TAFRO症候群は2010年に高井らによって提唱された比較的新しい疾患概念で、その名称は5つの主要な症状の頭文字から命名されています 。血小板減少(Thrombocytopenia)、全身性浮腫・胸水・腹水(Anasarca)、発熱(Fever)、骨髄細網線維化(Reticulin fibrosis)、臓器腫大(Organomegaly)という特徴的な症候の組み合わせが病名の由来となっています 。
参考)http://www.imed3.med.osaka-u.ac.jp/disease/d-immu05-5.html
病態の発症機序については、IL-6やVEGF(血管内皮増殖因子)などのサイトカインが異常に上昇し、全身性の炎症反応と血管透過性の亢進を引き起こすことが関与していると考えられています 。VEGFは血管透過性因子(VPF)とも呼ばれ、強力な血管透過性誘導能を持つため、TAFRO症候群で見られる特徴的な全身浮腫や胸腹水貯留の病態形成に重要な役割を果たしています 。
2015年に厚生労働科学研究によって確立されたTAFRO症候群の診断基準では、必須項目3項目すべてと小項目2項目以上を満たす場合に診断されます 。必須項目には①体液貯留(胸・腹水、全身性浮腫)、②血小板減少(治療開始前最低値10万/μL未満)、③原因不明の発熱(37.5℃以上)または炎症反応陽性(CRP 2mg/dL以上)が含まれます 。
参考)https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2016/162051/201610051B_upload/201610051B0007.pdf
小項目として①リンパ節生検でキャッスルマン病様所見、②骨髄線維化(細網線維化)または骨髄巨核球増多、③軽度の臓器腫大(肝・脾腫、リンパ節腫大)、④進行性の腎障害が設定されています 。診断に際しては悪性リンパ腫、自己免疫性疾患、感染症、POEMS症候群などの除外診断が重要で、生検可能なリンパ節がある場合は必ず組織学的検査を実施すべきとされています 。
TAFRO症候群の臨床症状は急性発症で進行が早く、しばしば腹痛を伴うことが特徴的です 。血清アルカリホスファターゼ(ALP)の上昇が多くの患者で認められ、これは他の類似疾患との鑑別点の一つとなっています 。一方で、多中心性キャッスルマン病で典型的に見られる高ガンマグロブリン血症は稀で、IgGが3,000mg/dLを超えることはほとんどありません 。
参考)https://www.okayama-u.ac.jp/up_load_files/press28/press-160421-5.pdf
検査所見では血小板減少が顕著で、しばしば5万/μL未満の重度の減少を示します 。胸腹水の貯留や全身浮腫が著明で、腎機能障害も高頻度に合併します 。骨髄検査では線維化と巨核球の増多が特徴的で、末梢血での血小板減少と対照的な所見を呈します 。リンパ節腫大は軽度で、直径1.5cm未満程度のものが多く、大きなリンパ節病変は悪性リンパ腫などの除外診断が必要です 。
TAFRO症候群と多中心性キャッスルマン病は、リンパ節の病理所見が類似するため鑑別診断が重要な課題となっています 。多中心性キャッスルマン病は比較的慢性の経過を辿るのに対し、TAFRO症候群は急性発症で進行が急速であることが最も重要な鑑別点です 。
参考)https://ubie.app/byoki_qa/clinical-questions/3b40cvm50-j0
検査所見でも明確な違いがあり、多中心性キャッスルマン病では高ガンマグロブリン血症と血小板増多を認めることが多いのに対し、TAFRO症候群ではガンマグロブリン値は正常から減少し、血小板は著明に減少します 。また、TAFRO症候群では胸腹水や浮腫が顕著で腎障害も伴うことが多く、これらの症状はキャッスルマン病では通常見られません 。発熱や腹痛も TAFRO症候群でより頻繁に認められる症状です 。
参考)https://castleman.jp/introduction.html
最近の研究により、TAFRO症候群がキャッスルマン病とは明らかに異なる独立した疾患単位であることが証明されています 。岡山大学の研究では、TAFRO症候群患者の多くが発熱と腹痛を契機に発症し、血清アルカリホスファターゼの上昇が認められることが明らかになっています 。
参考)https://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id387.html
TAFRO症候群では全身状態が急速に悪化し、浮腫(胸腹水貯留)、発熱、血小板減少、腹痛が典型的な症状として認められます 。一方、高ガンマグロブリン血症は見られず、血清ALP値の上昇が特徴的で、これらの所見はキャッスルマン病とは明確に異なるパターンを示しています 。この独特な病態は、TAFRO症候群が単なるキャッスルマン病の亜型ではなく、独立した疾患概念として捉えるべきことを支持しています 。
TAFRO症候群の治療では、病状が急速に悪化する特性から早期の診断と迅速な治療開始が極めて重要です 。確立された治療法はまだ存在しませんが、これまでの治療経験に基づき高用量ステロイドが第一選択薬として推奨されています 。
参考)https://www.jichi.ac.jp/usr/hema/news.html
初期治療としてプレドニゾロン1mg/kg/日を2週間投与後に漸減するか、緊急性が高い場合はメチルプレドニゾロンパルス療法(500-1000mg/日を3日間)を実施します 。ステロイド治療は多くの症例で有効性が認められていますが、治療抵抗性の症例も存在するため、症状の改善が不十分な場合は早期に追加治療を検討する必要があります 。
参考)https://kompas.hosp.keio.ac.jp/disease/001026/
ステロイド抵抗性やステロイド依存性の症例では、シクロスポリンA(CyA)の追加投与が検討されます 。シクロスポリンAは3-5mg/kg/日を分2で経口投与し、目標トラフ値(C0)を150-250ng/mlに設定します 。血清クレアチニンが150%以上上昇した場合は投与量を50-75%に減量する必要があります 。
トシリズマブ(抗IL-6受容体抗体)も有効な治療選択肢の一つですが、キャッスルマン病と比較してTAFRO症候群では効果が限定的な場合があります 。リツキシマブや血小板減少が持続する場合にはトロンボポエチン受容体刺激薬(ロミプロスチン、エルトロンボパグ)の併用も検討されます 。重篤な症例では血漿交換、シクロフォスファミド、CHOP療法などの強力な免疫抑制療法が必要になることもあります 。
参考)https://jsn.or.jp/journal/document/60_8/1244-1251.pdf
TAFRO症候群の治療効果判定には、重症度分類スコアを用いた定量的評価が有用です 。このスコアは全身浮腫(最大3点)、血小板減少(最大3点)、発熱・炎症(最大3点)、腎障害(最大3点)の4項目で最大12点として算出され、治療前後での改善度を客観的に評価できます 。
治療中は血小板数、CRP値、腎機能、胸腹水の状態を定期的にモニタリングし、治療効果を継続的に評価する必要があります 。特に血小板数の改善は治療効果の重要な指標となり、10万/μL以上への回復を目標とします 。腎機能についても進行性の腎障害があるため、クレアチニン値やGFRの推移を注意深く観察し、必要に応じて腎保護療法を併用します 。
TAFRO症候群の予後は診断の困難さと治療開始の遅れにより不確実な面がありますが、早期診断と適切な治療により寛解・治癒する症例も増加しています 。しかし、TAFRO症候群を伴う特発性多中心性キャッスルマン病では腎不全が進行しやすく、発症から1年以内の死亡率が30%以上と報告されており、迅速な治療介入が生命予後に直結します 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11118735/
治療抵抗性の症例では依然として予後不良で、致死的な経過を辿ることもあるため、個別化された治療戦略の構築が重要です 。適切な治療を行わない場合、血液疾患、膠原病、感染症などと類似の病態を呈しながら急速に進行し、生命予後が不良となる可能性があります 。そのため、専門医による継続的な管理と、患者・家族への十分な教育が長期管理において不可欠です 。
参考)https://confit.atlas.jp/guide/event/jsicm2019/subject/P10-5/detail?lang=ja
TAFRO症候群の治療法開発は現在も活発に研究が進められており、新たな治療薬の臨床試験も実施されています 。自治医科大学では、ステロイドに続く二次治療の選択肢として、従来の免疫抑制薬に加えて新規の生物学的製剤や分子標的薬の有効性が検討されています 。
また、病態解明の進歩により、IL-6以外のサイトカイン経路の関与も明らかになってきており、複数の分子標的を同時に阻害する治療戦略も研究されています 。国際的な共同研究も進んでおり、日本のTAFRO症候群研究班と海外の研究機関との連携により、より効果的な治療法の確立が期待されています 。現在のところ、個々の患者の病態に応じた個別化医療の重要性が強調されており、治療選択肢の多様化とともに、最適な治療プロトコルの策定が急務となっています 。