全身麻酔薬の種類と一覧
全身麻酔薬の主要分類
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吸入麻酔薬
気道を介して投与し、肺胞から血液に取り込まれて脳に作用する麻酔薬
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静脈麻酔薬
静脈内に直接注射して投与する麻酔薬で、速やかな効果発現が特徴
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併用療法
鎮痛・鎮静・筋弛緩の3要素を組み合わせた全身麻酔管理
全身麻酔薬の基本分類と特徴
全身麻酔薬は投与経路によって大きく吸入麻酔薬と静脈麻酔薬に分類されます。全身麻酔の3つの基本概念である鎮痛・鎮静・筋弛緩を実現するため、これらの薬剤が単独または組み合わせて使用されています。
吸入麻酔薬は気道を介して投与され、肺胞から血液に取り込まれて全身を循環し、脳の中枢神経系に作用します。一方、静脈麻酔薬は点滴ラインを通じて直接血管内に注入され、より迅速な効果発現が期待できます。
興味深いことに、吸入麻酔薬の意識レベル低下をもたらす分子細胞標的は未だに完全には解明されていません。これは現代医学において残された謎の一つとして注目されています。
麻酔薬選択の基本指標
- 血液/ガス分配係数:効果発現・消失の速さを示す指標
- MAC(最小肺胞濃度):麻酔効果の強さを表す数値
- 副作用プロファイル:心血管系・呼吸器系への影響
吸入麻酔薬の種類と薬価一覧
現在の臨床現場で使用される主要な吸入麻酔薬とその薬価情報を以下に示します。
セボフルラン
- 先発品:セボフレン吸入麻酔液 27.2円/mL
- 後発品:セボフルラン吸入麻酔液「ニッコー」「VTRS」 25.8円/mL
- 特徴:甘い香りを持ち、デスフルランに次いで効果発現・消失が速い
- 血液/ガス分配係数:0.6(とても速い)
- MAC:1.71
デスフルラン
- 薬価:37.8円/mL(スープレン吸入麻酔液)
- 特徴:最も効果発現と消失が迅速だが、気道刺激性が強い
- 血液/ガス分配係数:情報なし(ただし最速とされる)
イソフルラン
- 先発品情報なし、後発品:イソフルラン吸入麻酔液「VTRS」 23.8円/mL
- 特徴:動物に対しても使用可能、脳保護作用が強い
- 血液/ガス分配係数:1.3(速い)
- MAC:1.40
亜酸化窒素(笑気)
- 薬価:2.5円/g~3.6円/g(製品により異なる)
- 特徴:鎮痛作用が強いが麻酔作用が弱く、歯科や美容外科で多用
- 血液/ガス分配係数:0.4(とても速い)
- MAC:105
各吸入麻酔薬の作用特性を比較すると、セボフルランは麻酔作用・鎮痛作用・筋弛緩作用すべてにおいて優れた効果を示し(+++/++/+++)、イソフルランも同様の特性を持ちます。一方、亜酸化窒素は鎮痛作用は強い(++)ものの、麻酔作用は弱く(+)、筋弛緩作用はありません(−)。
静脈麻酔薬の種類と作用機序
静脈麻酔薬は作用機序により複数のカテゴリーに分類され、それぞれ特徴的な薬理作用を示します。
プロポフォール
- 薬価:1%ディプリバン注キット 2234円/200mg20mL1筒
- 作用機序:GABAA受容体の作用を増強
- 特徴:超短時間作用型で麻酔導入・覚醒が速い、体内蓄積が少なく悪心・嘔吐が少ない
- 投与後約10秒で鎮静効果、投与中止後約10分で意識回復
ミダゾラム
- 分類:ベンゾジアゼピン誘導体
- 作用機序:GABAA受容体の作用を増強
- 特徴:投与後10秒~2分以内の鎮静効果、依存性・離脱症状のリスクあり
ケタミン
- 分類:解離性麻酔薬(麻薬指定)
- 作用機序:NMDA受容体に対する非競合的拮抗作用
- 特徴:強い鎮静作用と意識の解離状態をもたらす
- 排泄半減期:2.17時間
フェンタニル系薬剤
- レミフェンタニル:超短時間作用性の合成麻薬、全身麻酔薬の併用必須
- フェンタニル:レミフェンタニルより濃度低下が緩やか、術後鎮痛・ICU・緩和医療で頻用
- 薬価:デュロテップMTパッチ 1649.6円~9294.8円/枚(用量により変動)
バルビツール酸系
- チオペンタール:脳幹網様体賦活系の抑制作用、脂溶性が高く脂肪組織に蓄積しやすい
- ラボナール:注射用0.3g 750円/管、0.5g 919円/管
筋弛緩薬
- ロクロニウム:アミノステロイドの非脱分極性神経筋遮断薬、骨格筋弛緩効果
全身麻酔薬の選択基準と使い分け
麻酔薬の選択は患者の状態、手術の種類、麻酔管理の目標によって決定されます。以下の要因を総合的に判断して最適な薬剤を選択することが重要です。
手術部位・時間による選択
- 短時間手術:効果発現・消失の速いセボフルラン、デスフルラン
- 長時間手術:蓄積性の少ないプロポフォール持続投与
- 脳神経外科手術:脳保護作用の強いイソフルラン
- 心臓血管手術:血行動態への影響を考慮した薬剤選択
患者背景による考慮事項
- 小児患者:気道刺激性の少ないセボフルラン
- 高齢者:代謝・排泄機能を考慮した用量調整
- 肝・腎機能障害:代謝経路に応じた薬剤選択
- アレルギー歴:過敏反応のリスク評価
特殊な状況での使い分け
- ICU鎮静:静脈麻酔薬(プロポフォール、ミダゾラム)
- 日帰り手術:覚醒の速いセボフルラン、プロポフォール
- 気管支鏡検査:解離性麻酔のケタミン
- 疼痛管理:フェンタニル系薬剤の併用
経済性の考慮
後発品の使用により薬剤費を削減できる場合があります。例えば、セボフルランでは先発品27.2円/mLに対し後発品25.8円/mL、イソフルランでは後発品23.8円/mLとなっており、医療経済的な観点からも薬剤選択の重要な要素となります。
神経遮断性麻酔の特殊な応用
ドロペリドール・フェンタニル合剤(50:1)は神経遮断性麻酔に使用され、呼びかけには応答できる程度の意識を保ちながら手術可能な無痛状態を得ることができます。この手法は特定の手術や検査において有用な選択肢となります。
麻酔薬投与時の注意点とモニタリング
全身麻酔薬の使用には重篤な副作用のリスクが伴うため、適切なモニタリングと安全管理が不可欠です。
主要な副作用と対策
- 血圧低下:血管作用薬の準備、適切な輸液管理
- 呼吸抑制:必須の気管挿管と人工呼吸器による呼吸サポート
- 心血管系への影響:持続的な血行動態監視
- 悪性高熱症:疑いがある場合の緊急対応プロトコル
必須のモニタリング項目
- 心電図:不整脈の早期発見
- 血圧:非観血的または観血的血圧測定
- 酸素飽和度:パルスオキシメトリー
- 呼気CO2濃度:カプノグラフィー
- 体温:悪性高熱症の監視
特殊な状況での注意事項
亜酸化窒素使用時には酸素欠乏症のリスクがあるため、吸気中酸素濃度を20%以上に保つ必要があります。また、ハロセンなど心筋の被刺激性を高める全身麻酔薬との併用時には、不整脈のリスクが増加するため特に注意が必要です。
薬剤相互作用への対応
局所麻酔薬との併用時には、心血管系への相加作用に注意が必要です。特にエピネフリンを含む局所麻酔薬との併用では、ハロセン系麻酔薬が心筋の被刺激性を高めるため、心室性不整脈のリスクが増加します。
ICUでの長期鎮静管理
ICUや各種検査室では余剰麻酔ガスを排出する装置が設置されていない施設が多いため、気化麻酔薬は使用せず静脈麻酔薬による鎮静を行います。長期使用時には薬剤の蓄積性や離脱症状に注意が必要です。
緊急時対応の準備
- 拮抗薬の常備:ナロキソン(オピオイド拮抗薬)、フルマゼニル(ベンゾジアゼピン拮抗薬)
- 気道確保器具:困難気道への対応
- 循環作動薬:血行動態異常への対応
- 除細動器:致死的不整脈への対応
現代の麻酔管理では、これらの安全対策を講じることで、全身麻酔薬の有益性を最大化しながらリスクを最小限に抑えることが可能となっています。医療従事者は各薬剤の特性を十分理解し、患者の安全を最優先とした麻酔管理を実践することが求められます。