2023年12月31日に公開された『透析施設における標準的な透析操作と感染予防に関するガイドライン(六訂版)』では、前回の五訂版から約3年を経て、新たなエビデンスと実臨床の知見を踏まえた重要な改訂が行われました。
この改訂の最大の特徴は、COVID-19パンデミックで得られた感染対策の経験と、新規に発売された薬剤・ワクチンの情報が詳細に反映されていることです。特に、透析施設では一般外来患者に対する感染対策では不十分であることが強く認識され、より厳格な感染管理体制の構築が求められています。
改訂版では、推奨度とエビデンスレベルの記載がより明確化され、2015年から「マニュアル」から「ガイドライン」へ名称変更された経緯も踏まえ、科学的根拠に基づく実践的な指針が提示されています。
透析医療における感染対策は、単なる院内感染予防を超えて、透析患者の生命予後に直結する重要課題として位置づけられており、医療従事者の継続的な教育と実践が不可欠です。
慢性腎臓病に伴う骨・ミネラル代謝異常(CKD-MBD)のガイドライン改訂に向けた議論が活発化しています。2024年6月9日の日本透析医学会学術集会では「CKD-MBDガイドライン 新時代」と題したシンポジウムが開催され、個別化医療を目指した新たな管理指針が提案されました。
血清カルシウムの管理目標値について、現在の下限8.4mg/dL以上は維持されるものの、上限は従来より低めの9.5mg/dL未満への変更が検討されています。血清リンについても上限5.5mg/dL未満が提案されており、より厳格な管理が求められる方向性が示されています。
特筆すべきは、原疾患が糖尿病や動脈硬化性疾患の既往がある患者では、さらに低めの目標値設定を検討する必要があることが明示された点です。これは、心血管合併症リスクの高い透析患者において、より積極的なミネラル代謝管理が生命予後の改善につながるという最新の知見を反映したものです。
また、カルシミメティクスや骨粗鬆症治療薬の使用により低カルシウム血症が起こりやすい環境にあることから、薬剤選択の際のヒートマップを活用したリスク評価システムの導入も検討されています。
2019年に改訂された腹膜透析ガイドラインでは、前回の2009年版から約10年を経て、膨大なエビデンスの蓄積を踏まえた包括的な見直しが行われました。最新版では7つの重要な管理指針が示されており、特に計画的導入と適正透析の管理に重点が置かれています。
適正透析の管理においては、明確な定義が確立されていない中で、物質除去・除水、循環動態、血液透析との併用療法の3つの視点から管理指針が示されています。尿素や透析液排液量を踏まえた十分な透析量の確保、日・週・季節変動を考慮した血圧管理、適正体重の維持といった具体的な指標が提示されています。
国際的には、ISPD(国際腹膜透析学会)から2023年版のカテーテル関連感染症勧告が発表され、日本語翻訳版も提供されています。この最新勧告では、従来の予防策に加えて、高齢者特有の管理ニーズや心不全合併例における腹膜透析の適応についても詳細に記載されています。
腹膜透析では、血液透析では対応困難な心不全患者や高齢者においても継続可能な治療選択肢として注目されており、在宅医療の推進という社会的要請にも応える重要な治療法として再評価されています。
COVID-19パンデミックの経験を踏まえ、透析施設における感染対策は従来以上に厳格化されています。日本透析医会が発出した緊急指針では、COVID-19新規感染者数の急激な増加に対応するため、患者教育の徹底と医療従事者への注意喚起が強化されました。
患者に対しては、毎日の体温測定と健康状態の把握、発熱や咳などの症状がある場合の事前連絡の徹底、常時マスク着用などの基本的感染対策の遵守が求められています。特に、院内への感染症持ち込み防止が極めて重要とされ、症状のある患者の来院前スクリーニング体制の構築が必須となっています。
医療従事者に対しても、毎日の健康観察と体調不良時の出勤停止、個人防護具の適切な着用、「3つの密」の回避などが義務化されています。特に、個人防護具の適切な着用は濃厚接触者とならないために極めて重要であり、穿刺や返血時にはディスポーザブルガウン、サージカルマスク、ゴーグルまたはフェイスシールドの着用が推奨されています。
環境清拭については、0.05~0.1%次亜塩素酸ナトリウム、ペルオキソ一硫酸水素カリウム配合剤、アルコール系消毒薬のいずれかを使用した定期的な清拭が標準化されており、これらの平時からの感染対策遵守がCOVID-19対策にも直結することが強調されています。
透析医療の質向上に向けて、日本透析医学会では継続的な統計調査と研究データの蓄積が行われています。2023年末の統計では、慢性透析患者の動態、導入患者の動態、透析液水質管理、バスキュラーアクセス管理におけるエコー使用状況など、多角的な視点からの分析が実施されています。
特に注目すべきは、運動療法と栄養指導の効果検証、腎性貧血治療薬の効果と関連疾患罹患率の解析、新型コロナウイルス感染症の透析医療への影響評価などが詳細に検討されている点です。これらのデータは今後のガイドライン改訂において重要な根拠となることが予想されます。
また、透析患者における周術期リスクの評価についても、DPCデータベースを活用した大規模解析が進められており、透析患者特有のリスク因子の同定と管理指針の策定に向けた研究が進展しています。
将来的には、AIや機械学習技術を活用した個別化医療の推進、テレメディスンによる在宅透析患者の遠隔管理、新規治療薬の開発に対応したガイドライン改訂など、技術革新と社会情勢の変化に対応した透析医療の発展が期待されています。
透析医療従事者には、これらの最新エビデンスと改訂されたガイドラインを適切に理解し、日常診療に活用することで、透析患者のQOL向上と生命予後の改善に貢献することが求められています。継続的な学習と実践により、より質の高い透析医療の提供を目指していく必要があります。