術後感染予防抗菌薬は、手術部位感染(SSI)を防ぐために投与される薬剤群で、主に以下の種類に分類されます。
主要な薬剤分類
これらの薬剤は、手術部位の常在細菌叢に対する抗菌活性を基準として選択されます。重要なのは、術後感染の原因細菌をターゲットにするのではなく、予防的に常在菌の増殖を抑制することです。
薬剤選択の基本原則として、不必要な広域スペクトラム治療は避け、耐性菌の発現を予防することが重要視されています。また、手術野となる組織や臓器において汚染菌の発育を阻止するに十分な濃度が得られる薬剤を選択する必要があります。
薬剤特性の比較
各薬剤には独自の特徴があり、半減期や組織移行性、抗菌スペクトラムが異なります。セファゾリンは約2時間の半減期を持ち、手術時間が3時間を超える場合は追加投与が必要となります。
セファゾリン(CEZ)は、術後感染予防抗菌薬として最も頻繁に使用される第一選択薬です。この薬剤が広く採用される理由は、皮膚常在菌である黄色ブドウ球菌や連鎖球菌に対する優れた抗菌活性にあります。
セファゾリンの特徴
整形外科手術では、Gustilo-Anderson分類type IIIA以外の症例において、セファゾリンが標準的な予防抗菌薬として推奨されています。これは、整形外科手術が清潔野で行われ、主な感染リスクが皮膚常在菌によるものだからです。
投与タイミングと方法
セファゾリンの効果を最大化するためには、適切な投与タイミングが重要です。一般的に麻酔導入時(手術開始の約30分前)に点滴静注により投与を開始します。駆血帯使用手術では、加圧する5〜10分前に抗菌薬の投与を終了する必要があります。
PK/PD理論に基づく投与設計
近年では、薬物動態学(PK)と薬力学(PD)を考慮した投与法が注目されています。セファゾリンの血中濃度シミュレーションにより、1回1gまたは2gを1日2回または3回投与することで、効果的な抗菌活性が維持されることが示されています。
βラクタム薬にアレルギーを有する患者に対しては、安全で効果的な代替薬の選択が重要となります。この場合の選択は、手術のターゲット菌種によって異なります。
グラム陽性菌のみをターゲットとする手術
クリンダマイシンは、皮膚軟部組織への良好な組織移行性を示し、黄色ブドウ球菌や連鎖球菌に対して有効です。一方、バンコマイシンはMRSAを含むグラム陽性菌に広範囲の抗菌活性を示しますが、腎機能への影響に注意が必要です。
グラム陽性菌・陰性菌を考慮する手術
複数菌種をターゲットとする場合は、以下の組み合わせが推奨されます。
整形外科領域での代替薬選択
整形外科手術におけるβラクタム薬アレルギー患者では、以下の優先順位で選択します。
テイコプラニンは、バンコマイシンと同様のグリコペプチド系抗菌薬ですが、投与回数が少なく、赤人症候群のリスクが低いという利点があります。
注意すべき副作用と禁忌
手術領域によって想定される感染菌種が異なるため、術後感染予防抗菌薬の選択も領域特異的に行う必要があります。
皮膚常在菌のみをターゲットとする手術
以下の領域では、主に黄色ブドウ球菌と連鎖球菌が感染リスクとなります。
これらの手術では、**セファゾリン(CEZ)またはスルバクタム/アンピシリン(SBT/ABPC)**が第一選択となります。
皮膚常在菌+臓器特有常在菌をターゲットとする手術
臓器固有の常在菌も考慮が必要な領域。
領域別推奨薬剤
手術領域 | 主要ターゲット菌 | 推奨薬剤 |
---|---|---|
整形外科・脳外科・眼科 | 黄色ブドウ球菌・連鎖球菌 | CEZ、SBT/ABPC |
上部消化管 | 大腸菌・肺炎桿菌 | CEZ、CTM |
下部消化管 | 腸内細菌科細菌・嫌気性菌 | SBT/ABPC、CMZ |
泌尿器科 | 腸内細菌科細菌 | CEZ、CTM、アミノグリコシド系 |
胸部外科(気道開放) | 口腔内嫌気性菌・連鎖球菌 | SBT/ABPC |
特殊な考慮事項
コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(皮膚)や腸球菌(下部消化管)は主要な常在菌の一つですが、予防抗菌薬によるカバーは通常行いません。これは、これらの菌種に対する過度な抗菌薬使用が耐性菌の発現を促進する可能性があるためです。
術後感染予防抗菌薬の適切な投与期間は、有効性と安全性のバランスを考慮した重要な要素です。日本のガイドラインでは、48時間以内での投与終了が強く推奨されています。
標準的な投与期間
投与期間延長の適応となる条件
以下の場合に限り、48時間を超える投与が考慮されます。
SSI高リスク因子
投与期間の延長を検討すべき高リスク因子。
独自の注意点:術前抗菌薬使用歴の影響
あまり知られていない重要な注意点として、術前1か月以内に抗菌薬使用歴のある症例では、標準的な予防抗菌薬の適応とならないことがあります。これは、既存の抗菌薬により常在菌叢が変化し、耐性菌が選択されている可能性があるためです。
感染確認時の対応
予防的投与中に感染が確認された場合は、速やかに治療薬に切り替える必要があります。この際、起炎菌の同定と薬剤感受性試験の結果に基づいた適切な治療薬の選択が重要となります。
薬物動態学的考慮事項
手術時間が薬剤の半減期を超える場合は、術中追加投与を行います。セファゾリンの場合、手術時間が3時間を超える際に追加投与が推奨されます。これにより、手術終了まで有効な血中濃度を維持できます。
コスト効果と医療経済学的側面
適切な予防抗菌薬の使用により、以下の効果が期待できます。
これらの効果は、単に薬剤費の削減だけでなく、患者の予後改善と医療システム全体の効率化に寄与します。