アセチルコリンとノルアドレナリンの作用と受容体、臨床応用

神経伝達物質として重要なアセチルコリンとノルアドレナリンは、自律神経系において中心的な役割を果たしています。両者の合成経路、受容体の種類と作用、生体内での相互作用、そして臨床での応用まで、医療従事者が知っておくべき重要なポイントとは何でしょうか?

アセチルコリンとノルアドレナリン

記事のポイント
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神経伝達物質の基本

アセチルコリンとノルアドレナリンは自律神経系の主要な化学伝達物質として機能

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受容体の多様性

ムスカリン・ニコチン受容体とα・β受容体が異なる生理作用を発揮

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臨床応用

認知症治療から循環管理まで幅広い治療戦略に活用

アセチルコリンの合成経路と分解代謝

 

アセチルコリンは、コリンとアセチルCoAを原料として、コリンアセチルトランスフェラーゼという酵素により合成される神経伝達物質です。この合成反応は神経終末で行われ、合成されたアセチルコリンは小胞内に貯蔵されます。シナプス間隙に放出されたアセチルコリンは、アセチルコリンエステラーゼ(AChE)という酵素によってコリンと酢酸に速やかに分解されます。この分解過程は約100ミリ秒という極めて短時間で完了し、神経伝達の迅速な終了を可能にしています。
参考)https://www-yaku.meijo-u.ac.jp/Research/Laboratory/chem_pharm/mhiramt/EText/Pharmacol/Pharm-II02-4-1.html

分解によって生じたコリンは神経終末に再取り込みされ、再びアセチルコリン合成の原料として利用されます。このリサイクル機構により、効率的な神経伝達が維持されています。アセチルコリンエステラーゼには、アセチルコリンに対して高い特異性を持つ真性AChEと、より広範な基質に作用する非特異的コリンエステラーゼの2種類が存在します。真性AChEはシナプス膜に固着しており、放出されたアセチルコリンを即座に分解する役割を担っています。
参考)http://www-p.sci.ocha.ac.jp/bio-monai-lab/wp-content/uploads/sites/17/2019/12/f1abf0c20c94c7fee23195f312c8ae00.pdf

興味深いことに、サリンなどの神経ガスはアセチルコリンエステラーゼを阻害することで、アセチルコリンの蓄積を引き起こし、重篤な神経症状を発現させます。また、脳内のアセチルコリン濃度の低下は、アルツハイマー型認知症における学習・記憶機能の低下と密接に関連しています。このため、アセチルコリンエステラーゼ阻害剤であるドネペジルは、アセチルコリン濃度を上昇させることで認知機能を改善する治療薬として広く使用されています。
参考)アセチルコリン - Wikipedia

ノルアドレナリンの合成経路と分解代謝

ノルアドレナリンの合成は、アミノ酸のチロシンから始まります。チロシンヒドロキシラーゼという律速酵素によってL-ドーパに変換され、次いでドーパデカルボキシラーゼによってドーパミンが生成されます。このドーパミンが小胞内に取り込まれ、小胞内に存在するドーパミンβヒドロキシラーゼによってノルアドレナリンへと変換されます。副腎髄質では、さらにN-メチルトランスフェラーゼによってノルアドレナリンからアドレナリンが合成されます。
参考)アドレナリン神経系

ノルアドレナリンの分解には、主に2つの酵素系が関与しています。カテコールO-メチルトランスフェラーゼ(COMT)は放出されたノルアドレナリンの一部を分解し、モノアミンオキシダーゼ(MAO)は神経終末に再取り込みされたノルアドレナリンを酸化分解します。中枢神経系におけるノルアドレナリンの最終代謝産物である3-methoxy-4-hydroxyphenylglycol(MHPG)は、生体内のストレス状況を示すバイオマーカーとして注目されています。
参考)神経伝達 - 07. 神経疾患 - MSDマニュアル プロフ…

ノルアドレナリンの再取り込みは、神経終末の膜に存在するトランスポーターによって能動的に行われ、この過程はイミプラミンやコカインなどの薬物によって阻害されます。実際、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬SNRI)は、この再取り込み機構を阻害することで、シナプス間隙のノルアドレナリン濃度を上昇させ、抗うつ効果を発揮します。また、ノルアドレナリンの合成を促進する因子として、ニコチンがチロシンからドーパへの合成を促進することも報告されています。
参考)神経伝達に及ぼすニコチンの影響

アセチルコリン受容体の種類と作用機序

アセチルコリン受容体は、構造と機能の違いから「ムスカリン受容体」と「ニコチン受容体」の2つに大別されます。ムスカリン受容体は、Gタンパク質共役型受容体であり、M1からM5までの5種類のサブタイプが存在します。M2受容体は主に心臓や脳に分布し、心臓収縮力の低下と心拍数の減少をもたらします。M3受容体は消化管の平滑筋や腺に多く存在し、消化管運動の促進と消化液分泌の増加に働きます。​
一方、ニコチン受容体はイオンチャネル内蔵型受容体であり、主に骨格筋、自律神経節、中枢神経に存在します。ニコチン受容体がアセチルコリンと結合すると、ナトリウムイオン(Na+)やカルシウムイオン(Ca2+)が流入し、速やかな脱分極が生じます。骨格筋のニコチン受容体は神経筋接合部に存在し、骨格筋の収縮を引き起こします。自律神経節のニコチン受容体は、交感神経と副交感神経の両方の節前・節後神経間の興奮伝達に関与しています。​
中枢神経系においては、ムスカリン性M1受容体が学習・記憶、特に忌避学習と密接に関連していることが明らかになっています。アセチルコリンがM1受容体に結合すると、プロテインキナーゼC(PKC)を介したシグナル伝達経路が活性化され、さらに下流のβ-PIXやPAKといった分子が活性化されます。この細胞内シグナル伝達経路の解明により、アルツハイマー型認知症に対する新たな治療戦略の開発が期待されています。また、ニコチン受容体は神経保護作用を持つことも報告されており、神経変性疾患の治療標的としても注目されています。
参考)学習・記憶を制御するアセチルコリンの神経細胞内シグナル伝達機…

ノルアドレナリン受容体の種類と作用機序

ノルアドレナリンが結合する受容体は、アドレナリン受容体ファミリーと呼ばれ、α1、α2、β1、β2、β3の5種類のサブタイプに分類されます。これらはすべて三量体Gタンパク質共役型受容体です。α1受容体は交感神経系のシナプス後膜に存在し、ノルアドレナリンと結合するとホスフォリパーゼCを活性化し、細胞内カルシウム濃度を上昇させます。この作用により血管平滑筋の収縮が起こり、血圧上昇効果が発現します。
参考)ノルアドレナリン - 脳科学辞典

α2受容体は主にシナプス前膜に存在し、ノルアドレナリンの放出を抑制する負のフィードバック機構に関与しています。興味深いことに、α2受容体は中枢神経系においても重要な役割を果たしており、海馬のグルタミン作動性シナプスにおける興奮性神経伝達を抑制することが報告されています。この抑制作用は、電位依存性カルシウムチャネルの抑制を介して行われます。
参考)循環器用語ハンドブック(WEB版) href="https://med.toaeiyo.co.jp/contents/cardio-terms/pathophysiology/2-71.html" target="_blank">https://med.toaeiyo.co.jp/contents/cardio-terms/pathophysiology/2-71.htmlamp;#945;受容体

β1受容体は主に心臓に分布し、心拍数と心収縮力を増加させます。β2受容体は気管支平滑筋や血管平滑筋に存在し、平滑筋の弛緩作用を示します。この作用は、cAMPセカンドメッセンジャー系を介して、グリコーゲンの分解やプロテインキナーゼA(PKA)の活性化を引き起こします。β3受容体は膀胱平滑筋に多く分布しており、β3作動薬は膀胱の筋肉を弛緩させることで過活動膀胱の治療に用いられています。
参考)アドレナリンとノルアドレナリンについて href="https://www.ikyo.jp/commu/question/927" target="_blank">https://www.ikyo.jp/commu/question/927amp;#8211; 医教…

アドレナリンとノルアドレナリンでは、これらの受容体サブタイプに対する親和性が異なります。ノルアドレナリンはα受容体に対する作用が特に強く、血管収縮作用が顕著です。一方、アドレナリンはα受容体とβ受容体の両方に強く作用するため、循環器系や呼吸器系に多様な効果をもたらします。
参考)薬1-2版_立ち読み

アセチルコリンとノルアドレナリンの相互作用と臨床意義

アセチルコリンとノルアドレナリンは、自律神経系において拮抗的に作用する神経伝達物質として知られています。副交感神経の終末ではアセチルコリンが放出され、交感神経の終末(副腎髄質を除く)ではノルアドレナリンが放出されます。心臓においては、交感神経伝達物質であるノルアドレナリンが心拍数と収縮力を増大させるのに対し、副交感神経伝達物質であるアセチルコリンは心拍数を低下させ、収縮力を抑制します。​
興味深い相互作用として、消化管における両者の関係があります。ノルアドレナリンとアドレナリンは、モルモットの回腸縦走筋においてアセチルコリンの放出を最大80%まで抑制することが報告されています。この抑制作用はα受容体を介して行われ、シナプス前抑制のメカニズムによるものと考えられています。消化管運動の調節においては、コリン作動性神経とノルアドレナリン作動性神経が拮抗的に作用し、平滑筋の緊張度を制御しています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC1703074/

中枢神経系においても、両者は重要な相互作用を示します。脳内におけるアセチルコリンとノルアドレナリンは、学習・記憶や覚醒-睡眠の調節に関与しており、認知機能の維持に不可欠です。特に、青斑核から投射するノルアドレナリン作動性神経は、ストレス応答や注意、記憶形成に影響を与えます。また、うつ病の病態には、コリン作動性、カテコラミン(ノルアドレナリン、ドパミン)作動性、およびセロトニン作動性神経伝達の複合的な異常が関与していることが知られています。
参考)うつ病の薬物療法 - 佐藤病院(精神科・内科)

臨床的には、両者のバランスの乱れが様々な疾患の原因となります。過活動膀胱の治療では、アセチルコリンの作用を抑える抗コリン薬と、ノルアドレナリン作用を増強するβ3作動薬が使用されます。また、パーキンソン病においてはアセチルコリンが過剰となり、アルツハイマー型認知症ではアセチルコリンが減少するという対照的な変化が見られます。三環系や四環系抗うつ薬の副作用の多くは、セロトニンやノルアドレナリン以外に、アセチルコリン受容体への作用によって生じることも報告されています。
参考)神経伝達物質(脳内ホルモン)

医療従事者にとって、これら二つの神経伝達物質の作用機序と相互作用を理解することは、循環管理、呼吸管理、認知症治療、精神疾患治療など、幅広い臨床場面における適切な治療選択のために極めて重要です。
参考)https://www-yaku.meijo-u.ac.jp/Research/Laboratory/chem_pharm/mhiramt/EText/Pharmacol/Pharm-II02-2.html