吸入麻酔薬種類一覧
現在使用される主要な吸入麻酔薬
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セボフルラン
甘い香りを持つフッ素化メチルイソプロピルエーテル、効果発現と消失が速い
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デスフルラン
最も効果発現と消失が迅速だが気道刺激性が強い
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笑気ガス(亜酸化窒素)
歯科や美容外科で使用頻度が高い無色無臭のガス
吸入麻酔薬の現在使用される主要種類
現在の医療現場で主に使用されている吸入麻酔薬は4つの主要カテゴリに分類されます。これらの薬剤は、それぞれ異なる特性を持ち、手術の種類や患者の状態に応じて選択されています。
ガス性吸入麻酔薬
- 亜酸化窒素(笑気ガス):無色・無臭・無味のガスで、血液/ガス分配係数が0.47と低く、効果発現が速やかです
- 薬価は3.2〜3.6円/gと比較的安価で、歯科や美容外科で頻繁に使用されています
- MAC値は104と他の吸入麻酔薬と比較して非常に高い特徴があります
揮発性吸入麻酔薬
- セボフルラン:フッ素化されたメチルイソプロピルエーテルで、甘い香りを持ちます
- 先発品(セボフレン)の薬価は27.2円/mL、後発品は25.8円/mLです
- 血液/ガス分配係数は0.65で、MAC値は2.05と適度な麻酔強度を示します
- イソフルラン:ハロゲン化エーテルの一種で、脳保護作用が強いことが特徴です
- 薬価は23.8円/mLで比較的安価な設定となっています
- 血液/ガス分配係数は1.4、MAC値は1.15と中程度の効果を示します
- デスフルラン:フッ素化されたメチルエチルエーテルで、最も効果発現と消失が迅速です
- 気道刺激性が強いため、導入時に注意が必要とされています
これらの薬剤は、呼吸器から吸収され作用を発現し、主に呼吸器から排出される特性を持っています。笑気以外は標準状態で液体であり、使用するには専用の気化器が必要となります。
吸入麻酔薬の特徴と作用機序
吸入麻酔薬の作用機序は、現在でも完全には解明されていない興味深い分野です。しかし、各薬剤の特性については詳細な研究データが蓄積されています。
血液/ガス分配係数の重要性
血液/ガス分配係数は、麻酔薬の効果発現と消失の速さを決定する重要な指標です。
- 笑気:0.47(最も速い)
- セボフルラン:0.65
- イソフルラン:1.4
- ハロタン:2.5(過去に使用)
この数値が低いほど、麻酔の導入と覚醒が速やかになります。現在使用されている薬剤の中では、笑気とセボフルランが特に優秀な特性を示しています。
MAC値による麻酔強度の比較
最小肺胞濃度(MAC)は、50%の患者で皮膚切開に対する体動を阻止するのに必要な肺胞内濃度を示します。
- 笑気:104%(非常に高い)
- セボフルラン:2.05%
- イソフルラン:1.15%
- ハロタン:0.74%(過去に使用)
臓器系への影響
各薬剤は異なる臓器系への影響を示します。
- 鎮痛作用:笑気のみ有り、他の揮発性麻酔薬はなし
- 呼吸抑制:笑気はなし、揮発性麻酔薬は有り
- 循環抑制:揮発性麻酔薬では血圧低下や心拍出量低下が見られます
- 筋弛緩作用:軽度から中度の効果を示します
作用機序の現状
最新の研究では、セボフルランの麻酔作用において前頭部と頭頂部の皮質部領域および視床核の間で機能的な相互作用が損なわれることが報告されています。しかし、具体的な分子レベルでの作用機序については、今後の研究の発展が期待されています。
吸入麻酔薬の薬価と医療経済効果
医療現場における薬剤選択において、薬価は重要な検討要素の一つです。2025年5月現在の薬価基準に基づく吸入麻酔薬の価格情報を詳しく分析します。
揮発性麻酔薬の薬価比較
セボフルラン系薬剤。
- セボフレン吸入麻酔液(先発品・丸石製薬):27.2円/mL
- セボフルラン吸入麻酔液「ニッコー」(後発品・日興製薬):25.8円/mL
- セボフルラン吸入麻酔液「VTRS」(後発品・ヴィアトリス):25.8円/mL
イソフルラン系薬剤。
- イソフルラン吸入麻酔液「VTRS」(後発品・ヴィアトリス):23.8円/mL
その他の揮発性麻酔薬。
- スープレン吸入麻酔液(先発品・バクスター):37.8円/mL
ガス性麻酔薬の薬価
亜酸化窒素(笑気)製品。
- アネスタ(星医療酸器):2.5円/g
- マルワ亜酸化窒素(和歌山酸素):3.2円/g
- 液化亜酸化窒素(日産化学・日本エア・リキード):3.6円/g
- 小池笑気(小池メディカル):3.2円/g
医療経済学的考察
薬価の差異は医療機関の経営に直接影響します。例えば、セボフルランの先発品と後発品では1mLあたり1.4円の差があり、大規模な手術件数を扱う病院では年間数十万円から数百万円のコスト差が生じる可能性があります。
また、笑気は重量単位での価格設定となっており、揮発性麻酔薬と比較して大幅に安価です。これは歯科診療所や美容外科クリニックでの使用頻度が高い理由の一つとなっています。
薬剤選択時には、薬価だけでなく、手術時間、患者の覚醒の速さ、副作用の程度など総合的な医療コストを考慮することが重要です。短時間手術では覚醒の速いセボフルランが、長時間手術ではイソフルランが経済的に有利な場合があります。
過去に使用された吸入麻酔薬一覧
医学の進歩とともに、安全性や効果の問題から使用されなくなった吸入麻酔薬も多数存在します。これらの歴史を理解することは、現在使用されている薬剤の優位性を理解する上で重要です。
肝毒性により廃止された薬剤
ハロタン。
- 1990年代まで広く使用されていましたが、重篤な肝障害のリスクにより使用されなくなりました
- MAC値は0.74と強力な麻酔効果を示していましたが、生体内代謝率が20%と高く、代謝産物による肝毒性が問題となりました
- 特に反復暴露により致命的な肝壊死を引き起こすハロタン肝炎のリスクが指摘されていました
クロロホルム。
- 歴史上最も古い吸入麻酔薬の一つですが、不整脈、肝毒性、腎毒性のために廃止されました
- 19世紀後半から20世紀前半にかけて使用されていましたが、安全性の問題が顕在化しました
腎毒性により廃止された薬剤
メトキシフルラン。
- 代謝産物による腎毒性のため使用されなくなりました
- 特に無機フッ素イオンの蓄積により腎機能障害を引き起こすリスクが高いとされていました
エンフルラン。
- 代謝産物の腎毒性に加え、痙攣誘発作用があるため廃れました
- 脳波異常や筋けいれんを引き起こす可能性が指摘されていました
引火性により廃止された薬剤
ジエチルエーテル。
- 麻酔薬として最初に実用化された薬剤の一つですが、引火性、刺激臭、導入・覚醒の遅さのために廃れました
- 手術室での電気メスの使用が一般的になるにつれ、爆発のリスクが問題となりました
シクロプロパン。
- 強力な麻酔効果を示しましたが、引火性のため使われなくなりました
- 特に酸素との混合ガスは爆発性が高く、安全管理が困難でした
フルロキセン。
- 臓器毒性や引火性のため使われなくなりました
- 比較的短期間の使用で安全性の問題が明らかになりました
これらの歴史的経緯を踏まえると、現在使用されている吸入麻酔薬がいかに安全性と有効性のバランスが取れているかが理解できます。
吸入麻酔薬使用時の注意点と副作用
吸入麻酔薬の安全な使用には、各薬剤の特性を理解し、適切な監視体制を整えることが不可欠です。
共通する重要な副作用
呼吸抑制。
- 揮発性麻酔薬(セボフルラン、イソフルラン、デスフルラン)は中枢性の呼吸抑制を引き起こします
- 全身麻酔時には必ず気管挿管し、人工呼吸器での呼吸サポートが必要です
- 笑気は呼吸抑制作用がないため、歯科診療などで単独使用されることがあります
循環系への影響。
- 血圧低下や心拍出量の減少が見られます
- 特に高齢者や循環器疾患を有する患者では慎重な監視が必要です
- バイタルサイン(血圧、心拍数、酸素飽和度)の持続的なモニタリングが必須です
薬剤別の特有の注意点
笑気(亜酸化窒素)の禁忌。
- 気胸患者では気胸の悪化リスクがあるため禁忌です
- 腸閉塞患者では腸管拡張の悪化により使用禁忌となります
- 中耳炎や副鼻腔炎など、閉鎖腔を有する疾患では注意が必要です
デスフルランの特殊性。
- 気道刺激作用が強いため、喘息患者や呼吸器疾患患者では使用を避けるべきです
- 導入時の咳嗽や喉頭痙攣のリスクがあるため、他の薬剤での導入後に使用することが推奨されます
悪性高熱症のリスク
すべての揮発性麻酔薬は悪性高熱症の引き金となる可能性があります。
- 体温上昇、筋硬直、頻脈、高炭酸ガス血症などの症状に注意
- 家族歴や既往歴の確認が重要
- 発症時の緊急対応プロトコルの準備が必要
麻酔深度の管理
- 術中覚醒防止のため、BIS(Bispectral Index)モニターによる脳波解析が有用です
- 適切な麻酔深度の維持により、術中覚醒と過麻酔の両方を防ぐことができます
- 年齢、体重、併用薬剤に応じたMAC値の調整が必要です
併用薬剤との相互作用
バランス麻酔法では、オピオイドや筋弛緩薬との併用により、各薬剤の使用量を減らし副作用を軽減できます。しかし、薬剤間の相互作用により予期しない効果が現れる可能性もあるため、十分な知識と経験が求められます。
現在使用されている吸入麻酔薬は、過去の薬剤と比較して格段に安全性が向上していますが、適切な使用法と監視体制なしには重篤な合併症を引き起こす可能性があります。医療従事者は最新の知見に基づいた安全管理を心がける必要があります。
KEGG MEDICUS - 吸入麻酔薬の最新薬価情報
日本麻酔科学会 - 麻酔薬使用ガイドライン