膜性腎症は、糸球体基底膜(GBM)の上皮下に免疫複合体が沈着することで発症する糸球体疾患です。病理学的には電子顕微鏡所見に基づくEhrenreich-Churg分類により4つのステージに分類され、各ステージの特徴を理解することは適切な診断と治療方針の決定において極めて重要です。
ステージI期は膜性腎症の最初期段階で、糸球体基底膜の上皮下に小さな散在性の高電子密度沈着物(EDD:electron dense deposit)を認めます。この段階では基底膜の肥厚は見られません。光学顕微鏡では基底膜上皮下のdepositが赤色調に染まるMasson染色で確認できますが、明瞭な形態変化は認めません。
臨床的には無症候性蛋白尿として発見されることが多く、ネフローゼ症候群を呈することは稀です。患者の約30%は自然寛解する可能性があるため、この段階では積極的な免疫抑制療法は行わず、ACE阻害薬やARBを用いた保存療法が推奨されます。
初期診断時にステージIが発見された場合、定期的な尿検査と腎機能モニタリングにより病勢の進行を注意深く観察することが重要です。蛋白尿の増加や腎機能低下の兆候が見られた場合、速やかに次の治療ステップへの移行を検討する必要があります。
ステージII期では上皮下のEDDの数と大きさが著明に増加し、沈着したEDDの間から糸球体基底膜基質(spike)が形成されるようになります。この段階では基底膜の肥厚が強く認められ(++)、PAM染色でGBMのスパイクや空胞状変化が明瞭に観察できます。
電子顕微鏡では、depositの周囲からspike formationと呼ばれる基底膜の突出が特徴的に見られます。これは膜性腎症の診断において極めて重要な所見で、他の糸球体疾患との鑑別診断の根拠となります。
臨床的にはこの段階でネフローゼ症候群を呈することが多く、浮腫、高度蛋白尿(3.5g/日以上)、低アルブミン血症が認められます。ステロイド治療の適応となる段階で、プレドニゾロン0.6〜0.8mg/kg/日の初期治療が推奨されます。治療反応性を評価し、4週間以上で寛解に至らない場合は免疫抑制薬の併用を検討します。
ステージIII期では上皮下のEDDが基底膜内に陥入し、基底膜は強い肥厚(++)を示します。同時に電子密度が低下した沈着物(ELD:electron lucent deposit)も出現し、PAM染色では基底膜の二重化像や鎖状変化が特徴的に観察されます。
この段階は膜性腎症の活動期から修復期への移行期と考えられ、depositの wash out が始まる時期でもあります。発症から1〜2年でこの段階に至ることが多く、病理学的には最も複雑な変化を示します。
治療面では、この段階に達した症例は治療抵抗性を示すことが多く、ステロイド単独療法では不十分な場合が大部分です。シクロスポリンやシクロホスファミドなどの免疫抑制薬との併用療法が必要になることが多く、治療期間も長期化する傾向があります。
特にheterogenousタイプ(depositの新旧や大きさが不均一)の場合、予後が悪いことが知られており、より積極的な治療介入が必要です。
ステージIV期は膜性腎症の最終段階で、ELDや沈着物の残留物が肥厚した基底膜内に認められます。経過とともに基底膜肥厚は軽快する傾向を示し、この段階では修復過程が主体となります。
基底膜内にdepositが完全に吸収され、電子密度が低下した所見が特徴的です。光学顕微鏡では基底膜の不規則な肥厚が残存しますが、活動性の炎症所見は軽微になります。
臨床的には蛋白尿は軽減傾向を示しますが、完全に正常化することは少なく、0.5〜3.5g/日程度の持続性蛋白尿を呈することが多いです。この段階での治療は主に保存療法が中心となり、血圧管理、抗血小板薬や抗凝固薬による血栓症予防、脂質異常症の管理が重要です。
長期的には慢性腎不全への進行リスクがあるため、定期的な腎機能評価と進行抑制のための包括的管理が必要です。特に高齢者では過度な免疫抑制は避け、症状緩和と腎機能保護に重点を置いた治療を行います。
近年の膜性腎症の診断では、従来のEhrenreich-Churg分類に加えて、PLA2R(phospholipase A2 receptor)抗体やTHSD7A抗体などの新たなバイオマーカーが注目されています。これらの抗体は特発性膜性腎症の約70-80%で陽性となり、続発性膜性腎症との鑑別に有用です。
特発性膜性腎症では、IgG4が主要な沈着免疫グロブリンとなることが多く、蛍光抗体法でのIgGサブクラス染色が診断に重要な情報を提供します。IgG4優位の沈着パターンは特発性膜性腎症に特徴的で、治療反応性の予測にも有用とされています。
診断上の注意点として、メサンギウムや内皮下にdepositを認める場合は続発性膜性腎症を疑う必要があります。全身性エリテマトーデス、悪性腫瘍、薬剤性などの原因検索が必要で、これらの鑑別により治療戦略が大きく変わります。
また、増殖性変化を伴う膜性腎症では二次性の可能性が高く、詳細な病歴聴取と全身検索が不可欠です。特に高齢者の膜性腎症では悪性腫瘍の随伴症状である可能性も考慮し、適切なスクリーニング検査を実施することが重要です。
現在では、腎生検による正確なステージング評価に加えて、血清抗体価の測定、画像診断、臨床症状の総合的な評価により、個々の患者に最適化された治療方針を決定することが標準的な診療となっています。
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kino
内科医
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膜性腎症・ステージ・病理診断・電子顕微鏡・糸球体基底膜・ネフローゼ症候群・免疫抑制療法・特発性・続発性・PLA2R抗体