出血傾向(Bleeding tendency, Hemorrhagic Diathesis)とは、何らかの原因で止血機序が破綻し、出血が抑制できない状態を指します 。この症状は、血管、血小板、凝固因子・抗凝固因子、線溶因子・線溶阻止因子などの先天的・後天的な量的質的異常によって引き起こされ、軽症では止血困難を呈するものの、出血が頭蓋内などの致死的な部位に出現する場合や、出血が止まらず大量出血を起こす出血傾向では致死的となる可能性があります 。
参考)https://www.jslm.org/books/guideline/05_06/090.pdf
出血傾向の診断においては、出血部位とその性状を十分に観察する必要があります 。出血傾向が疑われる患者には、スクリーニング検査として血小板数・プロトロンビン時間(PT)・活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)・フィブリノゲン量・フィブリン分解産物(FDP・D-dimer)を実施し、これらの検査結果によって止血機構のどこに異常があるかを判断します 。血小板数が減少していなければ、止血スクリーニングとして用いられるPTやAPTT、フィブリン・フィブリノゲン分解産物(FDP)、出血時間などを測定します 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/109/7/109_1340/_pdf
出血傾向は、先天性あるいは後天性の(1)血管壁の異常、(2)血小板の数・機能異常、(3)凝固系の異常、(4)線溶系の異常によって引き起こされます 。
血友病、ヴォン・ヴィレブランド病、グランツマン血小板無力症、特発性血小板減少性紫斑病・血栓性血小板減少性紫斑病などの血液疾患が代表的な原因疾患として挙げられます 。また、白血病、ウィスコット・アルドリッヒ症候群、ビタミンK欠乏症、肝硬変、ウイルス性出血熱、溶血性尿毒症症候群、播種性血管内凝固症候群なども出血傾向を引き起こす重要な疾患です 。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%BA%E8%A1%80%E5%82%BE%E5%90%91
薬物による出血傾向も重要な分類の一つです。
ワーファリン、ヘパリン、抗血小板薬(アスピリン、クロピドグレル、チクロピジン、シロスタゾールなど)、t-PA、さらにはヘビ毒などの毒物も出血傾向の原因となります 。これらの薬物は凝固機能に直接的または間接的に影響を与え、正常な止血機序を阻害することで出血傾向を誘発します。
出血傾向の臨床症状で最も一般的なものは紫斑(purpura)です。紫斑は皮膚および粘膜に見られ、赤血球が血管外へ漏出することにより発生します 。紫斑は発症時には鮮紅色ですが、その後暗赤色→紫褐色→黄色→退色と日時とともに変化します 。大きさにより、点状出血(petechiae, 径1~5 mm)、斑状出血(ecchymosis, 径数cm以内)、びまん性出血(面積の比較的大きな皮下出血)に分けられます 。
参考)https://www.jsth.org/publications/pdf/tokusyu/18_6.559.2007.pdf
出血傾向の初期症状として、皮膚・粘膜・運動器の出血症状が多く認められ、紫斑、点状出血斑、鼻出血、歯肉出血、過多月経、創部や穿刺部の出血・止血困難、ドレナージからの出血量の増大、血腫、関節の腫れなどがあり、圧痛を認めることが多くあります 。出血が進行した場合あるいは大量の場合は、ショック(血圧低下)、貧血(顔面蒼白)などの全身症状を呈することがあります 。
参考)https://www.pmda.go.jp/files/000245256.pdf
出血傾向の検査は、血液一般検査から始まります。まず血小板数(Plt)を確認し、血小板数が減少していなければ、止血スクリーニングとして用いられるプロトロンビン時間(PT)や活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)、フィブリン・フィブリノゲン分解産物(FDP)、出血時間などを測定します 。PTの基準範囲は10~13秒、APTTは25~40秒であり、通常PTは秒数ではなく、健常者のPTに対する比率(PT-INR:国際標準比)で表示します 。
参考)https://knowledge.nurse-senka.jp/226812
PTまたはAPTTが延長している場合、交差混合試験(クロスミキシング試験)を実施すれば、その原因が凝固因子の単純な欠乏によるものか、凝固阻害物質(特定の凝固因子のインヒビターやループスアンチコアグラント)によるものかが鑑別できます 。PT、APTT正常で出血時間の延長を認めた場合には、血小板無力症などの血小板機能異常を考え、ADP、コラーゲンによる血小板凝集能を測定します 。明確な出血症状がありながらスクリーニング検査が正常の場合は、血小板機能異常症、凝固第XIII因子(FXIII)低下症、von Willebrand病、または血管の異常が考えられます 。
参考)https://shiketsu-guide.com/overview.htm
出血傾向の治療は、その原因に応じて適切な治療法を選択することが重要です。血小板の量的・質的異常による出血症状には、血小板輸血がおおむね有効ですが、血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)においては、微小血管における血栓形成をさらに増悪させるために禁忌です 。
免疫性血小板減少症(ITP)では、血小板輸血の効果は少ないものの、重篤な出血の止血治療のために、γグロブリンやステロイド剤を併用の上で実施する場合があります 。
参考)https://shiketsu-guide.com/docs/shiketsu-guide_ver3.pdf
血小板輸血の適応については、血小板数と出血症状の程度により決定されます。血小板数が2~5万/μLでは、時に出血傾向を認めることがあり、止血困難な場合には血小板輸血が必要となります 。血小板数が1~2万/μLでは、時に重篤な出血をみることがあり、血小板輸血が必要となる場合があります 。急速失血により24時間以内に循環血液量相当量ないし2倍量以上の大量輸血が行われ、止血困難な出血症状とともに血小板減少を認める場合には、血小板輸血の適応となります 。
参考)https://www.jrc.or.jp/vcms_lf/iyakuhin_yuketu0511-93_090805.pdf
出血傾向の予後は、その原因疾患と重症度により大きく異なります。一般に出血傾向が重症の場合には特別な誘因なくしばしば出血症状がみられるのに対し、軽症では外傷、抜歯、観血的検査、処置、手術、分娩などの侵襲、あるいは抗凝固薬、抗血小板薬などの薬剤投与により出血症状が顕在化します 。臨床医は出血症状が出現してからではなく、出血傾向の出現・増悪を予知して治療を優先しないと、取り返しのつかないこととなります 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/98/7/98_1562/_pdf
播種性血管内凝固症候群(DIC)の際には、体の中で血栓ができやすくなるのに血が止まりにくくなるという複雑な病態を示します 。また肝臓病になると、肝臓で凝固因子が造られなくなるのと同時に脾腫による血小板減少が出現するため、出血傾向が出ることがあります 。このような複数の要因が関与する場合には、より慎重な管理と治療が必要となります。
参考)https://www.tyojyu.or.jp/net/byouki/rounensei/syukketsu-keikou.html
曰本内科学会雑誌 2020年7月号 出血傾向