プレフレイルと判定された高齢者の約40%は、1年以内に要介護状態へ移行するリスクを持っています。
フレイルという概念は、2001年にFriedらが発表したCHS基準(Cardiovascular Health Study基準)から始まりました。Friedらは体重減少・疲労感・活動量低下・歩行速度低下・握力低下の5項目を診断基準とし、3項目以上に該当する場合を「フレイル」、1〜2項目該当を「フレフレイル前段階(プレフレイル)」と定義しました。つまりフレイル評価の出発点は20年以上前の研究です。
この国際基準をそのまま日本人に適用することには課題がありました。日本人高齢者の体格や生活習慣の違いを考慮し、国立長寿医療研究センター(NCGG)の研究班が「日本版CHS基準(J-CHS基準)」を作成しました。特筆すべき点は、疲労感の評価に厚生労働省の「基本チェックリスト」の設問を採用するなど、日本の医療・介護現場で実際に活用されているツールと連携させた点です。これは使えます。
その後、2020年にJ-CHS基準は改定されました。改定を主導したのはNCGGの佐竹昭介氏・荒井秀典氏らのチームで、Geriatr Gerontol Int誌(2020年20巻10号)に掲載されています。この改定の最大のポイントは、握力のカットオフ値の変更です。改定前は「男性26kg未満、女性18kg未満」でしたが、改定後は「男性28kg未満、女性18kg未満」となりました。男性のカットオフが2kg引き上げられたということです。
これはAWGS2019(アジアサルコペニアワーキンググループ2019年版)のサルコペニア診断基準と統一を図ったためで、サルコペニアとフレイルを同一の握力基準で評価できるようになりました。現場での混乱を避けるためにも、旧基準と新基準の違いをチームで共有することが基本です。
| 項目 | 評価基準(2020年改定J-CHS基準) |
|---|---|
| ①体重減少 | 6か月で2kg以上の意図しない体重減少(基本チェックリスト#11) |
| ②筋力低下 | 握力:男性28kg未満 / 女性18kg未満 |
| ③疲労感 | 「ここ2週間、わけもなく疲れたような感じがする」(基本チェックリスト#25) |
| ④歩行速度 | 通常歩行速度1.0m/秒未満 |
| ⑤身体活動 | 「軽い運動・体操」「定期的な運動・スポーツ」どちらも週1回未満 |
判定は「3項目以上→フレイル」「1〜2項目→プレフレイル」「0項目→ロバスト(健常)」の3分類です。
参考:国立長寿医療研究センターによる2020年改定J-CHS基準の原文PDF。各項目の正確な評価基準と出典論文を確認できます。
2020年改定 日本版CHS基準(J-CHS基準)|国立長寿医療研究センター
5項目のうち、特に測定精度にばらつきが出やすいのが「歩行速度」と「握力」の2つです。この2点が条件です。
歩行速度については、「通常歩行速度1.0m/秒未満」という基準を日常場面で確認するヒントとして、横断歩道が使えます。日本の横断歩道は、秒速1.0mで歩けば青信号の間に渡りきれるように設計されています。つまり、横断歩道を渡り始めて途中で点滅が始まる患者さんは、歩行速度が1.0m/秒を下回っている可能性があるということです。外来での問診に「信号の途中で焦ることがありますか?」と加えるだけで、スクリーニングの手がかりになります。
正確な測定には、4メートルまたは6メートルの歩行路を設定して計時する方法が標準的です。加速・減速区間を除いた中間区間を計測し、2回計測の平均値を用います。病院の廊下にマーキングをしておくと、外来・病棟いずれでも簡便に実施できます。これが実践的です。
握力については、デジタル握力計を用いて左右各2回、合計4回計測し、最大値を採用するのが一般的です。ただし、脳卒中後の片麻痺、関節リウマチ、手指の外傷など、手・指に障害を持つ患者さんには通常どおり評価できない点に注意が必要です。こうした場合は、歩行速度や体重減少など他の項目を中心に評価することになります。
参考:ナース専科によるJ-CHS基準の評価方法と看護への活用。測定手技と評価後の対応が簡潔にまとめられています。
日本の65歳以上高齢者のうち、フレイルに該当するのは8.7%です。これは東京都健康長寿医療センター研究所らによる2020年の全国規模の訪問調査で明らかになった数字です。一方、プレフレイルに該当する割合は40.8%にのぼります。
この数字が示す現実は、外来や病棟で接している高齢患者さんの約4割はすでにプレフレイルである可能性があるということです。「まだ元気だから大丈夫」と思っている患者さんの多くが、実はフレイルの一歩手前にいます。意外ですね。
さらに年齢別に見ると、75歳以上でフレイル割合が著しく上昇します。85歳以上では約35%がフレイルに該当するとされており、後期高齢者診療においてはほぼ全患者にJ-CHS基準による評価を実施する意義があります。
プレフレイルが重要な理由はもう一つあります。フレイルは「可逆性」を持つ状態だからです。フレイルの段階、特にプレフレイルの段階では、適切な介入(運動療法・栄養管理・社会参加など)によって健常な状態への回復が可能です。一方、明らかな機能障害(要介護状態)に至ってしまうと、回復は格段に困難になります。回復できる段階での介入が原則です。
2020年度から開始された「後期高齢者の保健事業と介護予防の一体的実施」においても、J-CHS基準はフレイル判定の至適基準として位置づけられています。自治体の健康診査で用いられる「後期高齢者の質問票」(15項目)のフレイル関連12項目が4項目以上陽性の場合、フレイルの可能性があるとされており、その精度検証にもJ-CHS基準が用いられました。
| 判定区分 | 65歳以上全体の割合(2020年全国調査) | 85歳以上での割合 |
|---|---|---|
| フレイル | 8.7% | 約35% |
| プレフレイル | 40.8% | (加齢に伴い増加) |
| ロバスト(健常) | 50.5% | (加齢に伴い減少) |
参考:東京都健康長寿医療センター研究所による「日本人高齢者全体のフレイル割合は8.7%」のプレスリリース。全国規模の訪問調査データが確認できます。
J-CHS基準が評価するのは、あくまでも「身体的フレイル」です。この点は強調しておく必要があります。
フレイルという概念はもともと多面的なものです。身体的フレイルのほか、認知機能の低下や抑うつなどの「精神・心理的フレイル」、独居や社会的孤立を含む「社会的フレイル」の3つが、互いに負の連鎖を起こしながらフレイルを悪化させます。J-CHS基準でスコアが0点だったからといって、認知機能や社会参加の面で問題がないとは言えません。つまりJ-CHS基準は、フレイル全体像の入り口です。
研究でも、認知症患者の約7割がフレイルまたはプレフレイルに該当するとされており、認知的フレイルと身体的フレイルの重複が予後に大きく影響することがわかっています。さらに社会的フレイルに該当する高齢者は、そうでない高齢者と比較して要介護となるリスクが1.66倍、死亡リスクが2.69倍と報告されています。
こうした多面的な評価を一人の医療者が担うことには限界があります。この点が多職種連携の理由です。医師がJ-CHS基準で身体的フレイルを評価し、看護師が日常生活上の疲労感・体重変化を継続観察し、理学療法士が歩行速度・筋力を定期的に測定、管理栄養士が体重減少の背景にある栄養問題にアプローチ、そしてソーシャルワーカーが社会的孤立のリスクを把握する。このような役割分担が、精度の高いフレイル評価と介入につながります。
多職種での情報共有には、電子カルテへのフレイル評価結果の記録が有効です。J-CHS基準の各項目スコアをテンプレートとして登録しておくと、定期的な再評価と状態変化の追跡が容易になります。これはすぐに取り入れられます。
参考:健康長寿ネット(公益財団法人長寿科学振興財団)によるフレイルの診断方法の解説。基本チェックリストや市民向けフレイルチェックとの関連も確認できます。
フレイルの診断|健康長寿ネット(公益財団法人長寿科学振興財団)
フレイルと診断された後に何をすべきか。ここが現場の医療従事者にとって最も実践的な問いです。
まず強調すべきことは、フレイルは「治療できる状態」であるという点です。特にプレフレイルの段階では、介入による回復の可能性が高いことが複数の研究で示されています。日本老年医学会の報告でも、「フレイルには適切な介入により再び健常な状態に戻すという可逆性が包含されている」と明記されています。回復できると知ることが、患者さんへの動機づけにもなります。
運動介入については、レジスタンストレーニング(筋力強化運動)と有酸素運動の組み合わせが最もエビデンスが豊富です。週2〜3回、1回30分程度の運動が推奨されます。椅子から立ち上がるスクワット動作やつま先立ちなど、道具を使わない自重運動も効果的です。「週1回未満」から「週2回以上」に引き上げるだけで、J-CHS基準の身体活動項目の改善につながります。
栄養管理では、たんぱく質の十分な摂取が重要です。高齢者に推奨されるたんぱく質摂取量は体重1kgあたり1.0〜1.2g/日とされており、例えば体重50kgの高齢者なら1日50〜60gのたんぱく質が目安です。鶏もも肉100g(約17g)、卵1個(約6g)、牛乳200mL(約7g)などを組み合わせて確保することが現実的です。
社会参加については、地域のサロンやデイサービス、ボランティア活動など、月2回以上の外出機会を確保することが目標になります。2015年度から全国展開が始まった「フレイルチェック事業」では、市民ボランティアが主体となってフレイルチェックを実施し、半年ごとのフォローアップを行っています。こういった地域資源との連携を積極的に活用することも有効な選択肢です。
フレイルと診断された患者さんへの説明で重要なのは、「フレイルは老化の当然の結果ではなく、対処できる状態である」というメッセージを明確に伝えることです。「もう年だから仕方がない」という諦めを持っている高齢者は少なくありません。フレイルの可逆性を伝え、具体的な目標(例:1か月後の握力を2kg増やす)を設定することが、患者さんのアドヒアランス向上につながります。
フレイルの悪循環(サルコペニア→活動低下→低栄養→さらなるサルコペニア)を断ち切るためには、運動と栄養の両面からアプローチすることが条件です。どちらか一方だけでは不十分である点も、患者指導の際に伝えると理解が深まります。
参考:厚生労働省によるフレイル予防の特集ページ。フレイルの定義と予防の3本柱(運動・栄養・社会参加)についての公的情報が確認できます。