ウィルソン病の症状と治療薬:診断から治療選択まで

ウィルソン病の多彩な症状と最適な治療薬選択について、診断基準から病型別治療戦略まで詳しく解説。医療従事者が知るべき最新の治療指針とは?

ウィルソン病の症状と治療薬

ウィルソン病の基本情報
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遺伝性疾患

ATP7B遺伝子変異による常染色体劣性遺伝疾患で、銅代謝異常を起こす

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多臓器症状

肝臓、脳、腎臓、角膜など全身に銅が沈着し多彩な症状を呈する

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治療可能疾患

早期診断と適切な治療により予後良好、生涯治療継続が必要

ウィルソン病の基本的症状と病型分類

ウィルソン病は常染色体劣性遺伝で遺伝する胆汁中への銅排泄障害による先天性銅過剰症です。ATP7B遺伝子の変異により銅の胆汁中への排泄が阻害され、全身臓器に銅が沈着して組織障害を引き起こします。

 

症状・障害臓器から病型は以下のように分類されます。
肝型

  • 黄疸、腹痛、嘔吐、浮腫、腹満
  • 全身倦怠感
  • 肝機能障害から肝硬変まで様々な程度
  • 劇症肝炎として急激に発症する場合もある

神経型

  • 構音障害(ろれつが回らない)
  • 振戦(手の震え)
  • ジストニア(筋肉の突っ張り)
  • 歩行障害
  • 嚥下障害

精神症状

  • 精神不安定
  • 無気力、うつ状態
  • 統合失調症様の反応
  • 認知機能低下

眼症状

  • カイザー・フライシャー角膜輪:角膜に青緑色または黒褐色のリング状の線

興味深いことに、神経症状が先行する場合、初期には統合失調症と誤診されるケースが約10年続いた症例報告もあります。これは精神症状が主症状として現れることがあるためで、若年者の精神症状では本疾患の可能性も考慮する必要があります。

 

ウィルソン病の診断基準とセルロプラスミン検査

ウィルソン病の診断は、症状と検査所見を点数化したスコアリングシステムを用いて行われます。

 

主要な検査項目
血清セルロプラスミン値

  • 10mg/dL未満:2点
  • 10以上20mg/dL未満:1点
  • 正常値は20mg/dL以上

尿中銅排泄量

  • 40以上80μg/日未満:1点
  • 80μg/日以上:2点
  • 正常値は40μg/日未満

肝銅含量

  • 50μg/g乾肝重量以上250μg/g乾肝重量未満:1点
  • 250μg/g乾肝重量以上:2点
  • 肝生検組織で銅染色陽性:1点

遺伝学的検査

  • ATP7B遺伝子変異:片方の染色体1点、両方の染色体4点

症状による得点

  • カイザー・フライシャー角膜輪:2点
  • 軽症精神神経症状:1点
  • 重症精神神経症状:2点

診断カテゴリーは合計点数で決定され、4点以上でDefinite(確定診断)、3点でPossible(疑診)となります。

 

セルロプラスミンは銅結合蛋白であり、ATP7B遺伝子変異により銅の取り込みが障害されるため血中濃度が低下します。ただし、新生児期や炎症時には偽陰性となる可能性があるため、複数の検査を組み合わせた総合的な診断が重要です。

 

ウィルソン病の治療薬選択と薬剤特性

ウィルソン病の治療は、病型と重症度に応じた薬剤選択が重要です。現在使用される治療薬は以下の3種類です。

 

D-ペニシラミン(メタルカプターゼ®)

  • 投与量:20-25mg/kg/日(初期治療)
  • 作用機序:血中で銅と結合し尿中へ排泄
  • 特徴:強力な銅キレート作用
  • 服薬方法:食間空腹時、分2-3回
  • 副作用:ネフローゼ症候群重症筋無力症、皮疹

塩酸トリエンチン(メタライト250®)

  • 投与量:40-50mg/kg/日(初期治療)
  • 作用機序:銅イオンと錯体形成し尿中排泄
  • 特徴:D-ペニシラミンより副作用が少ない
  • 服薬方法:食間空腹時、分2-3回
  • 副作用:比較的軽微

酢酸亜鉛(ノベルジン®)

  • 投与量:75-150mg/日(成人)
  • 作用機序:腸管での銅吸収阻害
  • 特徴:維持療法に適している
  • 服薬方法:空腹時または食事と同時
  • 副作用:胃腸症状

病型別治療薬選択指針
軽症~中等症肝型

  • 第1選択:酢酸亜鉛単剤
  • 第2選択:塩酸トリエンチン

重症肝型(非代償性肝硬変~肝不全)

  • 第1選択:酢酸亜鉛+塩酸トリエンチン併用
  • 第2選択:酢酸亜鉛+D-ペニシラミン併用

神経型・肝神経型

  • 第1選択:塩酸トリエンチン単剤
  • 第2選択:塩酸トリエンチン+酢酸亜鉛併用

神経症状を有する患者では、D-ペニシラミンにより神経症状の一時増悪が起こる可能性があり、長引くと不可逆的になる恐れがあります。そのため、神経型では塩酸トリエンチンが第1選択となります。

 

ウィルソン病治療薬の副作用と管理

各治療薬には特有の副作用があり、適切なモニタリングが必要です。

 

D-ペニシラミンの主な副作用

  • 皮膚症状:発疹、中毒性表皮壊死症
  • 腎症状:ネフローゼ症候群、蛋白尿
  • 血液症状:白血球減少、血小板減少
  • 神経症状:神経症状の一時増悪
  • その他:重症筋無力症、味覚障害

塩酸トリエンチンの副作用

  • 消化器症状:悪心、嘔吐、下痢
  • 皮膚症状:発疹(軽度)
  • 血液症状:軽度の血球減少
  • 神経症状:軽度の一時増悪(可逆性)

酢酸亜鉛の副作用

  • 消化器症状:悪心、胃部不快感
  • 血液症状:軽度の貧血
  • その他:血清アルカリホスファターゼ上昇

副作用管理のポイント
定期検査項目

  • 血算:白血球数、血小板数
  • 肝機能:AST、ALT、ビリルビン
  • 腎機能:尿蛋白、血清クレアチニン
  • 銅関連:血清セルロプラスミン、尿中銅排泄量

服薬指導の重要性
すべての治療薬は空腹時服用が原則です。特に塩酸トリエンチンとD-ペニシラミンは、食事と同時摂取により効果が著しく減弱するため、食前1時間以上前または食後2時間以降の服用が必須です。

 

D-ペニシラミンには抗ピリドキシン作用があるため、ビタミンB6の併用投与が推奨されます。また、重篤な副作用出現時には速やかに代替薬への変更を検討する必要があります。

 

ウィルソン病患者の長期予後と生活管理

ウィルソン病は早期診断と適切な治療により予後良好な疾患ですが、生涯にわたる治療継続と生活管理が必要です。

 

予後改善因子

  • 早期診断:症状出現前の診断が最も予後良好
  • 治療継続:薬物療法の中断は致死的
  • 定期フォロー:3-6ヶ月毎の検査実施
  • 生活指導:低銅食療法の実践

低銅食療法の実際
治療開始時には銅摂取量を1.0mg/日以下(乳幼児は0.5mg/日以下)に制限します。治療により症状が安定すれば1.5mg/日まで緩和可能です。

 

避けるべき高銅含有食品

  • 貝類:牡蠣、あさり、しじみ
  • 甲殻類:カニ、エビ
  • 内臓:レバー
  • その他:ココア、チョコレート、ナッツ類

妊娠・出産への対応
女性患者では妊娠・出産が可能ですが、妊娠中も治療継続が必要です。胎児への影響を考慮し、通常は酢酸亜鉛への変更または減量が検討されます。

 

社会的支援
ウィルソン病は指定難病171として医療費助成の対象となります。患者数は約3,000人と推定されており、専門医との連携による長期管理が重要です。

 

未診断患者への対策
世界的にウィルソン病患者の約半数が未診断のまま死亡していると推定されます。医療従事者は以下の場合に本疾患を疑う必要があります。

  • 原因不明の肝機能障害(特に40歳未満)
  • 神経症状を伴う肝疾患
  • 家族歴のある若年者
  • 精神症状で発症する若年者

ウィルソン病友の会による患者支援活動も行われており、患者・家族への情報提供と心理的支援が提供されています。

 

厚生労働省指定難病情報センター:ウィルソン病の詳細な診断基準と重症度分類
ノーベルファーマ:ウィルソン病の症状と治療法に関する患者・医療従事者向け情報
治療の成功には医療従事者と患者・家族の連携が不可欠であり、継続的な教育と支援体制の構築が求められます。