サルコペニア肥満の診断基準と臨床での正しい評価法

サルコペニア肥満の診断基準はBMIだけでは不十分です。JWGSO2023・AWGS2025・ESPEN/EASOの最新基準を解説。見落としやすいBMI正常例や心血管リスク2倍の根拠、治療介入のポイントとは?

サルコペニア肥満の診断基準と最新の評価アルゴリズム

BMIが正常でもサルコペニア肥満の診断を見逃すと、心脳血管疾患リスクが約2倍になります。


この記事の3つのポイント
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診断基準が複数存在する

JWGSO2023(日本)・ESPEN/EASO(欧州)・AWGS2025(アジア)の3つの主要基準があり、現場では使い分けが必要です。

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BMIだけでは診断できない

BMI正常・標準体重でもサルコペニア肥満は起こり得ます。体脂肪率・握力・骨格筋量の複合評価が必須です。

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カロリー制限だけでは悪化する

食事制限のみでは骨格筋量がさらに低下するリスクがあります。レジスタンストレーニングとの併用が必須です。


サルコペニア肥満の定義と診断基準が「統一されていない」本当の理由


サルコペニア肥満(Sarcopenic Obesity)は、骨格筋量の減少(サルコペニア)と過剰な体脂肪蓄積(肥満)が同時に存在する病態です。一見シンプルな定義に聞こえますが、臨床の現場でこの疾患に統一診断基準がなかったのには、はっきりとした理由があります。


サルコペニアの診断基準と肥満の診断基準はそれぞれ個別に整備されてきましたが、「両者が合併した状態」を一つの疾患として定義するコンセンサスが、長らく存在しなかったのです。つまり、既存の肥満診断基準とサルコペニア診断基準を単純に組み合わせても、サルコペニア肥満の診断はできません。


なぜなら、サルコペニアの診断基準は主に骨格筋量・筋力・身体機能を指標とするのに対し、肥満の診断基準はBMIや腹囲・体脂肪率が中心だからです。両者を組み合わせた場合、たとえばBMI高値の肥満患者は除脂肪体重でもBMI換算が高くなり、通常の筋肉量指標(SMI:骨格筋指数)では低筋肉量と判定されにくいというパラドックスが生じます。


この課題が具体的に明らかになったことで、各国・地域のワーキンググループが独自の診断アルゴリズム策定に動きました。結果として現在、医療の現場で参照すべき主要な診断基準は以下の3つが並立しています。


| 策定主体 | 発表年 | 特徴 |
|---|---|---|
| ESPEN/EASO(欧州臨床栄養・代謝学会/欧州肥満学会) | 2022年 | スクリーニング→診断→ステージングの3ステップ |
| JWGSO(日本肥満学会・日本サルコペニア・フレイル学会合同WG) | 2023年 | アジア初の国別コンセンサス。5回椅子立ちテスト・指輪っかテストを採用 |
| AWGS2025(アジアサルコペニアワーキンググループ) | 2025年 | 50〜64歳の中年層へ対象拡大。身体機能を診断必須から除外 |


診断基準が複数ある、というのが現状です。臨床研究や患者管理においてどの基準を採用するかを明示することが、いまや医療従事者に求められています。


参照:アジア初のサルコペニア肥満コンセンサス(同志社大学・日本肥満学会/日本サルコペニア・フレイル学会)
日本におけるサルコペニア肥満の診断基準および定義(同志社大学)


サルコペニア肥満の診断基準:JWGSO2023の2ステップ評価アルゴリズム詳解

2023年に日本肥満学会(JASSO)と日本サルコペニア・フレイル学会(JASF)が共同で発表したJWGSO(Japanese Working Group on Sarcopenic Obesity)の診断基準は、日本人の体格的特性を踏まえた初めての国内コンセンサスです。これはアジアでも最初のサルコペニア肥満コンセンサスステートメントとして、国際誌「Geriatrics & Gerontology International」に掲載されました。


JWGSO2023の評価アルゴリズムはスクリーニングと確定診断の2ステップで構成されています。


スクリーニング段階:
- 🔎 肥満スクリーニング:ウエスト周囲径(男性85cm以上、女性90cm以上)および/またはBMI(25kg/m²以上)
- 🔎 サルコペニアスクリーニング:AWGS2019基準に「指輪っかテスト(ふくらはぎ周囲長の代替指標)」を追加


確定診断段階:
- ✅ 筋力低下の判定:握力(男性28kg未満、女性18kg未満)
- ✅ 身体機能低下の判定:5回椅子立ちテスト(12秒超過)
- ✅ 骨格筋量低下の判定:四肢骨格筋量をBMIで補正(ASM/BMI)
- ✅ 肥満の確定:内臓脂肪面積(100cm²以上)または体脂肪率(男性30%以上、女性35%以上)


ここで重要なのが「BMI補正による骨格筋量評価」です。従来の身長²補正(SMI:kg/m²)は、BMIが高い肥満患者では「筋肉量が十分に見えてしまう」という盲点がありました。JWGSO2023では、肥満患者に対してBMI補正カットオフを採用することで、この見落としを防ぐ設計になっています。


つまり「BMI補正で評価する」が原則です。


さらに診断後の重症度はステージIとステージIIに分類されます。ステージIは筋力低下・身体機能低下・骨格筋量低下・肥満の基本4条件を満たす状態、ステージIIはそれに加え合併症(糖尿病・高血圧・脂質異常症・心血管疾患など)を伴う状態です。ステージ分類は治療介入の優先度を判断する指標にもなります。


参照:JWGSO診断アルゴリズムの詳細(日本サルコペニア・フレイル学会)
一般社団法人 日本サルコペニア・フレイル学会


AWGS2025の改訂ポイント:サルコペニア肥満の診断基準への影響

2025年11月にNature Agingに公開されたAWGS2025(Asian Working Group for Sarcopenia 2025 Consensus Update)は、サルコペニア単体の診断基準ですが、サルコペニア肥満の診断にも直接影響を与える重要な改訂です。


AWGS2025の3つの主な変更点を整理します。


- 📌 身体機能(歩行速度・SPPB)が診断基準から除外され、アウトカム指標に位置づけ変更。診断は「低筋量+低筋力」の2項目のみになりました。


- 📌 診断対象年齢が50〜64歳に拡大。 これまで65歳以上が対象でしたが、中年層での早期発見を目的に年齢別カットオフ値が新設されました。


- 📌 BMI補正カットオフが新設。 日本人ではBMI24以上の場合、身長²補正のみでは低骨格筋量と診断されないケースがほぼ存在しないため、BMI補正値(ASM/BMI)が追加されました。


AWGS2025での握力カットオフ値は以下のとおりです。


| 年齢区分 | 男性(握力) | 女性(握力) |
|---|---|---|
| 65歳以上 | 28kg未満 | 18kg未満 |
| 50〜64歳 | 34kg未満 | 20kg未満 |


50〜64歳での基準値新設は特に意識すべきポイントです。これまで「高齢者の疾患」と位置づけられていたサルコペニア(そしてサルコペニア肥満)が、50代の中年外来患者にも適用されるようになりました。


「50代の患者は対象外」という思い込みは危険です。


また、BMI補正カットオフの新設によって、以前であれば「骨格筋量正常」と判定されていたBMI高値患者が、新基準では「低骨格筋量あり」と診断される可能性が生じています。外来での既存患者の再評価を検討する価値があります。


参照:AWGS2025の改訂内容(日本サルコペニア・フレイル学会)
アジアでの新しいサルコペニアの診断基準AWGS2025(日本サルコペニア臨床研究学会)


サルコペニア肥満をBMIだけで評価すると心脳血管リスクを見落とす根拠

「BMIが正常なのだから、そこまで深刻ではないだろう」——これが、臨床現場でサルコペニア肥満を見逃す最も典型的な思い込みです。この考えは具体的な健康アウトカムの観点からも否定されています。


2025年9月にInternational Journal of Obesity誌に掲載されたシステマティックレビュー・メタ分析では、サルコペニア肥満は心脳血管疾患(CCVD)リスクを全体で約2.06倍(OR: 2.06、95%CI: 1.70〜2.48)に高めることが示されました。さらに、筋肉量・筋力・BMIを組み合わせて定義したサルコペニア肥満では、CCVDリスクが9.22倍に上昇するという結果も報告されています。


これは単純な肥満単独や、サルコペニア単独と比較しても明らかに高いリスクです。


加えて、ドイツ心臓センターが発表した研究では、心血管疾患の既往のない高齢者においてサルコペニア肥満合併例は肥満単独・サルコペニア単独と比較して心血管疾患発症リスクが23%増加することが示されています。男性の全死因死亡リスクは健常者比で24%増加(Tian et al., 2016)というデータも存在します。


なぜBMIだけでは足りないのかをまとめると、以下の3点が問題の核心です。


- ⚡ BMIは体重と身長のみを用いた指標であり、体脂肪率も骨格筋量も反映しない
- ⚡ 筋肉量が減少して脂肪が増えていても、体重が変わらなければBMIは変化しない
- ⚡ 日本人はBMI25未満でも内臓脂肪が蓄積しやすく、欧米基準の「BMI30以上=肥満」では過小評価される


BMI正常群の肥満(いわゆる「隠れ肥満」)はサルコペニア肥満と深く関連しています。体脂肪率と骨格筋量の両方を評価できるBIA(生体電気インピーダンス法)や体組成計を積極的に活用することが、見落としを防ぐ第一歩になります。


参照:サルコペニア肥満と心脳血管疾患リスクに関するメタ分析(CareNet Academia)
サルコペニア肥満、心脳血管疾患リスクを2倍に高める(CareNet Academia)


サルコペニア肥満の治療でカロリー制限だけが「逆効果」になるメカニズム

サルコペニア肥満の治療で見落とされがちな落とし穴があります。「体重を減らすためにカロリーを制限する」という一般的な肥満治療の常識が、サルコペニア肥満には通用しないという点です。


カロリー制限のみで介入すると、体重とともに骨格筋量も低下します。これはサルコペニア肥満の病態をさらに悪化させることを意味します。事実、肥満症診療ガイドライン2022でも、減量中であってもレジスタンス運動と十分なタンパク質摂取の併用がサルコペニア肥満の予防・改善に有効とされています。


治療の基本は「食事療法+運動療法のセット」が条件です。


運動療法の柱はレジスタンストレーニング(筋力トレーニング)と持久性トレーニングの組み合わせです。注目すべきデータがあります。90〜99歳の超高齢者を対象に8週間のレジスタンストレーニングを実施した研究では、筋力が174%・歩行速度が48%向上したことが報告されています(Fiatarone et al.)。「高齢だから筋トレ効果がない」は誤りです。


栄養療法では1日エネルギー摂取量の設定が重要で、過剰なカロリー制限は禁忌に近い考え方が必要です。タンパク質摂取目標は体重1kgあたり1.2〜1.5g/日が目安とされており、これは通常の成人推奨量(0.8g/kg/日)を大きく上回ります。


また、サルコペニア肥満の病態分子機構の観点から見ると、マイオカイン(筋肉由来のサイトカイン)の分泌改善もレジスタンストレーニングの重要な効果のひとつです。具体的にはアイリシン・IGF-1・アディポネクチン濃度の上昇、マイオスタチン濃度の低下が報告されており、筋肉と脂肪組織の臓器連関を改善する方向に働きます。


現時点でサルコペニア肥満に対する有効な薬物療法は確立されていません。いわゆるGLP-1受容体作動薬(マンジャロ・ウゴービなど)による体重減少は、骨格筋量の同時低下リスクを伴うことが指摘されており、使用する場合は筋肉量のモニタリングと運動療法の併用が特に重要です。サルコペニア肥満患者に体重減少薬を導入する際は、体組成を定期的に再評価する体制が必要です。


参照:サルコペニア肥満の治療と病態(岡山大学・江口准教授レビュー)
サルコペニア肥満の臨床と最近の知見(山口内分泌疾患研究振興財団)




日本医事新報 特集:フレイル・サルコペニアを考慮した高齢者の肥満症対策 2023年 5/20 号 [雑誌]