デルクステカンは第一三共が開発した革新的な抗体薬物複合体(ADC)です。この技術は、標的抗体とトポイソメラーゼI阻害薬であるカンプトテシン誘導体を特殊なリンカーで結合させたものです。
作用機序の特徴。
トラスツズマブ デルクステカンの場合、HER2/neu受容体を標的とする抗HER2ヒト化モノクローナル抗体が使用されます。HER2シグナル伝達阻害作用と抗体依存性細胞障害作用(ADCC)を発揮すると同時に、標的細胞内で放出されるデルクステカンがトポイソメラーゼIを阻害します。
特に注目すべきは、1つの抗体に約8個のデルクステカン分子が結合している点です。これにより、従来のADCと比較して高い薬物抗体比(DAR)を実現し、より強力な抗腫瘍効果を期待できます。
免疫機能が低下している患者においても、ADCC活性が低下している場合でもデルクステカンの効果により抗腫瘍効果が維持されることが期待されています。これは従来の抗体治療薬にはない大きな利点といえるでしょう。
HER2陽性乳がんに対するトラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ®)の臨床効果は、DESTINY-Breast01試験で明確に示されています。
主な臨床成績。
この試験では、中央値で6種類の治療歴がある184例の患者が対象となりました。これらの患者は全例がトラスツズマブによる治療歴があり、多くがトラスツズマブ エムタンシンによる治療も受けていました。
第1相用量設定試験では、HER2陽性進行乳がん患者の大半で奏効が認められ、奏効期間中央値は20.7ヵ月という非常に良好な結果でした。
推奨用量は5.4mg/kg体重を3週間間隔で点滴静注することが確立されています。初回投与の忍容性が良好であれば、2回目以降は投与時間を短縮することも可能です。
in vitroおよびin vivo試験では、HER2陽性のヒト乳がん由来KPL-4およびSK-BR-3細胞株に対して顕著な増殖抑制作用を示し、ヌードマウスモデルでも腫瘍増殖抑制作用が確認されています。
ダトポタマブ デルクステカン(ダトロウェイ®)は、TROP2を標的とした新しいADC薬剤です。TROP2は複数種類の固形がんに多く発現するタンパク質で、乳がんの進行や生存率の低下に関係することが知られています。
TROPION-Breast01試験の中間解析結果。
1つの抗体につき約4個のデルクステカンが結合し、がん細胞内に直接薬物を届ける仕組みにより、全身への薬物曝露を抑制して副作用を軽減します。
現在進行中の臨床試験。
安全性プロファイルでは、グレード3以上の有害事象が21%(化学療法群45%)と良好で、間質性肺疾患の発生率は3%と比較的低く抑えられています。
TROP2を標的とした治療は、HER2標的治療が適用できない患者群に新たな治療選択肢を提供する重要な進歩です。
デルクステカン系薬剤の使用において、間質性肺疾患(ILD)は最も重要な副作用の一つです。適切な管理により治療継続が可能になるため、早期発見と迅速な対応が求められます。
間質性肺疾患の発生状況。
臨床症状と早期発見のポイント。
モニタリング体制。
治療中断・再開の基準。
ダトポタマブ デルクステカンでは間質性肺疾患の発生率が3%と比較的低く、大部分が低グレードであることが報告されています。しかし、呼吸器症状に対する注意深いモニタリングは引き続き必要です。
医療従事者は患者・家族への教育を徹底し、症状出現時の迅速な連絡体制を構築することが重要です。
デルクステカン系薬剤の臓器横断的開発は、がん治療における新たなパラダイムシフトを示しています。特にHER2陽性胆道がんに対する医師主導治験では、画期的な結果が報告されました。
胆道がんにおけるHER2の特徴。
医師主導治験の成果。
現在の適応拡大状況。
第一三共のADC開発パイプライン。
これらの薬剤は、Merck & Co., Inc.やアストラゼネカとの共同開発により、全世界での臨床開発が進められています。
臓器横断的開発の意義。
HER2を標的とした治療は、従来の臓器別治療から分子標的に基づく治療へのシフトを象徴しており、今後さらなる適応拡大が期待されます。医療従事者は、各がん種における最新の治験情報と適応拡大の動向を把握し、患者に最適な治療機会を提供することが求められています。
PMDAによるトラスツズマブ デルクステカンの承認審査報告書では、詳細な薬効薬理と安全性情報が記載されています
国立がん研究センターのHER2陽性胆道がん治験結果は、臓器横断的開発の重要なエビデンスを提供しています