特発性血小板減少性紫斑病(ITP:Idiopathic Thrombocytopenic Purpura)は、明らかな基礎疾患や原因なく血小板減少を生じる自己免疫疾患です。本疾患は厚生労働省の指定難病に認定されており、患者総数は約2万人、年間新規診断例は約3,000人と推定されています。
病型は発症からの経過により2つに分類されます。
急性型の特徴:
慢性型の特徴:
主要症状の血小板数別発現パターン:
症状として最も多く認められるのが皮下出血(点状出血、紫斑)で、その他に歯肉出血、鼻出血、血尿、月経過多などが観察されます。重症例では脳出血のリスクがあるため、血小板数1万/μL以下では特に注意深い観察が必要です。
ITPの診断は除外診断が基本となり、血小板減少をきたす他の疾患を除外することが重要です。
診断に必要な検査項目:
診断基準(以下をすべて満たす):
除外すべき疾患:
近年の研究では、慢性型ITPとヘリコバクター・ピロリ菌感染の関連性が注目されており、慢性型患者では必ずピロリ菌検査を実施することが推奨されています。
診断の特殊性として、特定の遺伝子異常は確認されておらず、遺伝性疾患ではないことが確認されています。また、自己抗体産生のメカニズムは完全には解明されていないため、「特発性」という名称が用いられています。
ITP治療は血小板数と出血症状に基づいた段階的アプローチが基本となります。治療目標は血小板数を3万/μL以上に維持することです。
治療適応の判断基準:
ファーストライン治療:
副腎皮質ステロイド(プレドニゾロン)
免疫グロブリン大量療法(IVIG)
セカンドライン治療:
トロンボポエチン(TPO)受容体作動薬
リツキシマブ(抗CD20抗体)
特殊治療:
ピロリ菌除菌療法
脾摘術
2023年4月に承認されたタバリス(一般名:ホスタマチニブナトリウム水和物)は、慢性ITP治療に新たな選択肢を提供する画期的な治療薬です。
タバリスの薬理学的特徴:
作用機序の詳細:
タバリスは小腸のアルカリホスファターゼにより活性代謝物R406に変換され、脾臓マクロファージ内のSykを選択的に阻害します。これにより自己抗体が結合した血小板の貪食・破壊が抑制され、血小板数の改善が期待されます。
適応と投与方法:
主要な副作用:
臨床的位置づけ:
タバリスは既存のTPO受容体作動薬とは異なる作用機序を有するため、TPO-RA不応例や不耐例に対する新たな治療選択肢として期待されています。特に脾摘を避けたい患者や複数薬物療法が困難な患者において有用性が高いと考えられます。
ITP患者の治療においては、単純な血小板数の改善だけでなく、患者の生活の質(QOL)を総合的に評価し、個別化された治療戦略を構築することが重要です。
心理社会的サポートの重要性:
慢性ITPは若年女性に多く発症するため、妊娠・出産への不安、就労への影響、外見上の変化(紫斑)による心理的負担が大きな問題となります。医療従事者は疾患の医学的管理だけでなく、患者の心理的ニーズにも配慮する必要があります。
ライフステージ別管理アプローチ:
妊娠可能年齢女性
高齢患者
患者教育の標準化:
多職種連携によるチーム医療:
血液専門医、薬剤師、看護師、ソーシャルワーカーによるチーム医療により、医学的管理と社会復帰支援を統合的に提供することが患者の長期予後改善に寄与します。
デジタルヘルスの活用:
近年では、患者自身による症状モニタリングアプリや遠隔医療システムの導入により、より細やかな病状管理と患者の自己効力感向上が期待されています。
ITP治療の最終目標は、患者が疾患と共存しながら自分らしい生活を送ることができる状態を達成することです。血小板数の数値的改善のみならず、患者の価値観や人生設計を尊重した包括的なケアが求められています。
参考:日本血液学会による特発性血小板減少性紫斑病治療指針
https://www.jshem.or.jp/gui-hemali/1_3.html
参考:厚生労働省特発性血小板減少性紫斑病調査研究班による治療参照ガイド
https://www.nanbyou.or.jp/entry/4552