膜電位とは、細胞膜を挟んで細胞の内側と外側に存在する電位の差を指します。すべての細胞は細胞膜をはさんで細胞の中と外でイオンの組成が異なっており、この電荷を持つイオンの分布の差が電位の差をもたらしています。通常、細胞内は細胞外に対して負(陰性)の電位にあり、神経細胞や筋細胞だけでなく、すべての細胞において膜電位は存在する基本原理です。
参考)膜電位 - Wikipedia
静止電位は、ニューロンが興奮していないときの膜電位のことで、約-70mVの値を示します。この静止電位は、細胞膜にあるイオンチャネルやポンプによって一定の電位に保たれています。神経細胞の内側と外側でイオンの分布に差があり、内側はカリウムイオン(K+)が多く、外側はナトリウムイオン(Na+)が多い状態になっています。
参考)活動電位
静止電位の形成には、K+の透過性が重要な役割を果たしています。静止時のK+の透過性は他のイオンよりもはるかに大きいため、静止電位はほぼK+の拡散電位により形成されています。K+が内側から外側に移動しようとする際、元々外側にいるK+とカリウムチャネルの出口で反発する電気的反発力が働き、最終的に外側は少しプラスに、内側が少しマイナスになります。
参考)静止膜電位
活動電位とは、何らかの刺激に応じて細胞膜に生じる一過性の膜電位の変化を指します。活動電位は、主としてナトリウムイオンやカリウムイオンなどの移動によって引き起こされる現象です。静止電位が正へ転じたときの膜電位の変化量を活動電位といい、例えば-70mVから+20mVまで膜電位が変化した場合、活動電位は90mVとなります。
参考)【高校生物】「膜電位の経時的変化」 
活動電位の発生には電位依存性Na+チャネルが重要な役割を果たしています。神経細胞が信号を受け取ると、膜電位がわずかにプラスの方向に脱分極します。この変化がある一定の電位(閾値)を超えた時、電位依存性ナトリウムチャネルが一斉に開き、ナトリウムイオンが一気に細胞内に流入します。
参考)活動電位 - Wikipedia
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Na+が流入し膜電位の負電荷が減少するに従い、さらなるNa+チャネルが開き、さらに大きなNa+の流入が引き起こされる正のフィードバックが生じます。Na+チャネルが多く開くにつれ、Na+による電流はK+漏洩チャネルによる電流に打ち勝ち、膜電位が逆転し内側がプラスとなります。この状態を脱分極といい、細胞内の電位が0mVを超えてプラスになる部分をオーバーシュートと呼びます。youtube
膜電位と活動電位の形成において、細胞内外のイオン濃度差が決定的な役割を果たします。心筋細胞を例にとると、細胞外液中ではNa+とCl-が高くK+濃度が低い状態に、細胞内ではK+が高くNa+濃度は低い状態になっており、これらのチャネルの開閉により静止電位および活動電位の移行が調節されています。
参考)循環器用語ハンドブック(WEB版) 静止電位(=膜電位)/活…
活動電位発生中には、Na+に対する電導度が上がり、ナトリウムチャネルが開いてNa+が細胞内に流れ込むことで脱分極が起こります。やがてNa+流入は止まり、次いでK+の電導度が増加し、K+が細胞外へ出ていくことで静止膜電位に戻ります。このイオンの動きを止めようとする電位勾配が生じることで膜電位が形成されます。
参考)膜電位 - 大阪大学 統合生理学教室 岡村研
電位の変化は単一イオンの移動のみによるものではなく、Na+とK+の膜間での「透過性の比」の変化によるものと考えるべきです。静止電位はK+の平衡電位に近い値をとりますが、活動電位の発生時にはNa+の透過性が一過的に上昇することで、Na+の平衡電位に近いプラス側の値へシフトします。この一連の膜電位変化を活動電位と呼び、神経伝達の基本メカニズムとなっています。
参考)電位センサー - 大阪大学 統合生理学教室 岡村研
電位依存性イオンチャネルは、チャネル近傍の膜電位の変化によって活性化されるイオンチャネルであり、膜電位はチャネルタンパク質のコンフォメーションを変化させ、チャネルの開閉を調節します。電位依存性イオンチャネルは神経組織や筋組織など興奮性細胞で重要な役割を果たし、電位変化に応答した迅速かつ協調的な脱分極を可能にしています。
参考)電位依存性イオンチャネル - Wikipedia
電位依存性チャネルの構造は、細胞膜の外から眺めると真ん中にイオンを通す孔(ポア)があり、このまわりに膜電位変化を検出する四つのセンサー構造があります。チャネル全体は四つの相同なユニットが組み合わさった構造をしており、各ユニットはポアの壁を構成するドメインと電位を感知する電位センサードメインの二つのドメインから成ります。
電位依存性イオンチャネルには通常イオン特異性が存在し、ナトリウムイオン(Na+)、カリウムイオン(K+)、カルシウムイオン(Ca2+)、塩化物イオン(Cl-)にそれぞれ特異的なチャネルが同定されています。チャンネルの開閉は、細胞膜の両側のイオン濃度、すなわち電荷勾配の変化によって引き起こされます。電位センサーは最小限の構造変化で最大限の電荷の移動を生みだす仕組みを持っており、効率的な膜電位変化の検出を可能にしています。
参考)膜電位センサー - 脳科学辞典
神経細胞における情報伝達は、ニューロン内では活動電位による電気的伝導として行われますが、ニューロン間では化学的な信号へと変換されます。活動電位が神経終末に到達すると、シナプスでは神経伝達物質を介した伝達に変換される仕組みが働きます。
参考)シナプス 
具体的には、活動電位が神経終末に至ると、その刺激を受けてシナプス小胞という袋状の構造物がシナプス前膜で開口して、神経伝達物質をシナプス間隙に拡散します。情報(活動電位)が神経終末に達するとシナプス前膜は脱分極し、この脱分極はシナプス前膜のCaチャネルを開きます。するとCa2+は濃度勾配により細胞外から細胞内へ流入し、神経伝達物質の放出を促進します。
参考)シナプス伝達|生体機能の統御(2) 
シナプス間隙に分泌された神経伝達物質は、樹状突起の受容体に結合します。この刺激によって、通常は閉じているNa+チャネルが開き、Na+が流入することで樹状突起に活動電位が生じます。活動電流はシナプス間隙を跳び越えて直接樹状突起を刺激することはできないため、神経伝達物質を介して興奮を伝え、隣の神経細胞に活動電流を生じさせるメカニズムが重要です。
参考)【高校生物】「伝達のメカニズム」 
シナプスにおける神経伝達物質はニューロンの種類や部位によって異なり、運動ニューロンや副交感神経の神経終末ではアセチルコリン、交感神経の神経終末ではノルアドレナリンなどが働いています。神経末端には神経伝達物質を分泌する仕組みがあり、樹状突起には神経伝達物質を受容する仕組みがあるため、興奮は一方向に伝わっていきます。
心筋細胞の活動電位は神経細胞とは異なる特徴的な波形を示し、臨床的に重要な意味を持ちます。静止した心筋細胞にガラス微小電極を刺入すると、細胞外のレベルを0として-80~-90mVの静止電位が記録されます。しかし活動中の細胞やいったん外から刺激が加わった状態では、膜電位は-80~-90mVのレベルから突然0mV方向へ変化し、ゼロを越えて+30~+40mVで頂点に達した後、再び元のレベルにゆっくりと戻っていく一連の電位変化を示します。
心筋細胞の活動電位の各相には名称がつけられており、最初の脱分極相を0相、頂点よりすばやく再分極する時期を第1相、次の緩やかに経過する時期を第2相(プラトー相)、その後すばやく進行する時期を第3相、再分極が終了した時点から次の脱分極までの拡張期を第4相と称しています。この複雑な波形は、Na+、Ca2+、K+など複数のイオンチャネルが協調的に働くことで形成されます。
参考)心筋細胞と電気現象|心臓とはなんだろう(2) 
心電図は、この心筋細胞における活動電位の発生と伝播を体表面から測定したものです。心筋細胞における活動電位の発生は、Caイオンの細胞内流入を伴い、これが収縮を引き起こします。したがって、膜電位と活動電位の理解は、不整脈や心筋梗塞などの循環器疾患の病態生理を理解する上で不可欠な知識となります。
参考)波形と細胞1—心臓の生理 心筋細胞の膜電位 (検査と技術 1…
活動電位には「全か無の法則」という重要な特性があります。刺激が閾値を超えないと活動電位は発生せず元の膜電位に戻ってしまいますが、閾値以上の興奮を起こす刺激であれば、刺激強度の強い弱いに関わらず一定の形と大きさの活動電位が発生します。活動電位が発生するか、しないかのどちらかであり、中間的な状態は存在しません。youtube
この全か無の法則は、神経系における情報伝達の正確性を保証する重要なメカニズムです。刺激が閾値を越えると電位依存性のナトリウムチャネルが一斉に開いてナトリウムイオンが一気に流入し、活動電位が発生します。活動電位が発生してもすぐにナトリウムチャネルは不活性化しゲートを閉じるため、連続的な刺激に対しても個別の活動電位として識別できます。youtube
ただし、最近の研究では網膜神経節細胞の活動電位が必ずしも全か無かの事象ではないことも報告されており、光刺激が異なる膜電位やその時間変化に応じて活動電位発火を調節することが示されています。このことは、細胞の種類や状況によって活動電位の性質が多様であることを示唆しています。
参考)http://physiology.jp/wp-content/uploads/2015/01/0770100001-pt2.pdf
膜電位の測定には様々な技術が開発されており、電気生理学研究や臨床診断に広く応用されています。パッチクランプ法は、個々の細胞、特にニューロンの電気的活動を研究する際に広く使用される技術で、ガラスのマイクロピペット電極を細胞膜に当ててきついシールを形成することで、膜電位変動を高い精度で測定できます。
参考)https://evidentscientific.com/ja/insights/what-is-electrophysiology
ボルテージクランプ法は、細胞の膜電位の測定と制御を行いながら、細胞膜全体を流れるイオン電流を測定する手法です。この方法では、イオンチャネルと受容体の性質を研究でき、さらには活動電位を引き起こすメカニズムを調べることができます。一方、カレントクランプ法は、細胞に電流を引き込みながら膜電位の変化を測定する手法で、静止膜電位と活動電位の発火パターンなど、ニューロンに固有の電気的性質の研究に用いられます。
電気生理学の測定技術と応用についての詳細
臨床応用としては、心電図による心筋の電気的活動の評価、脳波による脳神経活動の測定、筋電図による筋肉の電気的活動の記録などがあります。これらの検査はすべて、細胞の膜電位変化を体表面や組織表面から検出する技術に基づいており、膜電位と活動電位の基礎知識は医療従事者にとって必須の知識となっています。
参考)興奮の発生と伝導|生体機能の統御(1) 
膜電位の変化における脱分極と再分極のプロセスは、神経や筋の興奮メカニズムを理解する上で極めて重要です。脱分極は、興奮刺激による膜の局所的な脱分極が神経細胞の表面の膜にある電位依存性Na+チャネルを開くことから始まります。その結果、Na+は濃度勾配および電気的勾配が推進力となり、細胞内へ流入します。
脱分極の過程では、正のフィードバックメカニズムが重要な役割を果たします。Na+が流入し膜電位の負電荷が減少するに従い、さらなるNa+チャネルが開き、さらに大きなNa+の流入が引き起こされます。この脱分極とそれにともなうNa+チャネルの開口が周囲に広がっていくことで活動電位の伝導が起こります。
再分極は、細胞膜の内側の電位が上昇したため、それを元に戻そうとカリウムチャネルが開きK+が細胞膜の外側へ出ていくことで起こります。また同時に、ナトリウムチャネルが閉じることで、Na+の流入が止まります。K+の流出によって膜電位は再び負の方向へ戻り、最終的に静止膜電位に戻ります。同じ正電荷のイオンであっても、流れる方向がNa+とK+では逆方向になるため、K+チャネルの開口は活動電位を抑える方向に作用し、最終的に細胞を静止膜電位に戻すのです。
参考)Journal of Japanese Biochemica…
膜電位の測定技術は、従来の電極による接触計測や電位感受性色素による光学マッピングから、より先進的な非接触・非標識の測定法へと進化しています。これまで細胞膜電位の変化は電極による接触計測で行われてきましたが、単一細胞にしか応用できないという制約がありました。また、電位感受性色素による光学マッピングは色素の毒性のため生体に直接用いることができませんでした。
参考)KAKEN href="https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-21K19913/" target="_blank">https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-21K19913/amp;mdash; 研究課題をさがす 
最新の研究では、デュアルコム分光法を応用した細胞膜電位の非接触・非標識測定の可能性が探られています。この手法は物質の光学特性の超精密測定を高速で行うことができ、ナノ秒単位で変化する細胞の活動電位を捉える可能性があります。実際に、細胞膜を模したサンプルで2枚の薄膜間に電位差を生じた時に透過光の微細な位相変化が生じることが示されています。
非接触・非標識の膜電位測定技術の研究開発
生体における膜電位測定技術が確立されれば、神経や筋肉など多くの細胞の電気的活動を非接触・非標識で計測できるようになる可能性があります。これは、臨床診断における低侵襲性や長時間モニタリングの実現につながり、不整脈の早期発見や神経疾患の病態解明に大きく貢献すると期待されています。さらに、ウェアラブルデバイスによる日常的な電気生理学的モニタリングも視野に入ってきており、予防医療への応用も期待されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8361161/
膜電位の恒常性維持には、イオンチャネルだけでなくイオンポンプが重要な役割を果たしています。特にNa+/K+ポンプ(ナトリウム-カリウムポンプ)は、細胞内外のイオン濃度差を維持する上で中心的な働きをしています。このポンプは、ATPのエネルギーを使って3個のNa+を細胞外へ汲み出し、同時に2個のK+を細胞内へ取り込む能動輸送を行っています。
参考)国立国会図書館デジタルコレクション
Na+/K+ポンプが機能しない状態では、膜電位はK+の平衡電位より小さくなり、K+は濃度勾配に沿って細胞外に出ることになります。そうなれば、細胞内外のイオン濃度差は一定に保たれなくなり、神経や筋の正常な興奮性が失われます。このように、イオンポンプは活動電位の発生によって消費されたイオン濃度差を回復させ、細胞が次の刺激に応答できる状態を維持する役割を担っています。
参考)https://www.tmd.ac.jp/med/phy1/ptext/rest_pot.html
高濃度グルコース環境下では、単一神経線維の電気活動がNa+/K+ポンプの機能変化によって影響を受けることが報告されており、糖尿病性神経障害の病態理解にもイオンポンプと膜電位の関係が重要です。細胞内イオン濃度の調節におけるNa+/K+ポンプの役割は、膜電位固定法による検討で詳細に解析されています。このような基礎研究の知見は、様々な疾患における神経障害や筋障害のメカニズム解明に貢献しています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/302bab37c32a8729d059e8ee32cb6966adc3b684
膜電位の異常は、様々な疾患の発症や進展に関与しています。脳虚血時には、細胞膜の機能障害により膜電位の維持ができなくなり、神経細胞の障害が進行します。すべての細胞は膜電位を持っており、膜の内側が外側に対して負(陰性)であることが正常状態ですが、この電位差が崩れることで細胞機能が著しく障害されます。
参考)膜電位と脳虚血 (Brain and Nerve 脳と神経 …
心筋細胞の膜電位異常は不整脈の原因となります。活動電位の形は細胞の種類や組織部位により異なり、心筋細胞では特徴的なプラトー相を持つ活動電位が形成されます。このプラトー相の異常や活動電位持続時間の変化は、致死的な不整脈を引き起こす可能性があります。抗不整脈薬の多くは、心筋細胞の膜電位や活動電位の性質を修正することで治療効果を発揮します。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/9d2ade6d37b9d0052a22f3e3c8f11b2d59e26e2d
神経筋疾患においても膜電位の異常が重要な役割を果たします。骨格筋の筋静止膜電位の測定は、筋疾患の診断や病態解明に有用な情報を提供します。細胞内超微小電極法による筋静止膜電位の測定は、罹患筋の電気的特性を評価する上で重要な検査法となっています。これらの知見は、筋電図検査の解釈や筋疾患の診断・治療戦略の立案に活かされています。
参考)骨格筋への電気刺激法(神経筋電気刺激法:NMES)の筋力増強…