セリンは側鎖にヒドロキシメチル基(-CH₂OH)を持つ非必須アミノ酸の一種です。1865年に絹糸に含まれるタンパク質セリシンの加水分解物から初めて単離され、ラテン語で絹を意味する「sericum」にちなんで名付けられました。IUPAC命名法では2-アミノ-3-ヒドロキシプロピオン酸と呼ばれ、略号は「Ser」または「S」で表記されます。
参考)セリン - Wikipedia
セリンは極性無電荷側鎖アミノ酸に分類され、グリシンなどから体内で合成できるため非必須アミノ酸とされています。糖原性を持ち、酵素の活性中心において求核試薬として機能する重要な特性があります。側鎖のヒドロキシ基はタンパク質の極性に寄与し、リン酸化される主要なアミノ酸残基の一つとしてシグナル伝達にも深く関与しています。
参考)セリン(Serine)
セリンはプリン、ピリミジン、システイン、トリプトファンなどの生合成に関与するため、代謝において極めて重要な役割を果たします。さらに、キモトリプシンやトリプシンなど多くの酵素の活性中心に存在し、セリンプロテアーゼという典型的なタンパク質分解酵素の重要な構成要素となっています。
セレンは原子番号34の元素で、周期表では酸素、硫黄と同じ酸素族に属する必須微量元素です。反応性が高く、高濃度では有毒性を示すものの、微量成分として生命維持に不可欠な物質です。セレンの欠乏は、中国で多発した克山病という心不全を主症状とする多臓器疾患の原因として知られており、セレンの必須性と有害性の二面性を示す興味深い栄養素です。
参考)生物に必須な元素「セレン」をタンパク質に正しく取り込む仕組み…
セレンは主にセレノシステインというアミノ酸の形でタンパク質に取り込まれます。セレノシステインは、システインの硫黄原子(S)がセレン原子(Se)に置き換わった構造をしており、「21番目のアミノ酸」とも呼ばれます。ヒトにおいては25種類のセレノプロテイン(セレン含有タンパク質)が同定されており、これらは抗酸化作用、甲状腺ホルモン代謝、グルコース代謝、精子の成熟など多様な生理機能を担っています。
参考)日本薬学会 環境・衛生部会ホームページ
セレンはビタミンEとともに抗酸化物質として作用し、ビタミンEの50~100倍の抗酸化作用を持つとされています。活性酸素を積極的に除去することで、肌や血管、筋肉などの老化を遅らせる高いアンチエイジング効果があります。
参考)サプリメントの話・必須微量元素『セレン』 - 代官山パークサ…
セリンは細胞膜の構成成分であるホスファチジルセリンの原料として重要な役割を果たしています。ホスファチジルセリンは細胞膜を構成する主要なリン脂質であり、脂質二重層の内葉に限局して存在し、非対称的な分布を示します。この非対称性は細胞の正常な機能維持に不可欠で、アポトーシス(細胞死)の際にはホスファチジルセリンが細胞膜外層に露出し、マクロファージによる認識と貪食のシグナルとなります。
参考)セリン|成分と機能|キリングループ 協和発酵バイオの健康成分…
神経系においてセリンは特に重要な機能を持ちます。L-セリンは神経伝達物質の前駆体として機能し、葉酸やメチオニン代謝回路、スフィンゴ脂質やリン脂質の合成に関与します。ヒトの体内では脳に特に多く存在するアミノ酸であり、また表皮の天然保湿因子(NMF)の中で最も多いアミノ酸でもあります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9105362/
さらに興味深いのは、D-セリンという光学異性体の存在です。D-セリンは哺乳類の脳組織に存在する内因性物質で、NMDA型グルタミン酸受容体の主要なコ・アゴニストとして、中枢神経系における興奮性神経伝達やシナプス可塑性、学習・記憶などの脳機能に重要な役割を果たしています。
参考)D-セリン - 脳科学辞典
セレンの生理機能は主にセレノプロテインを通じて発揮されます。セレノプロテインは全てセレノシステイン残基を含み、主に酸化還元酵素として機能します。これらは酸化・抗酸化作用、甲状腺ホルモン代謝、免疫機能など多様な分子シグナル経路や生理的役割に関与しています。
参考)https://www.mdpi.com/1422-0067/24/21/15992/pdf?version=1699243744
特に重要なのはセレノプロテインP(SELENOP)です。血漿中に存在するこのタンパク質は主に肝臓で産生され、各組織にセレンを運ぶトランスポーターとして機能します。セレノプロテインPは唯一の例外として10個のセレノシステイン残基を含み、リン脂質ヒドロペルオキシドを安定なアルコール体に還元する抗酸化酵素としても機能します。
参考)https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fnut.2021.685517/pdf
セレンは免疫細胞の活性化を刺激し、免疫系の活性化に重要です。また、脳機能の維持にも不可欠で、セレンサプリメントは脂質代謝、細胞アポトーシス、オートファジーを調節し、多くの心血管疾患において著しい緩和効果を示すことが報告されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10216560/
セリンはタンパク質の構成アミノ酸であり、通常の食事から十分に摂取できます。牛乳、大豆製品、イクラなどの食品に豊富に含まれています。セリンは体内でグリシンなどから合成可能な非必須アミノ酸であるため、通常の食生活で欠乏することはほとんどありません。
参考)セリンの3つの効果|含まれる食品と摂取量・副作用を説明│健達…
一方、セレンの1日の推奨量は成人男性で30~35μg、成人女性で25μgと設定されています。耐容上限量は成人男性で400~450μg、成人女性で350μgです。セレンを多く含む食品としては、かつお節(320μg/100g)、辛子粉(290μg/100g)、豚腎臓(240μg/100g)などが挙げられます。日常的に摂取しやすい食品では、まつたけ(84μg/100g)、レンズ豆(54μg/100g)、納豆(16μg/100g)などがあります。
参考)微量元素の働きと1日の摂取量
MSDマニュアル:セレン過剰症の症状と診断について
セレンは必須性と有害性の二面性を持つ元素で、必要量と中毒域の幅が比較的狭いという特徴があります。医師の処方を受けずにセレンのサプリメントを1日900μg以上服用すると有害な影響が出ます。セレン中毒の主な症状は吐き気や嘔吐、下痢などの胃腸障害で、その他に脱毛、爪の異常、発疹、疲労、神経の損傷などがあります。慢性的な過剰摂取では爪の変形や脱毛、胃腸障害、焦燥感、末梢神経障害、皮膚症状などが見られます。
参考)セレン過剰症 - 11. 栄養障害 - MSDマニュアル家庭…
興味深いことに、セリンとセレンには直接的な関係性があります。セレノシステインの生合成において、セリンが出発物質として使用されるのです。セレノシステインはセリン残基の側鎖の酸素原子(O)がセレン原子(Se)に置き換わった構造をしています。
参考)タンパク質へのセレンの取り込み:その厳密性の分子基盤 : ラ…
セレノシステイン生合成の過程では、まずセリルtRNA合成酵素によってセレノシステイン専用のtRNA[Sec]にセリンが付加されます。次にO-ホスホセリルtRNAキナーゼによるセリン側鎖のリン酸化を受け、最終的にセレン原子が導入されてセレノシステインが完成します。この複雑な生合成経路は真正細菌、古細菌、真核生物のいずれにも存在しており、生体内でのセレノシステインの重要性を示しています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu/52/4/52_210/_pdf
この生合成系において、通常のtRNASerはセリルtRNA合成酵素によってセリンを付加されますが、O-ホスホセリルtRNAキナーゼによるリン酸化を受けないため、セレノシステイン生合成経路には取り込まれません。この厳密な識別機構により、セレノシステインは遺伝子暗号のUGAコドン(通常は終止コドン)を再定義して、特定のタンパク質にのみ正確に取り込まれます。
参考)セレノシステイン合成酵素 (Selenocysteine S…
このようにセリンはセレノシステイン合成の前駆体として、セレンを生体内で安全に活用するための重要な役割を担っています。生物は反応性が高く有毒なセレンを、セリンを出発点とする精密な生合成機構を通じて、セレノシステインというアミノ酸としてタンパク質に取り込み、抗酸化作用などに有効活用しているのです。
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