タンパク質分解とアンモニア生成:肝臓での尿素回路と代謝メカニズム

タンパク質が分解されるとアンモニアが発生しますが、このアンモニアは体内でどのように処理されるのでしょうか?肝臓の尿素回路、骨格筋でのグルタミン合成など、アンモニアの無毒化メカニズムを医療従事者向けに詳しく解説します。

タンパク質分解とアンモニア生成

タンパク質分解からアンモニア処理までの流れ
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アミノ酸の脱アミノ反応

アミノ酸からアミノ基が離脱し、有毒なアンモニアが生成される過程

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肝臓での尿素回路

アンモニアを無毒な尿素に変換する主要な代謝経路

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骨格筋でのグルタミン合成

肝臓以外の組織でアンモニアを一時的に無毒化する補助システム

タンパク質分解によるアミノ酸代謝の基礎

 

タンパク質が体内で代謝される際、アミノ酸は糖質や脂質とは異なり体内に貯蔵できないため、過剰なアミノ酸は分解されて排泄されます。この分解過程において、アミノ酸は窒素化合物であるため、必然的にアンモニアが生成されます。
参考)余ったタンパク質はどうなるの?

アミノ酸の代謝では、まずアミノ基転移反応酸化的脱アミノ反応という2つの主要な反応が関与します。アミノ基転移反応では、アミノトランスフェラーゼ(アミノ基転移酵素)によって、各アミノ酸のアミノ基が2-オキソグルタル酸(α-ケトグルタル酸)に転移され、グルタミン酸が生成されます。
参考)脱アミノ - Wikipedia

この過程で重要な役割を果たすのが、肝機能検査でも知られるALT(アラニンアミノトランスフェラーゼ)とAST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ)です。ALTはα-ケトグルタル酸のα-ケト基とL-アラニンのアミノ基の転移反応を触媒し、ピルビン酸とL-グルタミン酸を生成します。ASTも同様にアスパラギン酸のアミノ基を2-オキソグルタル酸に転移させてグルタミン酸を生成する反応を触媒します。これらの酵素はピリドキサールリン酸(PALP)を補酵素とし、アミノ酸とTCAサイクル代謝産物との接点に位置する代謝上極めて重要な酵素です。
参考)第2章 2-3:タンパク質代謝

タンパク質分解におけるグルタミン酸脱水素酵素の役割

アミノ基転移反応によって生成されたグルタミン酸は、次に酸化的脱アミノ反応を受けてアンモニアを遊離します。この反応を触媒するのが**グルタミン酸脱水素酵素(グルタミン酸デヒドロゲナーゼ、GDH)**です。
参考)【解決】グルタミン酸とグルタミンを介したアンモニアの体内輸送

GDHは主に肝臓と腎臓のミトコンドリア内に存在し、グルタミン酸からアンモニア分子を遊離させます。この反応によりグルタミン酸は、α-ケトグルタル酸とアンモニアに変換されます。GDHによる反応は可逆的であり、アンモニアとα-ケトグルタル酸からグルタミン酸を生成する合成反応も触媒します。
参考)https://mh.rgr.jp/memo/mz0282.htm

GDHがグルタミン酸を分解する際には、補酵素としてNAD⁺を用います。NAD⁺はグルタミン酸を酸化させることによりNADHへと変化し、このとき生じたNADHは電子伝達系によってATPの合成、すなわちエネルギーの生産に利用されます。生成されたα-ケトグルタル酸はクエン酸回路の一員であり、オキサロ酢酸へと変換されることで糖新生の基質となるか、あるいは再びアンモニア分子を取り込むことによりグルタミン酸へと再合成されます。​
GDHが肝臓および腎臓において特異的にグルタミン酸の酸化的脱アミノ反応を行っている理由は、遊離されるアンモニア分子がそれ自体に毒性があり、肝臓における尿素回路によってアンモニア分子を尿素として無毒化させる、あるいは腎臓でアンモニウムイオンの形で尿中へ排泄させる必要があるためです。​

タンパク質分解で生じたアンモニアの肝臓での処理機構

タンパク質の分解によって生成されたアンモニアは、肝臓で主に**尿素回路(オルニチン回路)**によって無毒化されます。尿素回路は、有毒なアンモニアを無毒な尿素へと変換するための代謝回路で、肝細胞のミトコンドリアと細胞質に存在します。
参考)【高校生物基礎】「肝臓の働き②③」

肝臓におけるアンモニア処理の大半はこの尿素回路において行われます。アンモニアは尿素回路で尿素に変換され、最終的に尿中に排泄されます。肝機能が低下すると、アンモニアが十分に解毒されず、血液中のアンモニア濃度が上昇します。
参考)https://www.aska-pharma.co.jp/kansikkan/complications/03.html

また、肝臓ではグルタミン合成酵素(グルタミンシンテターゼ)によってもアンモニアが処理されます。グルタミン合成酵素は、アンモニアをグルタミン酸と結合させてグルタミンに変換し、無毒化します。尿素回路で処理できるアンモニアの量を上回った場合には、グルタミンシンテターゼによって再びグルタミンとして固定(無毒化)されて腎臓まで輸送され、腎臓におけるグルタミン酸デヒドロゲナーゼにより、アンモニウムイオンの形で尿中へと排泄されます。​
腸管内では細菌によって食物中のタンパク質からもアンモニアが産生されます。このアンモニアは門脈を通って肝臓に運ばれ、尿素に変換されて無毒化されます。
参考)https://aih-net.com/liver/medical/letter/51.pdf

タンパク質分解とアンモニア処理における骨格筋の役割

骨格筋は肝臓以外の組織としてアンモニア代謝において重要な役割を果たします。骨格筋はグルタミン合成酵素の活性は低いですが、骨格筋の量が多いために処理しているアンモニア量も多く、特に肝不全の際にはアンモニアを無毒化する臓器として重要です。​
骨格筋では、グルタミンシンテターゼによってアンモニアがグルタミン酸と結合してグルタミンに変換され、無毒化されます。このように、グルタミンは血中での「アンモニアの運搬体」として重要な役割を担っています。グルタミンはアミノ基を2つ持っており、安全にアンモニアを輸送できる形態です。​
肝臓および腎臓以外の組織(特に骨格筋)で生じたグルタミン酸の多くは、グルタミンシンテターゼによって遊離アンモニアを取り込み、グルタミンへと変換され、肝臓あるいは腎臓へと輸送されます。慢性肝不全では、血中への骨格筋からのグルタミン放出が増加することが知られています。​
分岐鎖アミノ酸(BCAA)は骨格筋と脳で代謝され、その際にグルタミン酸が産生されます。このグルタミン酸がアンモニアを処理し、グルタミンに変換されることで、骨格筋はアンモニア代謝に寄与します。BCAAは骨格筋でアンモニア代謝を促進する重要な役割を持っています。
参考)https://www2.kuh.kumamoto-u.ac.jp/gastro/img/kyouiku_kouen_07.pdf

タンパク質分解とアンモニア蓄積の臨床的意義

タンパク質の分解によって生じたアンモニアの処理が適切に行われない場合、高アンモニア血症が発生し、重篤な神経学的合併症を引き起こします。特に肝性脳症は、肝機能が低下することでアンモニアが解毒されず、血液中のアンモニア濃度が上昇し、それが脳に達して脳症の原因となる病態です。
参考)https://www.aska-pharma.co.jp/kansikkan/assets/pdf/useful_spread_01.pdf

アンモニアは神経毒性を持ち、脳に対する毒性が特に強いことが知られています。肝性脳症の主な原因はアンモニアであり、肝臓が正常に機能しなくなると、血液中に毒素(主にアンモニア)が蓄積され、それが脳に影響を与えます。
参考)肝性脳症 (かんせいのうしょう)とは

肝硬変では、肝臓の細胞が傷つき、繊維化が進むことで肝臓の機能が低下し、有害物質(特にアンモニア)の処理ができなくなります。また、肝臓をう回する血液の流れ(シャント)ができると、解毒が不十分になり、血液中にアンモニアが増加してしまいます。
参考)急に性格が変わったり、運動や知覚に異常が…もしかして肝性脳症…

非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)においても、尿素回路の機能障害によりアンモニアが蓄積することが報告されています。尿素回路酵素遺伝子のエピジェネティックな損傷や肝細胞の老化により尿素回路活性が低下すると、アンモニアが肝組織と血液中に蓄積します。肝臓におけるアンモニアの蓄積は炎症、星細胞の活性化、線維化を引き起こし、これは部分的に可逆的であり、単純な脂肪肝から進行性肝疾患への移行の重要なメカニズムとなる可能性があります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10326708/

尿素合成は健康と生命の維持に不可欠な、不可逆的かつ高度に制御された肝機能であり、アンモニアを体外に排出する決定的な経路です。アンモニアはすべての組織で窒素代謝の一部として放出され、アンモニアが正常値を超えて蓄積すると毒性を示し、特に脳に対して有害で、肝疾患の破壊的な合併症である肝性脳症を引き起こします。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11612001/

肝性脳症の原因とアンモニアの役割について詳しく解説されています
タンパク質代謝とアンモニア処理の詳細なメカニズムが図解されています
グルタミン酸とグルタミンを介したアンモニアの体内輸送について詳細な解説があります