ジェネリックに切り替えたつもりが、先発品より薬価が高くなっていたケースが実在します。
トリメブチンマレイン酸塩の先発品として長く使用されてきたのが、田辺三菱製薬が製造・販売する「セレキノン」です。薬効分類番号2399、消化管運動調律剤に分類されます。
作用機序はやや複雑です。平滑筋細胞において、弛緩した細胞に対してはKチャネルの抑制による脱分極作用で興奮性を高め、一方で過剰な収縮はCaチャネルを抑制することで抑えます。つまり「双方向性の調律作用」が特徴です。
さらにオピオイド受容体を介した作用もあります。運動亢進状態の腸管では、副交感神経終末のμ受容体およびκ受容体に作用し、アセチルコリン遊離を抑制して消化管運動を抑制します。この二段構えの作用機序が、過敏性腸症候群(IBS)をはじめとする幅広い消化器疾患への有効性を支えています。
適応症は以下の通りです。
これが基本です。
主な副作用としては、便秘・下痢・口渇・悪心などの消化器症状のほか、眠気・めまい・頭痛などの精神神経系症状、排尿障害・尿閉といった泌尿器系症状が報告されています。重篤な副作用は少なく、比較的安全性の高い薬剤として評価されてきました。
参考:添付文書情報・薬効薬理の詳細(KEGG MEDICUS)
https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00065039
2022年、医療現場に衝撃が走りました。先発品セレキノンの販売中止が発表されたのです。
これは単に「古い薬がなくなる」という話ではありません。問題の本質は、販売中止のタイミングとジェネリック供給不足が重なった点にあります。製造中止となったジェネリック医薬品の中にトリメブチンマレイン酸塩が含まれていたため、ジェネリックが入手困難になると同時に先発品需要が急増するという皮肉な状況が生じました。
在庫が逼迫した現場では、患者に対して「薬が出せない」と説明せざるを得なかったケースも報告されています。厳しいところですね。
医療従事者が取るべき対応として、以下の点が重要です。
販売中止後のロードマップについては、田辺三菱製薬の公式情報を定期的に確認することが原則です。
参考:セレキノン販売中止に関するクリニックの実情
https://www.yoshiokaclinic.or.jp/blog/2022/05/post-9109.html
「先発品とジェネリックは同じ」と一言で片付けがちですが、薬価と生物学的同等性のデータをきちんと確認することは医療従事者として必須です。
生物学的同等性の観点では、沢井製薬のデータが参考になります。トリメブチンマレイン酸塩錠100mg「サワイ」とセレキノン錠100mgを比較すると、以下のような薬物動態パラメータが示されています。
| パラメータ | サワイ(後発品) | セレキノン(先発品) |
|---|---|---|
| Cmax(ng/mL) | 20.2±3.6 | 21.6±3.7 |
| Tmax(hr) | 0.8±0.2 | 0.7±0.2 |
| T1/2(hr) | 1.2±0.4 | 1.1±0.4 |
| AUC 0-12hr(ng·hr/mL) | 30.9±8.8 | 29.6±10.6 |
数値上の差はごくわずかです。生物学的同等性は担保されているといえます。
薬価面では、後発品のトリメブチンマレイン酸塩錠100mg「サワイ」が1錠6.1円と非常に安価です。先発品セレキノンと比較すると、長期処方における薬剤費の差は患者・保険者の双方にとって無視できない金額になります。たとえば1日3錠・30日分の処方では、後発品で約550円分の薬剤費となります。
これは使えそうです。
ただし、添加物の違いや患者の薬剤アレルギー歴によっては後発品への単純切り替えが適さないケースもゼロではありません。個別の患者背景を確認することが条件です。
参考:トリメブチン系薬剤の同効薬比較(くすりすと)
https://www.data-index.co.jp/kusulist/detail.php?trk_toroku_code=2399006C1190
意外と知られていない事実があります。トリメブチンマレイン酸塩は、医療用医薬品としてだけでなく、一般用医薬品(OTC)としての申請も行われた成分です。
厚生労働省の資料によると、トリメブチンマレイン酸塩の効能として「過敏性腸症候群」が一般用医薬品として初めて承認対象となったケースが記録されています。これは「申請区分(5)-②」として処理された、新一般用効能医薬品に該当するものです。
これは何を意味するでしょうか?
処方なしでドラッグストアで購入できる可能性が生まれたということです。医療従事者の視点からすると、以下の点で重要な意味を持ちます。
OTC化の動向は患者の受診行動に直結します。医療従事者としてこの流れを把握しておくことは、適切な患者教育のためにも欠かせない知識です。
副作用の観点では、OTC使用時の副作用報告として「味覚異常」「構語障害」が使用上の注意から予測できない副作用として報告されており、患者への情報提供の重要性が改めて示されています。
参考:厚生労働省によるトリメブチンマレイン酸塩のリスク区分資料
https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/000539937.pdf
処方の場面で「とりあえずトリメブチン」と選択していると、見落としやすいリスクがあります。先発品・後発品どちらを選ぶにしても、以下の実践的ポイントを押さえておく必要があります。
まず用量設計です。成人への標準用法は「1回100mgを1日3回経口投与」が基本ですが、過敏性腸症候群では症状の重症度や患者の消化管運動状態によって調整が必要なケースがあります。
特定の患者背景に対する注意点は以下の通りです。
供給不足への備えも重要です。
現在の医薬品流通環境では、特定のジェネリックが急に入手困難になる事態が繰り返されています。トリメブチンはその代表格の一つです。処方箋に「後発品への変更可」の指示を入れるだけでなく、薬局サイドが対応できる後発品の銘柄リストを把握しておくことが現実的な対策です。
採用薬の変更が生じた場合には、患者への丁寧な説明が欠かせません。「薬の名前が変わっただけで成分は同じ」という説明で済む場合がほとんどですが、患者の不安を軽減するための一言が服薬継続率に直結します。
同効薬との使い分けについては、モサプリドクエン酸塩(ガスモチン)が胃排出促進を主とするのに対し、トリメブチンは腸管全体の調律作用が強みです。IBS全般にはトリメブチン、逆流症状を伴う場合にはモサプリドという大まかな使い分けが臨床現場では行われています。
参考:トリメブチン系の同効薬一覧・薬価比較(KEGG MEDICUS)
https://www.kegg.jp/medicus-bin/similar_product?kegg_drug=DG00031