライン」-フィブリノゲン製剤を含む包括的な輸血指針