アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬の種類と一覧

アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)は新しいクラスの心不全・高血圧治療薬です。現在利用可能な薬剤の種類、適応、用法用量について詳しく解説します。どのような特徴があるのでしょうか?

アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬種類一覧

ARNI薬剤の基本情報
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サクビトリルバルサルタン

現在唯一の承認ARNI薬剤で、慢性心不全と高血圧症に適応

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新規作用機序

ネプリライシン阻害とRAAS阻害を同時に行う革新的な治療法

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臨床効果

従来のACE阻害薬やARBを上回る心血管イベント抑制効果

アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬の基本的種類

アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)は、従来の心不全治療薬とは異なる新しいクラスの薬剤です。現在日本で承認されているARNIは、サクビトリルバルサルタン(商品名:エンレスト)のみとなっています。

 

サクビトリルバルサルタンは、ネプリライシン阻害薬であるサクビトリルとアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)であるバルサルタンを1分子化合物として組み合わせた薬剤です。この組み合わせにより、レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)の阻害と同時に、ナトリウム利尿ペプチド(NP)の分解抑制を実現しています。

 

エンレストには以下の製剤が用意されています。

  • 錠剤(成人用)
  • エンレスト錠50mg
  • エンレスト錠100mg
  • エンレスト錠200mg
  • 粒状錠(小児用)
  • エンレスト粒状錠小児用12.5mg
  • エンレスト粒状錠小児用31.25mg

各製剤の薬価は、50mg錠が60.9円、100mg錠が106.9円、200mg錠が188.2円となっており、処方箋医薬品として分類されています。

 

サクビトリル・バルサルタン以外にも、海外ではサクビトリル・アリサルタンという新しいARNIが開発され、臨床試験が実施されています。この薬剤は、オルメサルタンと比較して有意な降圧効果を示しており、将来的に日本でも承認される可能性があります。

 

アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬の適応疾患詳細

ARNIであるサクビトリルバルサルタンは、現在2つの主要な適応疾患で使用されています。

 

慢性心不全
慢性心不全は、サクビトリルバルサルタンの最初の適応疾患です。特に駆出率が低下した心不全(HFrEF)患者に対して、優れた治療効果を示しています。PARADIGM-HF試験では、ACE阻害薬エナラプリルと比較して心血管死/心不全による入院の抑制効果が有意に高いことが証明されました。

 

日本人を対象としたPARALLEL-HF試験では、エナラプリルと比較して心血管死/心不全による入院に有意差は認められなかったものの、NT-proBNP値の有意な低下を示しました。この結果により、心不全治療ガイドラインでは基本薬の1つとして位置づけられています。

 

高血圧症
2021年9月に高血圧症に対する効能追加が承認されました。日本人の軽症又は中等症の本態性高血圧症患者を対象とした国内第III相試験(A1306試験)において、エンレスト200mg/日投与時にオルメサルタンに対して有意な降圧効果が示されました。

 

この試験では、1161名の患者(平均坐位収縮期血圧150~180mmHg未満)を対象として実施され、以下の結果が得られました。

  • サクビトリルバルサルタン200mg群:387名
  • サクビトリルバルサルタン400mg群:385名
  • オルメサルタン20mg群:389名

8週間の治療後、サクビトリルバルサルタンはオルメサルタンと比較して優れた血圧低下効果を示し、より多くの患者が目標血圧を達成しました。

 

アジアの高血圧は塩分感受性が高く、夜間高血圧や収縮期高血圧が多いという特徴があるため、ARNIの利尿作用や血管拡張作用は特に有効とされています。

 

アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬の用法用量ガイドライン

サクビトリルバルサルタンの用法用量は、適応疾患と患者の年齢・体重によって詳細に設定されています。

 

慢性心不全(成人)
成人の慢性心不全患者では、段階的な用量調整が重要です。

  • 開始用量: 50mg 1日2回
  • 第1漸増用量: 100mg 1日2回
  • 第2漸増用量: 150mg 1日2回
  • 目標用量: 200mg 1日2回

用量調整の際は、以下の条件を満たすことが必要です。

  • 血圧:症候性低血圧がなく、収縮期血圧95mmHg以上
  • 血清カリウム値:5.4mEq/L以下
  • 腎機能:eGFR 30mL/min/1.73m²以上かつeGFRの低下率35%以下

慢性心不全(小児)
小児患者では体重に基づいた用量設定が行われます。

体重 開始用量 第1漸増用量 第2漸増用量 目標用量
40kg未満 0.8mg/kg 1.6mg/kg 2.3mg/kg 3.1mg/kg
40kg以上50kg未満 0.8mg/kg 50mg 100mg 150mg
50kg以上 50mg 100mg 150mg 200mg

高血圧症
高血圧症の治療では、100mg錠または200mg錠を使用します。

  • 通常用量: 100~200mg 1日1回朝食後
  • 開始用量: 100mg 1日1回から開始
  • 最大用量: 200mg 1日1回

高血圧症では1日1回投与であることが、慢性心不全の1日2回投与との大きな違いです。

 

投与上の注意点
ARNIの投与にあたっては、以下の点に特に注意が必要です。

  • ACE阻害薬との併用は禁忌(投与中止から36時間以内も含む)
  • 血管浮腫の既往歴がある患者は禁忌
  • 妊婦・授乳婦への投与は避ける
  • 高カリウム血症や腎機能低下患者では慎重投与

アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬の臨床試験成績

ARNIの臨床効果は、多数の大規模臨床試験によって確立されています。特に日本人を対象とした試験結果は、実臨床での使用において重要な指針となっています。

 

PARADIGM-HF試験(国際共同試験)
この試験は、駆出率が低下した心不全患者を対象とした最も重要な臨床試験です。サクビトリルバルサルタンをACE阻害薬エナラプリルと比較したところ、心血管死亡および心不全による入院の複合エンドポイントにおいて、20%の相対リスク減少を示しました。

 

試験結果の詳細な解析では、以下の利益が確認されています。

  • 心血管死亡の有意な減少
  • 心不全による入院の有意な減少
  • 全死亡率の改善
  • QOLの向上

PARALLEL-HF試験(日本人対象)
日本人の心不全患者190名を対象とした国内第II相試験では、サクビトリルバルサルタンの安全性と有効性が評価されました。主要エンドポイントである心血管死/心不全による入院について統計学的有意差は認められませんでしたが、NT-proBNP値の有意な低下が確認され、日本人における有効性が示唆されました。

 

この試験で特筆すべき点は、日本人特有の心不全の病態や薬物代謝に対する配慮がなされていることです。結果として、国際共同試験と同様の安全性プロファイルが確認されています。

 

A1306試験(高血圧症)
日本人の本態性高血圧症患者1161名を対象とした国内第III相試験では、サクビトリルバルサルタンの降圧効果が評価されました。

 

主要結果。

  • サクビトリルバルサルタン200mg:平均坐位収縮期血圧の低下
  • サクビトリルバルサルタン400mg:さらなる降圧効果
  • オルメサルタン20mgと比較して有意に優れた効果

この試験では、日本人に多い塩分感受性高血圧に対するARNIの特異的な効果も評価されており、ナトリウム利尿作用による降圧メカニズムの重要性が確認されています。

 

実臨床データ(Real-world Evidence)
2020年8月から11月にかけて実施された日本の実臨床研究では、37名の慢性心不全患者にサクビトリルバルサルタンを投与した結果が報告されています。

 

実臨床における重要な知見。

  • 68歳(中央値)の患者で安全に使用可能
  • 左室駆出率37%(中央値)の患者で有効
  • 3か月以内の中止率は8.1%(3/37名)
  • 中止理由:症候性低血圧、心不全悪化

この研究により、臨床試験の結果が実臨床においても再現されることが確認されています。

 

アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬の将来的展望と開発動向

ARNI分野では、現在も活発な研究開発が続けられており、より効果的で使いやすい薬剤の開発が進められています。

 

新規ARNI化合物の開発
サクビトリル・アリサルタンは、第二世代ARNIとして期待される新しい化合物です。中国で実施された第III相試験では、12週間の治療においてオルメサルタンと比較して有意に優れた降圧効果を示しました。

  • サクビトリル・アリサルタン240mg:オルメサルタン比-2mmHg
  • サクビトリル・アリサルタン480mg:オルメサルタン比-5mmHg

この薬剤の特徴は、より長い半減期を持つことで1日1回投与での効果持続が期待されることです。また、副作用の発生率が従来のARBと同等であることも確認されています。

 

適応拡大の可能性
現在、ARNIの適応拡大に向けた研究が世界各地で進行中です。

  • 駆出率が保たれた心不全(HFpEF): PARAGON-HF試験では統計学的有意差には至らなかったものの、一部の患者群で有効性が示唆されています
  • 急性心不全: 急性期からの早期導入による予後改善効果の検討
  • 腎保護作用: 慢性腎臓病患者における腎機能保護効果の評価
  • 糖尿病性腎症: ARNIの腎保護作用を活用した新たな治療戦略

個別化医療への展開
薬理遺伝学的研究により、ARNIの効果予測因子の解明が進んでいます。

  • ネプリライシン遺伝子多型による効果差
  • ナトリウム利尿ペプチド受容体の個人差
  • 薬物代謝酵素の遺伝的変異

これらの研究成果により、将来的には患者個々の遺伝的背景に基づいた最適な投与量や投与法の決定が可能になると期待されています。

 

配合剤の開発
心不全治療では多剤併用が基本となるため、ARNIと他の心不全治療薬との配合剤の開発も検討されています。

これらの配合剤により、服薬コンプライアンスの向上と治療効果の最大化が期待されます。

 

日本独自の展開
日本では、高齢者が多い心不全患者の特性を考慮した研究も進行中です。

  • 90歳以上の超高齢者における安全性評価
  • 認知機能低下患者での使用指針
  • フレイル合併心不全患者での至適用量設定

これらの研究により、日本の医療環境に最適化されたARNI使用ガイドラインの策定が進められています。

 

ARNI分野は今後も急速な発展が予想される領域であり、医療従事者は最新の知見を継続的に把握していくことが重要です。

 

日本人高血圧症患者でのサクビトリルバルサルタンの有効性に関する詳細な臨床試験データ
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