トラセミドは腎臓のヘンレループ太い上行脚に存在するNa-K-2Cl共輸送系(NKCC2)を選択的に阻害することで、ナトリウムとクロールの再吸収を抑制し、強力な利尿作用を発揮します 。この部位では濾過されたナトリウムの約20%が再吸収されるため、NKCC2を阻害することで効率的なナトリウム利尿を得ることができます 。
参考)https://jpccs.jp/10.9794/jspccs.41.67/data/index.html
さらに、ヘンレループの太い上行脚は電解質の再吸収を行うが水分は再吸収しない領域であるため、髄質の浸透圧勾配形成に重要な部分であり、この部位でのナトリウム・クロールの再吸収を抑制すると集合管において最終的な尿の濃縮が阻害されることによって水利尿の促進が得られます 。
トラセミドの薬物動態的特徴として、バイオアベイラビリティが68~100%と高く、最高血中濃度到達時間は0.5~2時間、半減期は3~4時間で効果持続時間は6~8時間となっています 。80%が肝代謝により処理されるため、腎機能障害患者においても比較的安全に使用できる特徴があります 。
トラセミドの最大の特徴は、ループ利尿薬でありながら抗アルドステロン作用を併せ持つことです 。通常のループ利尿薬は副作用として電解質異常、特に低カリウム血症を起こしやすいのですが、トラセミドは腎臓のアルドステロン受容体を阻害してカリウムを保持する作用があるため、ループ利尿薬の中でも低カリウム血症を起こしにくい特徴があります 。
参考)https://sokuyaku.jp/column/torasemide-luprac.html
アルドステロンは副腎から分泌されるホルモンで、腎臓にはアルドステロンの受容体が存在し、ナトリウムを保持しカリウムを排泄するように作用します 。トラセミドは弱いながら抗アルドステロン作用があるため、ナトリウムに比べカリウムの排泄が少なくなります 。
参考)https://asset-hc.fujifilm.com/hc/fftc/files/2021-02/3ca91cd022533f586eea1d3001ced59b/fftc_med_lpr_interview.pdf
この特性により、フロセミド+スピロノラクトン併用からトラセミド単剤への切り替えが可能となり、フロセミド20mg+スピロノラクトン25mgはトラセミド4mgと、40mg+25mgは8mgとほぼ同等の効果が得られるとされています 。
参考)https://www.shinryo-to-shinyaku.com/db/pdf/sin_0050_03_0315.pdf
トラセミドの副作用は臨床試験によると934例中32例(3.43%)で報告されており、主な副作用として頭痛、倦怠感、口渇、めまい、立ちくらみがあります 。また、臨床検査値の異常として血清尿酸値上昇、血清カリウム値低下、AST上昇、ALT上昇、CK上昇、クレアチニン上昇、LDH上昇が報告されています 。
重大な副作用としては、肝機能障害、黄疸、血小板減少、低カリウム血症、高カリウム血症があげられます 。トラセミドは比較的低カリウム血症を起こしにくいとされていますが、副作用として低カリウム血症が発現することもあり、カリウム値が低下すると全身倦怠感、脱力感、不整脈が見られることがあるため体調変化には注意が必要です 。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00045766.pdf
また、利尿薬使用により必要以上に水分が排泄され、脱水を起こすことがあります。下痢や嘔吐がある場合には脱水だけでなく、電解質異常のリスクも上昇するため、トラセミド使用時にはこまめな水分補給が重要です 。
トラセミドには重要な併用禁忌薬剤として、デスモプレシン酢酸塩水和物(ミニリンメルト)があります 。これは男性における夜間多尿による夜間頻尿治療薬との併用で、重篤な低ナトリウム血症のリスクが高まるためです 。
参考)https://www.kegg.jp/medicus-bin/drug_interaction?japic_code=00067066
併用注意薬剤として、昇圧アミン(ノルアドレナリン等)、ツボクラリン及びその類似物質、降圧剤(ACE阻害剤、β遮断剤等)があります 。これらの薬剤との併用では相互作用により効果の増強や減弱が起こる可能性があるため、慎重な投与量調整と定期的なモニタリングが必要です 。
患者への服薬指導では、1日1回決められた服用量を守り、尿量が増加するため夜間の服用は避けることが重要です 。また、血圧低下によるめまいやふらつきを起こすことがあるため、車の運転や高所での危険な作業は避けるよう指導する必要があります 。
参考)https://www.kotobuki-pharm.co.jp/prs2/wp-content/uploads/TOR_shidosen.pdf
トラセミドは他のループ利尿薬と比較して独特の薬理学的特性を持っています。フロセミドとの比較では、トラセミドは吸収が速やかで長時間持続性があり、最高血漿中濃度到達時間はトラセミド1.1時間に対してフロセミド2.4時間、平均滞留時間はトラセミド5.3時間に対してフロセミド3.0時間となっています 。
参考)https://jsccm.umin.jp/journal_archive/1995.1-2009.2/2003/002403/017/0275-0278.pdf
利尿パターンにも違いがあり、投与後0-2時間までの尿量はフロセミド約69%、トラセミド約66%と大きな違いはありませんが、利尿のピーク時間はフロセミドが0-1時間、トラセミドは1-2時間であり、フロセミドが急激な短時間利尿を示すのに対し、トラセミドは持続型の利尿パターンを示します 。
各ループ利尿薬の等価換算の目安として、フロセミド20mg≒アゾセミド30mg≒トラセミド4mgの関係があります 。トラセミドは適応症が浮腫のみに限定されているため、フロセミドのような広い適応を持たない点が臨床使用上の制限となります 。しかし、個体変動が少なく安定かつ持続的な利尿作用を有するため、慢性心不全や腎障害患者において有用な選択肢となっています 。
参考)https://sakuragaoka.jcho.go.jp/wp-content/uploads/2024/06/ru-purinyou202406.pdf