透析後血圧低下は血液透析患者において最も頻繁に起こる合併症の一つで、患者の生命予後に重大な影響を与えます。Shoji らの研究によると、透析中の収縮期血圧30mmHg以上の急激な低下と透析終了後の起立性低血圧は生命予後不良の有意な危険因子となっています。
透析患者の血圧と死亡率の関係はU字カーブを描き、低血圧・高血圧ともに予後不良となります。特に収縮期血圧が140-160mmHg、拡張期血圧が65-75mmHgが最も死亡率が低く、これより低値でも高値でも死亡リスクが上昇します。
透析低血圧の定義は、透析中に収縮期血圧20mmHg以上または症状を伴って平均血圧が10mmHg以上急激に低下することです。この血圧低下により、重要臓器の灌流不全が生じ、冠血流や脳血流の減少による致命的な合併症を引き起こす危険性があります。
透析患者の死亡原因第一位は心疾患で、心不全が25.7%、心筋梗塞が3.9%を占めています。透析患者は一般人口と比較して心血管疾患死亡リスクが10-20倍高いことが報告されています。
Zagerらの研究では、血液透析患者5,433例を平均2.6年観察した結果、心血管死は透析後収縮期血圧が180mmHg以上と110mmHg以下でU字型曲線を示し、低血圧群でも死亡率が著しく上昇することが明らかになりました。
低血圧による心機能への影響として、血行動態の悪化により左室機能不全が進行し、Foleyらの報告では心不全発症時に平均血圧が103から98mmHgに低下し、それが早期死亡に関連していました。また、血圧の急激な変動は不整脈の誘因となり、突然死のリスクを高めます。
心血管疾患が透析患者の死亡原因の3割以上を占める理由として、透析による体液・電解質の急激な変化、動脈硬化の進行、血管石灰化の促進などが挙げられます。
透析患者では一般住民に比べ動脈硬化の頻度が高く、脈圧が高くなっています。この状態で急激な除水により血行動態が変動すると、脳血管障害、特に脳梗塞が起こりやすくなります。
透析関連の脳血管障害の発症時刻を検討すると、透析中および直後に比較的発症率が高いことが報告されています。これは透析による血圧変動と密接に関連しています。
透析低血圧や起立性低血圧が反復して起こると、脳の慢性的な虚血状態を引き起こし、脳萎縮という形態学的変化や脳機能障害の原因になる可能性があります。特に高齢者や糖尿病患者、動脈硬化症が高度な症例では透析低血圧や起立性低血圧が発現しやすく、発症すれば重要臓器の虚血障害を惹起する可能性が高いとされています。
慢性的な脳血流不足は認知機能の低下にもつながり、患者の生活の質(QOL)を著しく損ないます。また、脳血管障害は透析患者の死亡原因としても重要な位置を占めています。
透析低血圧の主要な危険因子として、以下の項目が挙げられます:
特に糖尿病患者では自律神経機能障害により血圧調節機能が障害され、透析低血圧が発現しやすくなります。また、心機能低下がある患者では、透析開始直後や除水操作によって血圧が容易に低下する傾向があります。
高齢維持血液透析患者では、全身衰弱や栄養障害の進行により、透析困難症を合併しやすく、血圧低下などの合併症から呼吸循環不全による死亡に至るケースも報告されています。
透析後血圧低下の予防には多角的なアプローチが必要です。現在、医療現場では以下の対策が推奨されています:
人工知能を活用した予防システムの開発も進められていますが、現在はより高度なバイオフィードバックループが必要とされています。当面は従来の管理方法を組み合わせた包括的なアプローチが重要です。
薬物療法においては、過度な降圧は透析中血圧低下の要因となるため、透析患者では慎重な血圧管理が求められます。降圧薬処方の有無にかかわらず、透析前血圧が140-159mmHg群が最も死亡率が低いことが報告されています。
血液透析患者の長期生存には、透析低血圧の予防と適切な血圧管理が不可欠であり、医療従事者は患者個々の状態に応じた細やかな対応が求められます。