肥満症診療において、ウゴービ(セマグルチド)やゼップバウンド(チルゼパチド)などのGLP-1受容体作動薬を使用する際、適切な患者選定が極めて重要です。これらの治療薬は単なる肥満患者には適応されず、厳格な診断基準を満たす肥満症患者のみが対象となります。
肥満症の診断には以下の条件が必須です。
特に重要な禁忌事項として、甲状腺髄様がんの既往のある患者や、甲状腺髄様がんまたは多発性内分泌腫瘍症2型の家族歴のある患者への投与は禁忌とされています。米国では完全禁忌として扱われており、日本でも同様の注意が必要です。
内分泌性肥満、遺伝性肥満、視床下部性肥満、薬剤性肥満等の症候性(二次性)肥満が疑われる患者においては、原因精査と原疾患の治療を優先させることが重要です。
肥満症治療薬は糖尿病の有無にかかわらず、単独使用時の低血糖リスクは比較的低いとされています。しかし、他の血糖降下薬との併用時には重大な注意が必要です。
特に以下の薬剤との併用時は低血糖リスクが増大します。
これらの併用が必要な場合、血糖値の綿密なモニタリングと適切な用量調整が不可欠です。患者への十分な教育も重要で、低血糖症状の認識と対処法について詳細に説明する必要があります。
肝機能障害のある患者では多くの薬剤が禁忌となります。肥満症患者においても、以下の薬剤は肝障害悪化のリスクがあるため注意が必要です。
厚生労働省による肥満症治療薬の安全・適正使用に関するステートメント
肥満症治療におけるGLP-1受容体作動薬使用時、甲状腺関連の禁忌事項は特に重要な考慮点です。動物実験において甲状腺C細胞腫瘍の発生が報告されており、ヒトでの関連性は明確ではないものの、予防的観点から厳格な禁忌基準が設けられています。
以下の患者には投与を避ける必要があります。
これらの患者を特定するため、治療開始前の詳細な病歴聴取と家族歴の確認が必須です。また、治療中は定期的な甲状腺機能検査と画像診断による経過観察も重要です。
甲状腺機能亢進症や機能低下症を併発している肥満症患者では、甲状腺ホルモン製剤や抗甲状腺薬との相互作用も考慮する必要があります。特に甲状腺機能が不安定な患者では、肥満症治療薬の導入タイミングを慎重に検討することが求められます。
肥満症患者では脂肪肝や慢性腎疾患を併発することが多く、これらの合併症がある患者では薬剤選択により慎重な判断が必要です。肝機能障害のある患者では、多くの薬剤で代謝遅延や副作用増強のリスクがあります。
肝機能障害患者で特に注意すべき禁忌薬。
腎機能障害患者では排泄遅延による薬物蓄積のリスクがあります。特に以下の薬剤は腎機能に応じた用量調整が必要です。
肥満症治療薬自体の腎機能への影響も考慮し、定期的なクレアチニン値とeGFRの監視が重要です。腎機能悪化の兆候があれば、速やかに専門医への紹介を行う必要があります。
肥満症患者、特に高度肥満症患者では、精神的な健康状態にも十分な注意を払う必要があります。体重や体型に対する心理的ストレス、社会的偏見、過去のダイエット失敗体験などが複合的に作用し、うつ病や不安障害のリスクが高まることがあります。
精神科系薬剤における注意点。
自殺企図や自殺念慮を有する患者、またはその既往のある患者には格別の注意が必要です。肥満症治療による急激な体重変化が精神状態に与える影響を慎重に評価し、必要に応じて精神科医との連携を図ることが重要です。
治療開始前のスクリーニングとして、以下の評価を行うことが推奨されます。
また、体重減少過程において新たに精神症状が出現する可能性もあるため、治療中の定期的な精神状態評価も欠かせません。
肥満症診療における禁忌薬の適正使用は、患者の安全性確保と治療効果最大化の両立を目指すものです。多角的な視点からリスク評価を行い、個々の患者に最適化された治療戦略を構築することが、安全で効果的な肥満症診療の実現につながります。医療従事者は最新のガイドラインと安全性情報を常に把握し、チーム医療による包括的な患者管理を心がけることが重要です。